ツアー先で目にした変わりつつあるこの世界のNow。誰かと繋がっていたいと願うすべての孤独な人間たちへ、ヴァーチャル・バンドが発したメッセージとは?

移動パーティーのトラヴェローグ

 たった今、この瞬間。1秒前でも1秒後でもなくて──。『The Now Now』というタイトルに込められた気分を日本語で表すとしたら、こんな感じになるのだろうか? 1年ちょっと前に7年ぶりのアルバム『Humanz』をリリースしたばかりなのだが、とにかく今すぐ新しい曲を作りたくて我慢できなかった。そして今すぐに聴かせたかった。ゴリラズの6作目はまさにそういう切迫感をさりげなく纏った、2018年夏のこんがらがった世に捧げる作品だ。不吉な予感におののきながら作った前作が世界の終わりを祝うパーティー・アルバムなら、こちらは言わば、その後ずっと大所帯バンドを引き連れて世界中で移動パーティーを開いているゴリラズのトラヴェローグ。パーティーは続いていて、音楽はグルーヴィーでファンキーで夏っぽくて、なのに、切なさと人恋しさを満々と湛えた作品なのである。

GORILLAZ The Now Now Parlophone/ワーナー(2018)

 そもそも、一時は解散かと危ぶまれていたゴリラズをリブートさせてからというもの、デーモン・アルバーン&ジェイミー・ヒューレットおよび、2Dとマードックとヌードルとラッセルは創造意欲に溢れていた。『Humanz』を発表した際、〈まだアルバム数枚分のネタが残っている〉と豪語していたくらいなので。そして昨年7月にツアーをスタートさせると、また新たにアイデアが湧き出てきたらしく、『Plastic Beach』に伴うツアー中に生まれた姉妹作『The Fall』と似た経緯で、今作を完成させてしまったのだ。

 ただ今回は姉妹作というより、続編ではあるものの独立したアイデンティティーを備えた純然たるニュー・アルバムだ。訪れる先々で受けたインスピレーションをもとに現地のホテルでデモを制作し(“Hollywood”と“Souk Eye”はLAで、“Kansas”はミズーリ州のカンザスシティで、“Idaho”はアイダホ州のケッチャムで、“Lake Zurich”と“One Percent”はスイスのチューリッヒで、“Magic City”はマイアミで)、それらをロンドンに持ち帰り、ツアーの中休みにあたる今年2月に本拠地の13スタジオで計11曲のレコーディングを敢行。共同プロデューサーには『Humanz』でも活躍したレミ・カバカ(ラッセルの声を担当し、ゴリラズの分派であるゴリラズ・サウンド・システムでDJも務める人物)に加え、お馴染みのジェイムズ・フォードがクレジットされている。ジェイムズはアークティック・モンキーズの最新作『Tranquility Base Hotel & Casino』で手腕を発揮しているのみならず、自身のユニットのシミアン・モバイル・ディスコの6作目『Murmurations』も先頃送り出したばかりだ。

 

人間たちを繋ぎ止めたい

 また、『The Now Now』は何とバンド史上初めて〈いつもと異なるメンバー〉で制作したアルバムでもある。マードックが欠けているのだ。ブリット・アワードでゴリラズが〈最優秀ブリティッシュ・グループ賞〉を獲得した際に刑務所からメッセージを送っていた彼は、どんな罪を犯したのかあきらかにされていないが、現在も収監されたまま。代わりに、エースなるベーシストが参加している。聞けば、TVアニメ「パワーパフガールズ」の悪役モンスター集団ギャングリーン・ギャングの一員で、見た目と素性の怪しさにおいてはマードックに負けていない。

 とはいえ、実質的に本作は2D/デーモンのソロに極めて近く、これまた『The Fall』でもそうだったように、ジャケットを飾るのは2Dだけ。ほぼ全曲でデーモンがヴォーカリストを務めており、ゲストはごくごく限られている。例えば、冒頭の“Humility”でいきなり流麗なギターを披露しているのは、ジャズ/フュージョン界から招いたジョージ・ベンソン(!)。ランダムに思いついたというから、やっぱりセンスは普通じゃない。そして“Hollywood”では前作に参加してそのままツアーにも同行しているジェイミー・プリンシプルと、旧知のスヌープ・ドッグが語り手を務め、ほかに特筆すべきはファースト・アルバム『Gorillaz』の頃にコラボしたジャマイカの伝説的なベーシストであるジュニア・ダン(“Sorcererz”)と盟友グレアム・コクソン(“Magic City”)の名前があることくらいか?

 よってここに刻まれているのは、ある意味でミュージシャンとしてのデフォルトに立ち返ったデーモンの姿だ。つまり、ブラー結成のさらに前に、シンセとドラムマシーンでコツコツと曲を作っていた少年時代を想起させるもの。サイケデリックなエレクトロ・ファンクで彩られたメロディーは、この人にしか醸し出せないメランコリック・ビューティーを一音一音に湛え、変容しつつあるアメリカを旅し、そこから同様に変容しつつある英国を眺める、彼のモノローグを届けている。自分が抱く不安感、望郷の念、孤独感、バラバラになった人間たちを繋ぎ止めたいという切実な訴えを。そう、いち早く公開された“Humility”の、〈ひとりになりたくない! 繋がりたい!〉という思いが全編を包み、誰もがウェルカムなコミュニティーとしてのゴリラズのスピリットを、前作とは対照的なアプローチで伝えている。〈結成〉から間もなく20年、当初は退屈しのぎのお遊びだったかもしれないが、世界が岐路に立つ2018年、彼らの存在理由と使命が鮮明に浮かび上がってきたようだ。 *新谷洋子

関連盤を紹介。

 

ゴリラズのアルバム。