ホセ・ジェイムズや黒田卓也のバンド・メンバーとしても知られるジャズ・ピアニストの大林武司が、昨年リリースした最新作『Manhattan』を引っ提げて、今年1月にトリオ編成で全国ツアーを実施した。大林と同じくNYを拠点にし、名立たる大物プレイヤーから引く手数多の中村恭士(ベース)と、共にホセのバックを務めているネイト・スミス(ドラムス)という、『Manhattan』で中核を成した2人を迎えてのステージは各地で大盛況。1月26日に神楽坂THEGLEEで開催された東京公演も、幅広い年齢層のファンが集い満員御礼となった。ちなみに会場には、石若駿や横山和明、NYで活動している森智大、メガプテラス※にも参加する柴田亮といった気鋭のジャズ・ドラマーたちに加えて、盟友の黒田卓也が駆けつけていたことも書き添えておきたい。
※柴田と黒田卓也、西口明宏、宮川純、中林薫平によって2011年に結成されたユニット。今年2月15日に初作『Full Throttle』をリリースする
『Manhattan』の冒頭を飾る“World Peace”でスタートすると、3人の演奏にいきなり圧倒される。この曲はアルバム中において、ラジオ音声のようにくぐもったピアノのリフレインから始まり、次に同じくフィルターが掛かったようなドラムスが入ったあと、最後にベースが入ると一転してバンド全体の解像度が上がり、グワッと音が広がっていくという、ある種定番のポスト・プロダクションが施されていた。そのピントをずらしたり合わせたりするような音像の変化を、彼らはステージ上で、しかもアコースティック・セットで再現してみせたのだ。大林はピアノの鳴らし方を微細に操り、ネイト・スミスはドラムのミュートや叩く場所を調整することで、生楽器とは思えないエフェクトを色彩豊かに表現していく。
その後も楽曲ごとにさまざまな表情を見せつつ、今日的なアプローチを披露していく。まるでサンプラーを操作するようにタイトな16ビートがストップ&ゴーする“Cill My Landlord”、ラテン調の“Untitled Bossa”、タップ・ダンサーとの共演をイメージしたという“Steal Heel”といった楽曲に加えて、ソニー・クラークに捧げた“One For Sonny”、今回唯一のカヴァー曲であるケニー・バロンの“Voyage”と古のジャズ・ジャイアンツもフィーチャー。なかでも歴史に裏打ちされたジャズマンとしての凄みがもっとも際立っていたのが、アーマッド・ジャマル・トリオの楽曲を下敷きにした“In Walked Bim”だ。原曲のリズム・パターンに乗せて、大林の書いたメロディーが走るラテン調に始まり、中村の一番の持ち味と言えるウォーキング・ベースのラインに切り替わると、ネイトもスウィングの4ビートに切り替えてバンドはグイグイと推進力を増していく。そのネイトはデイヴ・ホランドやクリス・ポッターのバンドで見せるパワフルなグルーヴだけでなく、トラディショナルなジャズのスウィング・パターンでも抜群の存在感を放っていた。
そのほかの曲でも、大林がイントロのピアノ・ソロで見せるゴスペル的な音使い、アンサンブルのなかに差し込むタッチやフレーズにはロバート・グラスパーやマルグリュー・ミラーの影が見え隠れしていたし、デイヴ・ダグラスなど巨匠たちとも共演してきた中村は、骨太なベース・ラインと現代的でメロディアスなプレイの両方を自在に操っていた。そして、バンド全体のダイナミクスを巧みにリードしていたのはネイトだ。豪快なドラム・ソロで大いに盛り上げたかと思えば、息を呑むほど静かにトーンダウンし、指先の感触まで伝わりそうなくらい繊細なタッチで観客を魅了した。
さらにアンコールでは、黒田卓也がまさかの登場。メンバーとステージ上で話し合い、〈困ったときのブルースで(笑)〉と始まったセッションでは、黒田はマイクを使わずトランペットの生音で勝負。目配せしながらお互いを探り、迫力に満ちたアンサンブルが奏でられると会場も大いに沸いた。常人離れしたプレイを連発していた大林は、MCでも余裕の笑みを浮かべながらジョークを飛ばしていたが、その堂々たる姿に、彼がNYの第一線で活躍し続けている理由を垣間見たような気がした。