(C)塩澤秀樹

〈幽玄の美〉の新しい世界へ
観阿弥・作「卒塔婆小町」を下敷きに、西本智実が脚色台本を手がけた革新舞台!
孤高幽玄の世界を、オーケストラと合唱が奏で、俳優陣が演じる。

 10月1日、富山オーバード・ホールにて西本智実総合プロデュースの「ストゥーパ~新卒塔婆小町」が初演された。近年指揮者としての活動のみならず、「音舞台 泉涌寺」オペラ「蝶々夫人」バレエ「くるみ割り人形」「ロミオとジュリエット」など芸術監督として演出の才能も発揮していたマエストロだが、その経験を土台として、ヴァチカン国際音楽祭など数々の公演を共にしてきたイルミナートフィルハーモニーオーケストラとイルミナート合唱団、そして佐久間良子、木村了、たかお鷹など豪華なキャスト陣とともに、この日、幽玄の美の新しい表現の地平を切り開いた。そこには大きな感銘を受けた。

 佐久間良子演じる小野小町は、絶世の美女と称され栄華を誇った若い頃の姿ではなく、99歳という、当時としては大変な月日を生き永らえてしまった老婆の姿で登場する。舞台の中心となるのは、釈迦の遺骨を納めた仏塔が語源であり、聖性の象徴でもある卒塔婆であった。そこに通りがかった二人の僧が、腰掛けている小町に声をかけることによって物語は始まる。能楽の名作として知られる観阿弥の「卒塔婆小町」を参照としつつも、三大宗教の聖地であるエルサレム滞在中に台本を書き上げた西本は、サンスクリット語で卒塔婆を意味する〈ストゥーパ〉をタイトルにし、この古典に国際的な視点を交え、清新な気風を添えた。

 美貌と文才の才色兼備という名声の反面、その孤高な生涯でも知られている小野小町。恋焦がれ求愛する深草少将に対し、自分の元に100日間通い続けたら、愛を成就させましょうと約束したものの、男はその一途な想いを成就させることなく99日の夜に死んでしまう。以来小町は男の霊に取り憑かれ老境に至るまで〈無為の罪〉に悩まされ続けることになる。卒塔婆に佇む老境の彼女の目には、若かりし頃はいかに映るのだろうか、一瞬に過ぎない儚い夢のようなものなのだろうか。美と醜、若さと老い、聖と俗の狭間を誰よりも知悉しただろう彼女の史実は多くの謎に包まれ、超越した幽玄な世界は想像をかきたてられる。そしてこのクラシック界のスター芸術家による創意溢れる作品は、日本の伝統的な古典作品を世界に広げ得る舞台芸術としてふさわしい。

 まず、今作品では大きな仕掛けが施されていることに注意したい。それは観客の関心が自然と否応なく惹きつけられるものなのだが、99歳の小町が舞台上でいつの間にか若返っており、音楽面で凝らされた創意工夫の数々は、その舞台演出の肝となっている。合唱団を含めたオーケストラからは、和楽器と見紛う音色、虫の音・風の音などの環境音も実演で模倣され発せられる。 例えば、フルート/ピッコロ奏者の菅井春恵は尺八や能管のピッチ面も含めた奏法を、またチェロ奏者の三宅依子によってダーツでピチカートすることにより琵琶の奏法を模倣する。他にも鼓のように打楽器が鳴らされ、合唱団によってまるで能楽の謡が歌われる。通常の西洋音楽の演奏会からは想像もつかないそれらの音は、録音物を全く使わない中で、どれも本物の和楽器の音かと思うほどの質感である。ここには西本が長年培ってきた芸術の可能性、「西洋楽器を演奏する世界の人々が、和楽器を模倣する幅を持ってもらうことで、異文化に対する価値観への理解や共有の可能性がより広がる」がある。まず音楽は具現化されながら〈語り部〉として不思議な存在感を醸し出し、時空間を自在に操る舞台空間を率先して演出することになった。

 もちろんオーケストラは単に斬新な特殊奏法のみを奏でているわけではない。都調の旋法と西洋音楽のフォームを織り交ぜた、小野小町作の和歌を基軸にした合唱を始め、往年の華麗な映画音楽のように、ドラマチックに背景を彩る。そこには場面ごとに丹念に作られた織田英子による作曲とオーケストレーションの技巧が光っている。少し列挙するだけでも、老婆が実は小野小町であると僧侶二人が理解するひととき、深草少将の激しい想いと願いを果たせなかった無念の表現、そして小野小町自身の過去に対する後悔の念、そして終局のクライマックスに向けて盛り上げていく場面など、キャストの台詞や声質まで気を配ることで生まれる微細な音の感情表現と、場面設定に応じた細かい編曲の術が効果を成していた。

(C)塩澤秀樹

 また、舞台では生身の人間が登場するので、当然のことながら、役者は完全に固定された時間軸、空間で動き、全く同じ発声をするわけではない。音楽が芝居と呼応する必要があり、台詞や身体的な動きの応酬の中で〈間〉を作ることが重要なのだが、 役者の動きや台詞に合わせられる和楽器奏法的音楽では、奏者に即興させるパートも作る事で舞台のダイナミックさを創出しているように思われた。これらは作曲補としてもクレジットされている西本自身が担当し、芝居と音楽的要素を融合させ、音楽劇を深いレベルで演出していた。それは、演奏家を深く理解することなしに生まれ得ない有機的な関係性を感じた。最後になってしまったが、小野小町が若返るという設定上、当然のことながら佐久間良子の声もまた徐々に若返ることにも注意してもらいたい。舞台が進行するに連れ、声質が明るく変化していくこともこの音楽劇の中心でもある、また他の役者も含め、場面ごとに異なる声質が意識的に使われていたことがあったのも印象的だった。

 全体としては、古典的な要素がありながら、衒学的な要素を感じさせない、生き生きとした舞台となっていることが特徴的だ。百人一首の「花の色はうつりにけりな~」が劇中で繰り返し歌われることで、万人に親しみが持てるように作られている反面、多面的に把握させるように仕向ける内容となっている。また、和洋の様式美を導入し、終局に到るまで誰もが入り込める奥行きの深いエンターテインメントとなっているのだ。

 2018年4月の東京文化会館をはじめ、既に国内で再演予定の話が決まっており、海外の劇場からも注目を集めていると聞く。さらにドラマチックに、幽玄に美しく改良されるとのことであり、この鮮烈な作品の動向に注目し続けたい。

 


INNOVATION OPERA ストゥーパ~新卒塔婆小町~

2017年10月1日(日)
【総合プロデュース・台本・指揮】西本智実
【作曲】織田英子
【作曲補】西本智実
【美術】田中義彦((有)アトリエ・カオス)
【照明】原中治美(株式会社大阪共立)
【鬘】大澤かつら
【舞台監督】大澤裕(株式会社ザ・スタッフ)
【音響】遠藤宏志(合同会社アコルト)
【能 監修】十世 片山九郎右衛門
【古文監修】片平厚子
【出演】佐久間良子 木村 了 たかお 鷹
【公達ソリスト】公達テノールⅠ:杉江恭輔 公達テノールⅡ:濱田翔 公達バスⅠ:小仁所良一 公達バスⅡ:河村洋平
【舞踊】玄玲奈
【管弦楽】イルミナートフィルハーモニーオーケストラ
【合唱】イルミナート合唱団とやま
【会場】オーバード・ホール

 


LIVE INFORMATION

INNOVATION OPERA ストゥーパ~新卒塔婆小町~【東京公演】
2018年4月21日(土)
昼公演13:00 夜公演17:00
【芸術監督・台本・指揮】西本智実
【会場】東京文化会館 大ホール
【出演】佐久間良子 青山達三 他
【舞踊】玄玲奈
【管弦楽】イルミナートフィルハーモニーオーケストラ
【合唱】公達ソリスト&イルミナート合唱団