’60年代マイルスの生々しい実況録音、国内盤として完全コンプリート!

 ’40年代ビバップでキャリアをスタート、’50年代のクール・ジャズ、ハード・バップ期~マラソン・セッションを終え、コロンビアとの契約後、ギル・エバンスとの一連のビッグバンド作品、モード・ジャズの扉を開いた『Milestones』や大名盤『Kind Of Blue』、ウェイン・ショーター以外の本作メンバーが集結する『Seven Steps To Heaven』を経て、それまでのレパートリーを踏襲し、よりアブストラクトな方向へと表現の自由度を高めていったマイルス・デイビス。ライヴ盤『My Funny Valentine + Four & More』(1964年2月)など、今でも聴くたびに涙してしまうが、まだ本命のサックス奏者はいなかった。その夏ついにウェイン・ショーターが参加し〈黄金のクインテット〉が誕生。翌年4月にマイルスは臀部の手術をししばらく休んでいたが11月に活動再開、その1ヶ月後に出演したシカゴでのライヴがテオ・マセロによって録音され今回の8枚組となった。

MILES DAVIS 『コンプリート・ライヴ・アット・ザ・プラグド・ニッケル1965』 ソニー(2023)

 マイルス自伝に「いつもやってる曲だったけれど新鮮になれた」とある。

 当時はフリー・ジャズが台頭し、マイルス以外の若手メンバーもフリーに傾倒していたようだが、ここでの演奏はいわゆるフリージャズではない。スイング・ビートは根底にあるし(電化する前でありファンクやロックにもならない)、コードやメロディは生かされた上で、あえてずらしたり、常套句には決して陥らない美学が一貫している。画家ポール・セザンヌが晩年量産した「セント・ヴィクトワール山」がどんどん抽象化していったかのよう。

 マイルスの存在によってフリーになりすぎず音楽をスタイリッシュなものにしている、という見方もできるが、トランペットのアプローチはかなり抽象化されている。ソロで嵐を起こすのはウェインとハービーに任せ、マイルスはテーマの提示とそのヴァリエーション的な短か目のソロをおこなうのみ。一番抽象画を描こうとしているのは実はマイルスなのではないか。

 マイルスは、ウェインの加入を渇望していたわけだが、この音源でもウェインのアイデアは驚異的! 見事な楽器のコントロールでメロディを発展させ、伝統的な様式を踏まえつつハーモニーの中で自由に泳ぎまくり、実験している様子がうかがえる。

 ハービー・ハンコックのピアノは、既出のソロ・アルバム群(Blue Note)と地続きではあるが、回りに焚き付けられることで一層アグレッシブにソロ展開している。そのうちどんどん音楽の神が降臨、ロンとトニーに還元され、リズムの祭典となる。

 トニー・ウィリアムスはスピード感あふれるレガートを基本に変幻自在なポリリズムを駆使したり、ぴたっと止まった後ドッカーン!と脅かしたり、ダイナミクスの起爆剤だ。

 このメンバーの中では保守的な印象のロン・カーターだが、今どこにいるのかを提示する役割の他に、どこに行っても受け止める音場を作ることにも一役買っている。

 ソロの内容については、ビバップ的なリックは皆無。かといって全員が話しているのは正真正銘のジャズ言語。フレーズはふんだんにアウトするが、モチーフの動かし方に必然性があるので歌心が損なわれない。間の取り方、そしてソロの終わらせ方が秀逸すぎる。ウェインは当たり前の音に解決することを徹底して避けるし、ハービーは終わりそうなところでずらした和音を弾く、マイルスは描き残しのように去って行く、それぞれ違なるテイストだが、なんと粋でセクシーなんだ。ソロの移り変わり、曲つなぎのタイミング(聞き手の予想より早い)、異なるテンポの提示と咄嗟の追従、壮大な自然現象を見ているようだ。

 スイング・ビートを基調とし、スタンダード曲も取り上げるジャズ・ミュージックとしては当時最先端であったわけだが、今聞いてもその演奏表現力と美意識は全く色あせない。これが1965年の演奏であることも驚異的だが、立役者はマイルス39歳、ウェイン32歳、ロン28歳、ハービー25歳、トニー20歳、なんとまあ!

 


ジャズの不朽の名盤・偉大な音楽遺産を未来へ!
WE Want JAZZ

第1期 2023年11月22日(水)55タイトル発売
第2期 2023年12月20日(水)49タイトル発売
●第1期2023年11月発売では、ジャズの帝王マイルス・デイビス全作品を、第2期2023年12月発売では、モダンジャズの名盤を49タイトルリリース。