(左から)ドン・ウォズ、石塚真一

ジャズをテーマに据えた人気漫画「BLUE GIANT」「BLUE GIANT SUPREME」の作者である石塚真一と、名門ブルーノート・レコードの現在の闊達な指針を舵取りする社長のドン・ウォズがなんと邂逅した!

2012年に同社社長に就いたドン・ウォズは、その外見が語るように、根っからのミュージシャン――この対談の翌日、彼はテデスキ・トラックス・バンドの東京公演初日にベーシストとして飛び入りした――であり、心からの音楽ファン――上着にグレイトフル・デッドのバッジを誇らしげにつけてもいた――。ブルーノートの社長になる前はウォズ(・ノット・ウォズ)というひねくれ広角型ユニットを司るとともに、ローリング・ストーンズからチャールズ・ロイドまでさまざまな人気者のプロデュースをしてきている、現米国音楽界VIPの最たる一人だ。

一方、アメリカで2つの大学に学んでいる石塚は帰国後に漫画を描き出し、映画化もされた『岳 みんなの山』(2003〜2012年)が第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受けるなど、秀でた視点とストーリーテリングを誇る俊英である。山好きであるとともにジャズに造詣の深い彼は2013年以降〈BLUE GIANT〉シリーズに着手し、かけがえのないジャズの魅力を幅広い層に向かって発信。また、〈BLUE GIANT〉をフォローする2枚組コンピレーション『BLUE GIANT × BLUE NOTE』もこの6月に発表した。それはブルーノートのプロダクツをソースとし、同社のジャズの魅力を存分に伝えてくれる。

米国生活も長かった石塚は通訳を介さず、旧知の間柄のように、ウォズとの言葉のセッションを続けていった。

VARIOUS ARTISTS BLUE GIANT × BLUE NOTE ユニバーサル (2019)

 

ジャズと漫画

石塚真一「漫画は読みますか?」

ドン・ウォズ「ええ、もちろん。ブルーノートのオフィスにはこれら(『BLUE GIANT』の単行本)を飾っていますよ」

石塚「子ども時代から漫画を読んでいたんですか?」

ウォズ「マーベル(米国の著名漫画出版社。現在はディズニー傘下にある)は読んで育ったね。ハーヴィー・ピーカーものが好きで……ハーヴィー・ピーカーは知っている?」

石塚「アメリカ人ですか?」

ウォズ「アメリカ人です。もう亡くなってしまったけれど、ジャズ関連のことをやっていて……ジャズ評論家でもあったんだ。漫画家としてキャリアを始めたんだけど、ジャズを題材にしたり、左翼政治文化について書いたり、結構いいんだ。(米国ジャズ雑誌の)ダウンビートにも書いていたんだけど、ジャズ関連の漫画なんかも描いていた」

石塚「もちろん、ダウンビートはまだ発行されていますよね」

ウォズ「そうだね。そういえば、ランディ・デバークという人がいるんだ。アメリカ人漫画家で、マルコムXの自伝を本当に素晴らしい漫画に仕上げることもしている(『Malcolm X: A Graphic Biography』)。そこで、彼にウェイン・ショーターを紹介したんだ。ショーターの最新アルバム『Emanon』(2018年)で、ランディはイラストを担当しているよ」

ウェイン・ショーターの2018年作『Emanon』アルバム・プレヴュー。ウェイン・ショーターとモニカ・スライの原作、ランディ・デバークのイラストによる84ページのグラフィック・ノベルとセットになった作品

 

心に正直なアルバム、自分の人生を語る曲

石塚「『BLUE GIANT』は、6年ほど前に始めたんです。他の国がどうかわかりませんが、日本ではジャズを聴いていると言うと、〈ジャズ聴くんだ、大人だね、成熟しているね〉と、ジャズが高度なもののように言われます。でも、それはもうやめよう、ジャズをみんなのものにしようと思い、あらゆる人にジャズの扉を開こうと思って始めました」

ウォズ「それは良いことだね」

石塚「でも、漫画でジャズを描くなんてどうやるの、それは不可能じゃないか、と言われましたね。それでもやってみようということになって、たくさんの人たちに助けててもらいました。

興味深いことに、読者の多くが〈音が聴こえる〉と言ってくれるんです。とても素敵な反応だと思いますし、読者の多くがこの漫画を読んで本物のジャズを聴きたいと言ってくれました」

ウォズ「それは素晴らしい」

石塚「本物のジャズ・クラブに行きたいとも言われもしましたし、成功を収めています。

ドンさんは本当にたくさんのアルバムをプロデュースしていますが、どうすればヒットを作れるのでしょう? たとえば、ボニー・レイットの『Nick Of Time』(89年)をプロデュースしましたが、あれは大ヒットして、アメリカのあらゆるCDショップに置かれていたのを覚えています。その秘訣はなんですか?」

ウォズ「それがわかっていれば、毎回やるよね(笑)。だろう? 誰にもわからない。

ボニー・レイットの場合は、40代の女性がブルースをやって、スライド・ギターを弾いて、って感じで、あれ以上流行に逆らっているものなんてなかった。だから、僕たちは25年経ったら誇りを持てるアルバムを作ろうということにした。ヒットになるなんて思わなかったし、これをかけてくれるラジオ局なんてないだろうとも思った。

彼女の心に正直なアルバム、良いアルバムを作ろうとしただけだね。彼女はあのアルバムの曲を全部書いてはいないけれど、やろうと思えばできたし、入っていたのは全部彼女の人生のなかで起こっていたことに関係した曲だった。だから、彼女は自分の人生を語っていたんだ。

レコード会社が理解していなかったことは、彼女のファンもみんな40歳になろうとしてたことで、彼女の扱っていたテーマは、例えば子どもを産むのには歳を取りすぎてしまったとか、そういうものだった。

それまでは、そんなことをロックでは歌わなかった。それまでロックをやっていた女性はみんな、まるで自分が18歳であるかのように振る舞わなければならならず、そういう曲を歌わなければならなかった。そんななかで彼女は歳を取り、成熟し、自分の両親が老いていくのを見届けることを歌ったわけだ。

男性に対しても〈もっとしっかりしてよ、もうちょっとここまで来なさいよ、嘘はつかないでよ〉っていう姿勢だった。それは大胆なことだった」

ボニー・レイットの89年作『Nick Of Time』表題曲

 

素晴らしい音楽も素晴らしい本も同じ。ただ物語ること、それに尽きる

石塚「つまり、アーティストと近くなければならない、プロデューサーはアーティストを知らなければならないということでしょうか」

ウォズ「まさにそのとおり。とにかく心の赴くまま、正直なアルバムを作ろうとした」

石塚「正直なアルバム、ね」

ウォズ「そう。君がやっていることと同じさ。ストーリーテリングが大事なんだ。君の作品が成功をしているということは、そのストーリーテリングが人の心に触れているということだよね。

私たちのなかには深い感情の琴線がたくさんある。会話だと、その感情の動きの深さを伝えることを上手くできない。だから、アーティストは芸術として自分の気持ちを語ることで、聴いている人や読者にインスピレーションを与えたり、違う感情を引き起こさせることができるんだ。

人生ってクレイジーだし、めちゃくちゃだ。10秒後には死んでしまうかもしれないし、明日離婚するかもしれない。じゃあ、どうやってそこに意味を見出せるのかということだ。芸術は、そこに意味を見出すんだ。

で、素晴らしい音楽も素晴らしい本も同じこと。ただ物語ること、それに尽きる。うまく物語ることができれば、ヒットになる」

 

〈BLUE GINANT〉からはジャズ・クラブの匂いがする

石塚「音楽と本は同じだとおっしゃいましたよね。僕は登場人物に集中しようとします。彼はどう思っているのだろう、と。それがいちばん大切にしていることです。実際、登場人物の感情のみを追っています。彼が何をしたいのか、何を思っているのか、何を考えているか。そこに、いちばん焦点を当てていますね」

ウォズ「僕には日本語がまったくわからない。でも、君の本を見てジャズ・クラブの匂いが嗅げる。君もさっき言っていたよね、ジャズを知らない人が音が聴こえてくると言う、って。それは素晴らしいことだ。それこそは、君がやっていることの素晴らしさなんだ」

石塚「この漫画を描き始める前、どうやって描こうかと思ったんです。でも、ブルーノートの古いアルバムを見たら、パワーがあったんです。アルバム・ジャケットそのものに、パワーがあるんですよ」

ウォズ「リード・マイルス(ブルーノートの黄金期のデザインを担当したデザイナー)のアート・ワークとかだね」

石塚「それを見て、パワフルな絵が描ければできるんじゃないか、って思ったんです。そして、若い人がカッコいいって思ってくれれば、この物語も成就するんじゃないかって思いました」

 

ドン・ウォズとジャズとの出会い

ウォズ「君は、音楽のとても大切な要素をちゃんと知っているよね。私は60年代、10代だった頃にこの音楽を聴き始めた。14歳くらいのときに、初めてのブルーノートのアルバムを聴いたんだ」

石塚「14歳ですか?」

ウォズ「初めて聴いたのはジョー・ヘンダーソンだった」

石塚「ジョー・ヘンダーソン。どう思いました? おかしい人なんじゃないかって思いました(笑)?」

ウォズ「その話をしよう。そのとき、僕は母と車に乗っていたんだ。デトロイトに住んでいたから、デトロイトでのことだね。

14歳で、母のいろいろな用事に一日ずっと付き合わされていたんだ。僕は友達とモールをぶらぶらしたかったから、すっごく機嫌が悪かった。そんな僕に母は辟易して、車に鍵を入れたまま僕を車の中に放置した。〈ここにいて、用事を済ませてくるから〉って。

そこで(ラジオの)ダイヤルを回し始めた。デトロイトにジャズ専門のラジオ局があるなんてつゆ知らずに。そして、ダイヤルを回し始めたらデトロイト・ジャズ・ステーションがかかって、ちょうどサックスのソロが始まったところだった。(ヘンダーソンの)“Mode For Joe”(66年)のね」

石塚「『Mode For Joe』! 良いアルバムですよね」

ウォズ「最高のアルバムだ」

石塚「大好きです!」

ウォズ「ちょうどソロが始まったところで、そのサウンドがサックスの音じゃないんだ。僕の耳には、男が話しているようにしか聴こえなかった。で、苦悩の鳴き声を発している。それをラジオ越しに聴いて、本当に驚いたんだけど、そのサックスの音はそのときに僕が感じていたことそのものだったんだ。僕は車の中にいるんじゃなくて、友達と遊びに行きたかったからね。

ジョー・ヘンダーソンがどんな気持ちだったかはわからないけれど、僕の気持ちを理解してくれているかのようだった」

ジョー・ヘンダーソンの66年作『Mode For Joe』表題曲。ドン・ウォズが語っているのは、44秒あたりから始まるイントロ~ヘンダーソンのソロのことだと思われる

石塚「彼の演奏があなたの心に触れた……」

ウォズ「会話みたいだったんだよね。男が泣いているかのようで。でも、その後にドラムのジョー・チェンバースが入ってきて、スウィングし始める。すると、また新たにジョー・ヘンダーソンが僕に語りかけてくるかのように思えた。

そこで僕が感じたメッセージは、〈ドン、辛いことがあってもグルーヴしないと〉って言うものだった。僕は思ったんだ、歌詞がないのにこんなに力強いメッセージを持っているって、いったいどんな音楽なんだ、って。

それから、ジャズを聴き始めた。翌日には、家でそのラジオ局が聴けるように小さな携帯用FMラジオを買ったんだ。

僕が質の良いジャズのなかでもいちばん惹かれる要素は、ストーリー・テリングと会話なんだ。ウェイン・ショーターを聴けば、まるで外国語を話している人に聴こえるだろう。でも、フレージングを通して彼が何を言おうとしているのか想像できるよね。だから、最高のジャズは明解な会話なんだ」

石塚「そうですよね。いまの話は、僕にとっては希望となるものです。僕は特に若い人たちに扉を開きたいですから。若い人には未来があります。もちろん年配の人がジャズを聴くことも素晴らしいことですが、この漫画については若い世代に焦点を当てたかったのです」

ウォズ「素晴らしい、良いことだと思います。うまくいくよ」

石塚「ありがとうございます。あなたのデトロイトのお話は本当に素晴らしい。歌詞がなくとも、みんなジャズを理解できるってわかりました」

ウォズ「音楽のことを何も知らなくても、ジャズを聴くことはできると思うんだ。だって、会話みたいなものだからね。パーティーに行けば同時にたくさんの会話がされている。一つ目の会話が気に入らなければ次の会話に行けばいいんだ。チャンスを与えれば、必ず聴く者の魂に語りかけるジャズが見つけられると保障できる」

 

ジャズは常に変化し、インプロヴィゼーションするもの

石塚「もう一つお訊ねしたいのですが、ジャズは変化しているんでしょうか?」

ウォズ「ジャズは、いつも変化していると思う。ジャズの本質として、その細胞レヴェルでジャズはそういうものだと思う。ジャズは変化からできている。インプロヴィゼーションするものだしね。

そのたった一つの大切な定理は、昨日演奏したものが何であれ、今日も同じものを演奏するな、というものだ。変化していなければ、何かが間違っていることになる」

石塚「なるほど。最近では若いミュージシャンが出てきていますよね。ロバート・グラスパーの世代はまた素敵なジャズをやっています。彼らは苦闘しているのでしょうか、それとも楽しんでいるのでしょうか?」

ウォズ「とても楽しんでいるんじゃないかな。人間には経験する感情が何千とあるけれど、ロバートに関しては、特に彼のショーを観ると楽しんでいて、やっていることには遊び心がある。

僕はロバートとの会話が大好きなんだ。彼の音楽を聴いていてもおもしろいし、本当に魅力的で彩り豊かだ。彼は、時には漫画的とも言えるような部分もあり、とてもヴィジュアル的だよ」

ロバート・グラスパー、デリック・ホッジ、クリスチャン・スコット、テラス・マーティンらからなるスーパー・グループ、R+R=NOWの2018年作『Collagically Speaking』収録曲“Change Of Tone”

 

ジャズはバスケットボールに似ている

石塚「もう一つ質問です。この漫画を描くときいつも思っていることなんですが、ジャズというのは一人のアーティストがその魂を表現するためのものなのか、それともバンドのためのものなのでしょうか?」

ウォズ「バンド、みんなのためだ。歳を取って思うようになったのは、音楽には2種類あるということ。自分本位の音楽か、惜しみなく与える音楽かだね。

自分本位の音楽というのは、自分で自分の音楽を聴いて、ほらこんなにたくさん音符が弾けるぞ、って言っているようなやつだ。まるでサーカスのアクロバットをやっているようなもので、それは音楽ではない。

音楽というのは、君が何かちょっと演奏したのを聴いたら、僕がそれに反応して、次の人が演奏したくなるようなことの連鎖のようなもの。惜しみなく与えるアーティストは、他者にも耳を傾けるんだと思う。

そして何より大事なのは、感動的な何かを探して、それを他の人たちと共有しようとすることなんだ。それが音楽の魅力の一つだとも思う。なぜなら、それは人生のメタファーだからだ。私たち人間は、協力し合ったときのほうが何事もうまくいく」

石塚「チームワークが肝要なんですね」

ウォズ「そうそう。だから、日本に来るのが好きなんだ。とても思いやりのある、情のある文化だからね。

僕は89年に初めて来日したんだけれど、そのときにカメラをレストランに置いて帰ってしまった。するとウェイターはそれを返すために多分1キロメートルくらい走って追いかけてくれた。信じられなかったよ。アメリカだったら、私が1キロ歩いた段階でウェイターはもうカメラを売っていただろうね(笑)。日本は本当に素晴らしい所だと思う。

NBA(バスケットボール)は日本でも人気があるよね。僕はとてもジャズに似ていると思うんだ。チームメイトがどこにいるかしっかり把握していて、パスをするチームこそが勝てるチームなんだ。一度ロサンゼルス・レイカーズの試合に行ったことがあって、そのときコービー・ブライアントが80点も入れたんだ。でも、レイカーズは負けた。それは、たった一人でプレイしていると試合に勝てないからだ。パスのやりとりから会話まで、本当に音楽のようだ」

石塚「チームワークは大切ですよね。編集者とストーリーを考えているとき、バスケットなどのチーム・スポーツにたとえて話すことがよくあります。『BLUE GIANT』はある意味スポーツ漫画っぽいですね」

 

〈BLUE GIANT〉にドン・ウォズが登場する?

ウォズ「『BLUE GIANT × BLUE NOTE』は、君が収録曲を選んだの?」

石塚「そうです。A&Rも助けてくれました」

ウォズ「いいね。本に合っている。わかるよ。とてもヒップだ」

石塚「ありがとうございます。ブルーノートが歴史のなかで素晴らしいジャズ・オリジナルを作り上げたレーベルとして紹介したかったんです。そこで、2枚組のコンピレーションにしました。1枚はオリジナル曲やっているものを集め、もう1枚はスタンダードを選びました」

『BLUE GIANT × BLUE NOTE』オフィシャル・ムービー

 

ウォズ「とてもいいね。ブルーノートで仕事し始めたとき、みんながジャズをどう感じているかを調べたことがあった。多くの人が〈ジャズが大嫌いだ〉って言っていたんだ。でも、リー・モーガンの“The Sidewinder”(64年、『BLUE GIANT × BLUE NOTE』にも収録)をかけたら、〈それいいね! それは何ていう種類の音楽?〉って聞かれたんだよ(笑)。素晴らしいよね。

それに、君がこのブックレットで描いた絵も本当に素晴らしい。いろいろなものを呼び起こすね。パフォーマーとして、それらは僕が本当に何度も見てきた風景なんだ。ビールの香りも匂ってくるし、音も聴こえてくるし、ここで何が起こっているかを想像できる。この感じもあの感じも、本当によくわかる。テーブルから音符が出てくるのが聴こえるよ」

石塚「本日はありがとうございました。『BLUE GIANT SUPREME』の主人公はいまヨーロッパにいて、そのうちアメリカに行くかもしれません。そのとき、漫画にあなたを描いてもいいでしょうか?」

ウォズ「光栄だね」

石塚「謎のエグセクティヴとして、NYのラーメン屋あたりで登場してもらいたいです(笑)」

ウォズ「ぜひ!!」

 


LIVE INFORMATION
BLUE GIANT NIGHTS 2019

2019年9月19日(木)宮城・仙台電力ホール
2019年9月21日(土)、22日(日)、23日(月・祝)東京・南青山 BLUE NOTE TOKYO
https://www.universal-music.co.jp/blue-giant/news/event2019/