コンセプトは“3人が集まる”ということ
日本との縁が深いジャズ・ピアニストのデヴィッド・マシューズ。80年代はマンハッタン・ジャズ・クインテットでヒットを生み、現在は演奏活動と並行して、日本各地でジャズの指導にも取り組んでいる。その彼が旧友のエディ・ゴメス、スティーヴ・ガッドとのトリオで、新作『Sir,』をレコーディングした。
「プロデューサーからトリオでアルバムを作らないか、という提案があった。心躍るうれしいオファーだった。しかも友人であり世界有数のジャズ・ミュージシャンであるスティーヴ、エディと共演出来るなんて、喜び倍増で、イェ~イ!!って思わず歓喜の声をあげたよ」
アルバムの編成は、全てデビッドに委ねられた。《カム・レイン・オア・カム・シャイン》から始まり、スタンダード7曲と彼自身が書き下ろした新曲が3曲。
「今演るべき曲は何なのか。どんな楽曲がふさわしいのか。そう考えた時にフッと浮かんできたのが日本に住み始めて3、4年、この間ずっとライヴハウスで演奏し続けている馴染み深い曲の数々。僕自身が演奏するのが楽しい、と心から思える曲がいいだろうと考えて、絞り込んだのがこの7曲なんだ」
“演奏していて楽しい”が新作『Sir,』の魅力を紐解く、ひとつの鍵だろう。デヴィッドの柔らかなタッチのピアノは、いつも心に寄り添ってくれるような優しさに満ちているが、そんなピアノと共演する喜びがスティーヴのドラム、エディのベースから溢れ流れている。たとえば、正確で、タイトなリズムの強靭なドラムのイメージが強いスティーヴが、繊細に物語を紡ぐようにスウィンギーに演奏し、エディのソロでは気持ちよさそうな鼻歌が聴こえてくる。
「若い頃に共演した時は、彼らのあまりの上手さ、超絶技巧ぶりに気圧されぎみだったけれど、お互いに年齢と経験を重ねた今は、より親密な関係になり、一緒に演奏していて心地好かった。反対に若い頃、どうして自分は彼らにあんなに圧倒されたのか、思い出しながら笑ってしまった。そして、何よりもトリオでの素晴らしい演奏に、僕自身が幸せな気持ちになれたよ」
レコーディングは、3月17日にニューヨークで行われた。3人の新鮮な感性をドキュメントする意味からも、ほとんどの曲が1stテイク。わずか7時間で10曲を録り終えたという。そのアルバムを聴くなかで、印象的なのが全ての曲が終わるたびに、スタジオでの3人の笑顔が目に浮かぶこと。息がピッタリ合っているからこそだと思うが、誰もが経験豊富な大ベテランで、親しい友人関係なのに馴れ合いのようなものは一切なくて、とびきり洒脱で、どの音にも瑞々しさが溢れている。ぜひライヴでこの演奏を目撃させて欲しい。