冨田ラボのニュー・アルバム『SUPERFINE』が大変なことになっている。ここ数年、〈いまは新譜がおもしろい〉と言い続けてきた冨田は、昨年プロデュースを担ったbird『Lush』で現代のジャズにインスパイアされたリズムを導入するなど、これまでのイメージを覆す野心的な試みを見せていた。そして今回の新作では、先鋭的なサウンドをさらに細かくナチュラルに消化し、世界中のどこにもない新しいポップスを作り出してしまったのだ。

クリス・デイヴマーク・ジュリアナハイエイタス・カイヨーテアンダーソン・パックキングといった新世代アーティストからの影響が、原形を留めないレヴェルにまで解体され、散りばめられたようなサウンドは、耳を惹くサプライズと心地良い浸透力を持ち合わせている。そして既報の通り、アルバムの収録曲を歌うのはコムアイ水曜日のカンパネラ)、YONCE Suchmos)、髙城晶平cero)、藤原さくら安部勇磨never young beach)など、今日の音楽シーンを賑わせる若き才能たち。そういった前情報だけでも刺激的すぎて目が眩みそうだが、いざ聴いてみれば、ポップ・マエストロらしいフレンドリーな楽曲に頬が緩むはずだ。恐ろしいスピードで世界中のポップ・ミュージックが更新されていく2016年の締め括りに相応しいアルバムの背景を、冨田恵一に訊いた。

冨田ラボ SUPERFINE スピードスター(2016)

 

リズムに追い付け追い越せくらいのタイミングで歌う人がほしかった

――何といっても、この新作はゲスト・ヴォーカルの人選がすごいですよね。間違いなく豪華だけど、一見よくわからない組み合わせにも映るというか。

「去年の秋くらいから人選を始めていたんだけど、よくわからない人を選ぶというのも、確かにポイントでしたね。これまでの冨田ラボでやってきたものと、サウンドの志向が変わってきたというか。ここ数年聴いていた現代ジャズの影響を、自分の音楽にも反映させるようになって。それをアルバム一枚でやったのがbirdさんの『Lush』だった。そこから、次のアルバムもその方向で推し進めようと思っていたのね」

――以前、birdさんと一緒にインタヴューさせてもらったときにも、「『Lush』の制作中に、最近のジャズ・ミュージシャンの叩くリズムが自然に思い浮かぶようになってきた」と語っていましたよね。

「そうそう。それは新しい自分のアプローチを見つけたような、すごくワクワクする感じだったんだよね。だから、(今回のアルバムで)もともと接点がある人をフィーチャーしても良かったんだけど、それよりも全然関係のない、どちらかというと次世代とか若手と言われている人たちと一緒にやりたかった。彼らに何を感じるかと言えば、フレッシュさだよね。声の若さもそうだし、まだキャリアが浅いとかいろんな意味で。自分の新しいサウンドに、そういうフレッシュな才能をフィーチャーすることで、リニューアル感を前面に出せるんじゃないかなと思って」

birdの2015年作『Lush』収録曲“Lush”
 

★bird × 冨田ラボが語る『Lush』インタヴューはこちら

――もともと冨田さんは、完成されたシンガーと一緒にやることが多かったじゃないですか。畠山美由紀さんや永積タカシさんみたいな、歌手が憧れるタイプの歌手というか。でも今回の人選に関しては、未完成な部分も感じさせる歌い手のほうが多い。

「若さは未熟さと限りなくイコールで結べるもんね。技術よりもフレッシュさとか、そういうところを欲したのかな。リズムに対する乗り方にしても、完成された人は(タイミングが)どんどん後ろに行くんですよ、基本的に遅くなる。僕らもそれを良しとする価値観を持っていて、よく言ってたのは、遅いぶんには問題ない。むしろ、遅ければ遅いほうがいいと。演奏に関しても、バック・ビートのはっきりした音楽だと、バック・ビートのスネアも重ければ重いほどいいという神話もあったくらいで。でも、若い人たちが意識してタメても同じにはならないし、彼らは基本的にはジャスト(リズムの基準)に近いところにポケット(リズムを気持ち良く感じるタイミング)を感じて歌っている。リズムが〈カッカッカッ〉ときたら、それに乗り遅れないように、なんだったら前に追い越しちゃう。自分が熟練を欲していた頃なら、もっとゆったりしてほしいと思うだろうけど、今回はタメてタメて表現する人よりも、リズムに追い付け追い越せくらいのタイミングで歌う人が欲しかった」

★冨田ラボが『SUPERFINE』以前の道のりを語ったインタヴューはこちら(bounce転載)

――確かに余裕があるというよりは、むしろ突っ込んでいるような瞬間もありますよね。でも、それがサウンドにも合っている。

「最近思うのは、ヒップホップ界隈の人ってすごくキックを重視するから、キックをどうレイドバックしたポケットに入れるかに注力していて、バック・ビートのスネアに注目すると突っ込んで聴こえるものも多いんだよね。しかもクリスピーで耳につく音色のスネアを大きめに出している。以前はもっとバック・ビートをゆったりさせるべきじゃないかと思っていたんだけど、だんだん気持ち良くなってきたんですよね、コレコレって(笑)。この現象は、以前はドラミングのなかでもっとも歌わせられるパーツであったスネアが基準、クリック的な役割になって、グルーヴを出しつつ歌うのがキックになったってことなんだけど、タメて表現するタイプじゃないヴォーカリストに歌ってもらうのは、実は結構似ているところがあるんですよ」

――というと?

「いまって、ヴォーカルがクリック代わりに聴こえる音楽が結構あると思うんです。アメリカのメインストリームでも、ヴォーカルが真ん中にドカンとあるじゃない? 最近のヴォーカルは綺麗に修正されているものが多いから、横軸、縦軸にぴったり合っている。コンプで音量も一定になってるから、要するにピッチもリズムも音量も基準として完璧なわけ。だから、ヴォーカルの後ろでバック(の演奏)がうねうねしてたりすると、歌声を基準と認識しながら、後ろの動きを聴いているような場面が増えているように思うんです。今回僕がやったアプローチでは、そこまでヴォーカルを(機械的に)基準としての役割にはしていないけど、どうしてもジャストに行きたがるような性分の、まだいろいろこねくり回せていないような人に歌ってもらって、似たような効果も出せるとおもしろいかなと思ってね」

――お話の通り、コムアイさんやYONCEさんは以前の冨田さんなら起用するタイプではないヴォーカリストですよね

「特にあの2曲だからね。YONCEさんはこれまでの冨田ラボ的というか、メロウな曲を歌ってもらうというのが順当なんだろうけど、曲を聴いてびっくりしたと思う。あんなに音符の数が多い曲は、たぶんSuchmosにはないだろうし(笑)」

――“Radio体操ガール”は大変だったでしょうね

「しかも、あの曲は歌入れした最初の曲だったんだよね。1月に5曲録ったんだけど、スケジュールの都合で、そのヴォーカル・レコーディング週間の初めの1曲になった。本当はゆったりしたやりやすい曲から始めて、僕もほぐれたところで録音できると楽だったかもしれないけど。でもたくさんテイクを重ねてもへこたれずに、ずっと歌ってくれたな」

――あの曲では、ラップみたいなものをメロディーにするという実験をしているのかなと思いました。

「本来ならラップはラッパーのもので、リリックやフロウも自分なりに考えるからこそスリルが生まれるんだろうと。そういうラップのスリルを自分で作曲したいと思ったんだよね。作曲したメロディーでラップと同じようなスリルとかおもしろさを表現できたらいいなって。さらに、どうせだからリリックもそうしたくなった。普通のポップスにおける分業制のように、作詞者がいて、作曲者がいて、歌う人がいるという形でやってみたかったんですよね。でも、そこでラップの心得がある人が来ちゃうと、(作曲したメロディーではなく)ラップに寄せて歌いそうな気がしたので、そうじゃない人を選んだんです。YONCEさんの歌って、アタックも耳触りがいいしスムースでしょ? だからこそ、ぜひともやってほしかった」

※“Radio体操ガール”の作詞はかせきさいだぁが担当

――“Radio体操ガール”は、最初はちょっと気持ち悪かったけど、その違和感がだんだん癖になるんですよね。

「僕は最初から気持ち悪くはないけど(笑)、やっぱりちょっと不思議だよね。YONCEさんも歌詞が付く前の段階ではメロディーが覚えづらかったみたいでね、あたりまえだと思うけど。でも何回も歌っているうちに、あまり聴いたことのないような感じになって。そして歌詞が付いた歌を聴いたときには、間違いないって思えたんだよね」

――あの曲を聴いて、僕はプレフューズ73を思い浮かべましたね。ヴォーカル・チョップのような効果を、作曲したメロディーで生み出しているような感じで。でも明らかにチョップはしていないし、意外とスムースだから気持ち悪いんですよ(笑)。 

「ああ、マシーンのリズムを生身のドラマーが叩くのと近いかもしれないね。チョップした声をもう一度歌わせてみた、みたいな。そういうコンセプトは具体的にはなかったけど、プレフューズは僕も好きだし、普通にこれまでと同じように音楽をやって、肉体から自然に出てきた感じではない気がするね。チョップして作ったようなメロを人力で歌う、か。うん、そうだね、おもしろいね」

プレフューズ73の2001年作『Vocal Studies + Uprock Narratives』収録曲“Nuno”

 

ポスト・J・ディラ的なビートに、SMAPで聴かれるようなフィルが入ってくる

――『SUPERFINE』はそういうマシーンと身体性の関係をさらに遊んでいる印象です。全体的にビートメイカーっぽい音作りに聴こえるけど、そのニュアンスをバンド感と共に表現しているような感じもある。birdさんの『Lush』における、プログラミング・ビートを人力に置き換えた演奏をもう一度機械で打ちこんでみる、という手法をもう2ひねりした感じと言いますか。

「ビートメイカーっぽく聴こえるのは、実際にマシーン・ビートだけの箇所もあるからだよね。でも、そのマシーン・ビートを鳴らしつつ、ドラマーがもう一人いて、サビからは普通のドラムになったりもしているじゃない? “Radio体操ガール”とか。コムアイさんの“冨田魚店”もマシーン・ビートと一緒に、ジャズ・セッティングのドラムが普通に叩いているような作りになっているし。頭の2曲はビートメイカーっぽいけど、アルバム全体的にはそういうコンセプトの曲が多いかな」

――ビートメイカーっぽいクールな質感もあるなかで、物凄く人間臭いドラムが突っ込まれるのがおもしろいんですよね。いかにもドラマーらしいフィルがいきなり入ってくる(笑)。

「あれは何なんだろうね(笑)。僕がそもそもビートメイカーじゃないのと、やっぱり曲構造がポップスだからかな。J-PopでもABCとパートがあって、ビートだけはクラブ仕様みたいなのがあるけど、そういうのはよく聴くからやりたくないかなとか思って。あとは言うまでもないけど、僕はドラムが好きだからああいうふうに思い浮かんじゃうんだよね(笑)。そうやってストーリーを発展させていくスタイルなんだろうな。本当は全体的にクールな感じにして、〈あの冨田さんがフィル入ってないよ!〉みたいにやろうとも考えたわけ。でも、最終的にはいろいろやっちゃいましたね」

――だからこそ『Lush』の進化形のように聴こえるんですよね。あとは、僕がちょうど原稿を頼まれたので、『SUPERFINE』と並行して90年代のSMAPをずっと聴いていたんですよ。マイケル・ブレッカーオマー・ハキムヴィニー・カリウタバーナード・パーディなどが参加していた……。

「(ジャズ/フュージョン系の)海外ミュージシャンがたくさん参加していた時期のだよね

※象徴的なのがSMAPの95年作『SMAP 007〜Gold Singer〜』。同作のセッションは参加ミュージシャンにも刺激を与え、のちにオマー・ハキムの号令でスマッピーズとして再集結。同名義で2枚のアルバムを発表した

――そうそう。『SUPERFINE』にはポスト・J・ディラっぽい感じもあるじゃないですか。アンダーソン・パックやノーウォーリーズノーネームみたいな雰囲気のビートもあるんだけど、そこにフィルが入ってくると〈あれ、SMAPで聴いてたやつじゃん〉みたいな(笑)。

「僕がドラムを打ち込みする時は、特定の何かをシミュレートするんじゃなくて、〈ドンスタタドドタ〉とかフィルも普通に浮かぶから、それをそのまま打っていくんですよ。ヴィニー・カリウタくらいまでの歴史はベーシックにあって、ロナルド・ブルーナーJrもその延長線上に浮かぶかな。いまはそこにマーク・ジュリアナやクリス・デイヴも曲調により混じってきてる感じで。だから、非常によくわかるね(笑)。SMAPで聴かれるようなタイムとフィルのフレージングとか、ドラムのなかに出てきていると思う」

ノーネームの2016年のミックステープ『Telefone』収録曲“Casket Pretty”
ヴィニー・カリウタが参加したスティングの93年のライヴ映像
 

――『SUPERFINE』にバーナード・パーディはいないけど、ヴィニー・カリウタはいましたよ。

「わかる(笑)。そういえば、マーク・ジュリアナはヴィニーの譜面を読んでいるという記事を柳樂さんに教えてもらったけど、やっぱりなと思ったよ。ポリリズムやメトリック・モジュレーションを掘り下げる時は、みんなヴィニーを研究しているみたいだね」

――冨田さんのパブリック・イメージでもあるヴィニー的なドラムがある一方で、そのスタイルをちょっとずらしたらマーク・ジュリアナになるし、また違うずらし方をしたらクリス・デイヴになるわけじゃないですか。トニー・ウィリアムスからヴィニー・カリウタを経由して、現代に辿り着くまでのジャズ・ドラマーの歩みというか。冨田さんが打ち込むドラムにも、80年代から現在までのスタイルが混ざっているのがおもしろい。

「もうちょっとすると、さらに混ざってくる気がするんですよ。例えば、マーク・ジュリアナみたいなよくわからないフィルが浮かぶことはあるけど、あのドラミングがどんな曲でも真っ先に浮かぶというのはまだなくて。作っている曲調、構造の影響が大きいと思うんだけど、だから曲の呼吸として入るフィルインは、ヴィニーというか、伝統的なものが真っ先に浮かんじゃうんだろうね」

マーク・ジュリアナのドラム・ソロ演奏
 

――あとはこの音作りで、ファンクの要素がないのも興味深いです。

「“Radio体操ガール”もサビのパターンはJBなんだけど、もろファンクじゃないですよね。意識的にそうしました。日本語の曲でファンクをやると、コミカルな路線だと思われることが多い気がしていて。面白みは感じてほしいんだけど、笑わせにかかっている曲ではないというスタンスを重要に思っていて、そのためのYONCEさんでもあるの。YONCEさんは顔もイケメンなんだけど、声がとにかく二枚目なんだよ。実直さも感じるしさ」

――車のCMにも合いそうですよね、アーバンな感じで。

「みんな依頼した時よりもどんどん人気者になっちゃって、いろいろ困りますよ(笑)。藤原さくらさんもそう。まだ20歳なのに、英語で歌っているのを聴くと国籍も人種もわからなくなる感じがあって。おもしろい娘が出てきたなと思ってお願いしたの。そしたら1月のレコーディングが終わった後に、〈春から月9(のドラマ)に出るんです〉と言われて」

――藤原さくらさんのバックは、mabanuaさんやKan Sanoさんといったorigami PRODUCTIONSの面々が務めているんですよね。SNSを見ていても、いい感じのレコード屋さんに行って古い音楽を聴いていたりと趣味がいい。その話をフリー・ソウル橋本徹さんにしたら、〈俺が福岡でイヴェントをやった時にライヴで歌ってたよ、まだ10代だったかな〉と言ってました。

「先日、彼女のラジオ番組(『MUSIC FREAKS』)にお邪魔したんだけど、韓国のギター・ポップやインディーの曲を結構かけてて。音楽のセンスがすごくいいんだよね。お父さんもミュージシャンで、冨田ラボに誘われた時もとても盛り上がったらしい。〈さくら、絶対にやれ!〉って(笑)」

藤原さくらが英語で歌う2015年作『a la carte』収録曲“Walking on the clouds”
藤原さくらが「MUSIC FREAKS」でかけていた韓国のギター・ポップ・ユニット、ライナス・ブランケット“Show Me Love”
 

――藤原さくらさんの“Bite My Nails”もアルバムのなかで大きいですよね。ああいう曲が入っていると全然違う。

「あれが最初に出来上がったの。今回やりたかったのは“Radio体操ガール”みたいな方向なんだけど、藤原さんが歌っているような、ああいう感じの曲がないアルバムは考えられなくてね。ちゃんと地に足の着いたものが1曲出来ると、自由に何でもできる気がしてくるんですよ」

――CICADA城戸あき子さんが歌う“鼓動”もおもしろかったです。すごく綺麗なメロディーなんだけど、ドラムがかなり叩いている。

「生ドラムっぽいアプローチをするか、プログラミングっぽいアプローチをするか、みたいなバランスは常に考えていて。コムアイさんやYONCEさんの曲は両方混ざってる感じで、坂本真綾さんの“荒川小景”は完全にプログラミング重視。それで“鼓動”は歌を入れるまではワンループだったんだけど、あの曲は作りはじめた時から生ドラミングっぽい曲にしようと決めていたんだよね。何か1曲、あれくらいのBPMでドラムをいっぱい叩く曲をやりたかったから」

★CICADAの最新作『formula』のインタヴューはこちら

――あとはハイエイタス・カイヨーテのように、1曲のなかに何曲分も入っているような感じで、どんどん曲調やパートが移り変わっていく曲がいくつかありますよね。“荒川小景”もリズムが変わったり違う楽器が入ってきたり、どんどん曲が変化していく印象でした。

「そうかもしれない。でも、それって確かに情報量が多いとも取れるし、もうちょっと大雑把に聴くと〈カラフル〉くらいに聴こえる塩梅にしたかな。そういうつもりもあったから」

――歌だけ聴いていると普通に歌モノなんだけど、後ろの音は全然普通じゃない。だから、〈あれ?〉と思う瞬間がいっぱいあるんですよね。

「うん。〈歌だけ聴いている人〉にも届くのがポップスだという気はしているんだよね。そこは満たしながら、でも音楽には歌以外にも心動かされる要素が無限にあって、それらはバランスを考えながら盛り込むから、普通のポップスとは違うところもいろいろある。それを両立させたいというのは常にあるかな」

★冨田ラボがハイエイタス・カイヨーテを解析したコラムはこちら(intoxicate転載)