川本真琴が9年ぶりに発表したフル・アルバム『新しい友達』。本作の鍵となっているのが、“大観覧車”“灯台”“ロードムービー”というNYで録音された3曲だ。同地のミュージシャン――ジェレミー・ガスティン(ドラムス)とベンジャミン・ラザール・デイヴィス(ベース)という、川本にとって〈新しい友達〉である2人と吹き込んだ曲たちは、アルバムの要所に配置されている。
温かく柔らかな音像の3曲に耳を傾けてみると、聴こえてくるのはさまざまなパーカッションやふくよかな音色のベースライン、グロッケンシュピールにメロトロン、それにNYレコーディングを全面的にサポートしたテニスコーツの植野隆司による繊細なギター・プレイだ。シンプル、だが豊かで人間味あふれるこの3曲はどのように録られたのだろうか。
NYでの制作について川本と植野の2人が、池袋の某老舗喫茶店で(ときに脱線しつつも)語り合った。聞き手は、『音楽の世界へようこそ』(2010年)以降の川本作品を担当するディスクユニオン/MY BEST! RECORDSの金野篤。一連の〈川本真琴『新しい友達』特集〉のボーナス・トラックとして楽しんでいたければ幸いだ。
〈アメリカ〉でレコーディングしたい!
――当初、川本さんは〈アメリカ〉で録りたいって言っていたんですよね。
植野隆司(テニスコーツ)「そんな大雑把な(笑)。ならメキシコ国境付近でもよかったんですか? 〈アメリカ横断ウルトラクイズ〉みたいな(笑)」
川本真琴「私、2017年の秋にNYに行ったんですよ。〈ライヴってできるのかな~?〉ぐらいの感じで」
植野「そのときヒシャムっていう日本語も話せるブッキングできる人を紹介したんです」
――えっ、〈シ〉シャム?
植野「〈ししゃも〉じゃないですよ(笑)」
川本「(しばらく笑いが止まらない)。で、そのヒシャ〈モ〉さんに連絡したけど……」
植野「ヒシャ〈ム〉(笑)」
川本「なんにもできないまま帰ってきたんです。計画をしっかり立てないと難しいんだなって反省して、一年間アイデアを温めて。それで、植野さんに一緒に来てもらうんだったらできるかなって思って相談してみたんですよ」
植野「そのときはライヴじゃなくて〈録音する〉ってなってたんです。〈NYに知り合いのミュージシャンいます?〉って訊かれたから、俺は〈もちろんいます、直接知り合いじゃなくても録りたい音楽のタイプに合わせて相談できます〉って答えて。でも、スタジオとエンジニアぐらいは目星がついてると思ってたら……」
川本「なんにも決まってなくて(笑)。どうにかなるかな~って思ってました」
植野「〈NYのスタジオとエンジニア知ってますか?〉って川本さんに言われた時点で、これは一回逃げたほうがいいかな、ひょっとしてすべての負担がこっちに流れ込んできてるのかなって(笑)。で、川本さんのマネージャーに連絡したら〈これは川本のプロジェクトですので私はノータッチです〉ってシールド張られて(笑)」
――川本さんから〈次のアルバムを作る〉という話は聞いていて、2018年1月に打ち合わせをしたんです。そのときからNYで録音すると言っていましたよね。
川本「言いましたっけ? 言ったかもしれないです。……いま、みんなの話を聞いて全部思い出してきた!」
植野「こんな感じでよく無事に終わりましたよね(笑)」
ジェレミー・ガスティン&ベンジャミン・ラザール・デイヴィスとの録音に至るまで
――私は次のアルバムについて自分なりのイメージがあったので、NYで録るのは2、3曲だろうと思っていました。だったらボストンの家にスタジオも持っているデーモン&ナオミとやるのがいいんじゃないかと考えて、川本さんに推薦したんです。
植野「でも川本さんは〈なんかちょっとちがう……〉って。俺はボストンに行きたかったから食らいついたんですよ。そしたら〈私、NYで買い物したい店いっぱいあるんです〉って言われて(笑)。〈2週間毎日買い物する場所がそんなにあるんですか!?〉って訊いたら……」
川本「いや~あるんですよ~(笑)。……ちがう! ちょっと待って!! フォロー入れていいっ!?」
――川本さんの言い分を聞きましょう。
川本「自分の曲が出来上がってくるにつれて、デーモン&ナオミさんにお願いしたいものとちがってきたんですね。それで植野さんにちがうタイプの人を紹介してもらったんです」
植野「スタジオでパッパッて1日、2日で録るなら、一緒に曲を作るタイプよりスタジオ・ミュージシャン系のふつうに上手いやつがいいだろうと。それで前から俺と一緒にやりたがってたやつのことを思い出して」
――ジェシー・ハリスのバンドのドラマー、ジェレミー・ガスティンですね。
植野「プロ系だから、あいつなら絶対大丈夫だろうって。川本さんとジェシー・ハリスには、なんとなくリンクするとこがあったし。そしたらジェレミーが〈よく自分と一緒にやってるベーシストを誘ってもいいか〉って言い出したから、ちょうどいいやって感じで。
でもスタジオもエンジニアも決まってないし、彼らとギャラの話もしなきゃいけない。俺の英語力じゃ無理だって思って(ディアフーフの)サトミ(・マツザキ)ちゃんにコーディネートしてもらったんです。川本さんの音を聴いてもらって〈このスタジオがいいんじゃない〉って教えてもらって。サトミちゃんがいてくれてほんとによかったですよ」
川本「途中から私もジェレミーとメールのやりとりをしましたよ。Google翻訳を使って」
植野「え~絶対英語わかる人にチェックしてもらってたでしょ」
川本「あの……プロにも若干見てもらって(笑)」
――この3曲をNYで録ることは最初から決まっていたんですか?
川本「決まってました」
植野「俺は直前まで曲を知らなかった(笑)。リハに行ったら2人のほうが曲を知ってて、コードまで取っててすごい有能でしたよ! 逆に俺がベースのベンジャミンに教えてもらってました(笑)」
――この3曲はここ数年で出来た曲で、川本真琴ビッグバンドのライヴなどで演奏していました。“大観覧車”はシャンシャンズ※でもやっていましたよね。
植野「初めてやったのがシャンシャンズだったと思う。俺に訊くなよって感じだけど(笑)」
まるで業者の買い付けのような(?)NYでのショッピング
――そんなこんなで川本さんと植野さんはNYへと赴きました。
川本「植野さんもNYで用があったんですよね」
植野「用っていうか、仕事の話をしてたアメリカの映画監督がNYに来てて、俺らが着いた日にちょうどいたから会ったんです」
川本「マンハッタンの超ど真ん中に行きましたよね。その日はマイナス7℃で、めっちゃくちゃ寒くってびっくりしました。その監督さんとマンハッタンを散歩したんですけど、私、超薄着で出ちゃって風邪を引いたんです。それからNYにいる間じゅうずっと風邪を引いてて(笑)」
――そもそもどうして2週間も滞在期間を取ったんですか?
川本「〈録音できませんでした〉ってなるのがいちばんよくないから、2週間あれば絶対録れるだろうって。あとはやっぱり……ショッピングをしたくて(笑)」
植野「99パーセントそれでしょ(笑)。業者並みの気合いを感じましたよ。朝Uber呼んで、ばーって出かけていって。俺が友達と飲んで夜遅くに帰ってくると、ドアの前に買い物の袋がバンバンって並んでて、川本さんは部屋で寝てるんですよ(笑)。俺一回、街中で川本さんが歩いてるのを偶然見たんです。でも声かけられない感じで」
川本「え~うそでしょ~(笑)!」
植野「眼鏡かけて袋抱えて、店の看板をギロギロ見てて。いま話しかけたら両手に抱えた袋を全部持たされるんじゃないかって思ったから、見つからないように横道にすっと入って逃げました(笑)」
川本「やだ~なにそれ~(笑)! なんで言わないの~(しばらく笑いが止まらない)」
ジェレミー&ベンジャミンのミュージシャンシップ
――……ええっと、録音の話に戻ります。ドラマーのジェレミーはスタジオ・ミュージシャン?
植野「たぶんね。バック・バンドとかをやってるけど自分の表現もやりたいんだって言ってて」
――ベーシストはベンジャミン・ラザール・デイヴィスです。
川本「もうほんっとに上手かったですね」
植野「飲み込みが早かったし、ちゃんと自分のカラーが演奏にあるんですよ」
川本「そう!」
植野「ドラマーのジェレミーは変なものばっかり使って叩いてましたね」
――いろいろなパーカッションの音が入っていますよね。
植野「いわゆるスタジオ・ミュージシャンみたいな感じじゃなくて、すっごい個性的。叩くものとかスティックとか、自作のが多いんですよ。叩いてる姿を見ると変な感じ(笑)。ベンジャミンの楽器はエレキ・ベースなんですけど、ぱっと見エレキ・ギターぐらいの大きさのショート・スケールで。音が太くて不思議な感じでした」
植野「聴いた瞬間に〈いいな!〉って思いました。すごい好きな音でしたね」
――録音は1日で終わったんですか?
植野「そうですね。俺ら3人でパッと演奏したのはほぼワンテイクで」
川本「一応、私も一緒に歌って、ピアノも弾いてました。“大観覧車”のピアノは帰国後に録り直すつもりだったんですよ。でも、すごくよかったのでそのまま使っちゃいました」
植野「2人ともほんと有能でしたよね。ちゃんと予習してたし、一発でOK出すし、川本さんが〈こうしたい〉って言うとほんとにそのとおりに演奏するし。それだけじゃなくて俺に〈ギター、○小節目がズレてたんじゃない?〉とか言い出して(笑)」
川本「ベンジャミンはベースラインを決めるのがすごい上手くって、グルーヴが楽しくていい感じでした」
植野「メロディアスなベースラインが信条、みたいな感じでしたね」
川本「〈こういうフレーズ入れていい?〉ってどんどん言ってくれるんですよ。ベンジャミンはレコーディング中ずっと踊ってて、楽しい感じでしたね」
植野「超陽気でしたね。あの2人は俺が変な演奏をするとめちゃめちゃよろこんで、それに乗っかって似た音を出し始めるんです」
川本真琴が希望を感じたNYレコーディング
川本「うれしかったのが、私の曲を一緒に口ずさんでくれてたんですよ。〈いいメロディーだね〉〈このメロディーはポップでいいよ〉って。私は自分の音楽が海外で通用するはずないって思ってたんですけど、2人がレコーディングをすごい楽しんでくれたから音楽的に認めてもらえたって感じたんです。ほんと行ってよかったなって思いましたね。向こうの人に〈いい〉って言ってもらえるなんて思いもしないじゃないですか」
植野「そうかなあ」
川本「だって植野さんはよく海外で演奏してるから。私は一生、日本だけで音楽をやってくのかなって思ってたし、自分のなかで枠が決まってる感じがあったんです。だからすごい希望の光を感じました。日本だとどうしても〈川本真琴〉っていう前提があるじゃないですか。でも、私のことをぜんぜん知らない海外の人に〈いい〉って言ってもらえたのはすっごいうれしくて」
植野「へ~」
川本「あと、マーク(・シュワルツ)ってエンジニアさんもすごいよかったんですよ。ほんっとに優しくて。昔“FRAGILE”(2000年)って曲をLAでレコーディングしたときのエンジニアさんが超怖かったんです。アメリカの警官みたいなムキムキの体形の人で〈ファッキン!〉って何回も言ってて(笑)。今回もそうだろうって思ってたら超いい人で、録りもすごい上手で、丁寧に録ってくれました」
――滞在先のブルックリンのアパートはサトミさんに紹介してもらったんですか?
川本「自分で見つけました」
植野「大家さんがエイミー・Gっていうコメディアンだったんですよ。歌もすごい上手いし、楽器もなんでもできる人で」
――カズーをあそこに入れて鳴らすとか……。
植野「そう。あそこに入れてメロディーを吹くんです。口でも吹くから一人でデュオができる(笑)。YouTubeで〈Amy G〉って検索したらすぐ出てきますよ」
――アパートには楽器がいっぱいあったんですよね。
植野「けっこうありました。ウクレレが5、6本あって〈弾いていいよ〉って言ってたから録音でも使いました」
鮭、ワッフル、タコス、ノイズ
――録音の話はこれくらいにして、2週間のNY生活についてお訊きしたいです。
植野「川本さん、朝必ず鮭焼くんですよ。換気扇がない部屋なのに(笑)。だから毎朝すっごい臭いの(笑)。3日目くらいにキレて〈川本さん、もう今後ここで鮭だけは焼かないで〉って言って」
川本「植野さんに〈鮭きらい〉って言われました(笑)」
――お2人でご飯を食べに行ったりはしなかったんですか?
植野「ワッフルとタコスを食べに行きましたよね。ワッフルはサトミちゃんが教えてくれたカフェで食べました」
川本「アルバムのブックレットのコラージュに写真が入ってます! ものすっごい美味しかった」
植野「川本さん、いいカフェの話とかには急に興味を持って一緒に来るんですよ。中古レコード屋とかにはいっさい興味を持ってくれないんですけど」
川本「ふふ(笑)。植野さんはいつも知り合いの方にイヴェントを教えてもらって、夕方から出かけてましたね」
植野「TwitterとかFacebookとかで友達がおすすめを教えてくれるんですよ」
川本「私もたまについてってました。あのギターの人、すごかったですよね」
植野「うん。フィンランドの巨匠アート・パフォーマーが来るっていうからギャラリーに行ったんです。でも、始まる時間なのに俺と川本さんと、白髪で髭面でスーツ姿のおじさんしかいなくて」
川本「その人が帽子をバーンって被ったら、中からキラキラした粉がふわ~って広がって〈あっ、始まったんだな〉って(笑)」
植野「そのあと、そばにあったギターが立てかけてあるアンプのスイッチを入れて、アンプが載ってる台を引いて歩き始めたんです。当然エレキ・ギターはガシャーンって倒れて、そのままずるずる引きずられて。で、アンプからエレキ・ギターを引きずる音を出しながら外に出ていくんですよ」
川本「港のほうの工場地帯まで歩いていきましたよね。アンプから〈ゴーッ!〉ってすごい轟音を出しながら」
植野「ギターはどんどんボロボロになっていって。客はだんだん増えていったんですよね」
川本「最後はまた2人だけになったんですけど」
植野「あとで他のパフォーマンスも探して見てみたら、けっこう過激なことをする人でしたね。ジェントルな老紳士っぽいのに」
川本「とにかく植野さんは楽しんでましたよね。いろんなとこに行って」
植野「友達にまとめて会えました。サトミちゃんに誘われて元バトルスのタイヨンダイ(・ブラクストン)とクラブに行ったり、チボ・マットのメンバーと遊びに行ったり」
NY録音の3曲はほっとできる
――植野さんが出来上がった3曲を聴いたのは昨日※が初めてだったんですよね。
川本「どうでした?」
植野「よかったですよ。他の曲も聴きたいなって思いました(笑)」
川本「ふふふ(笑)。聴いてみてください」
植野「あれがアルバムの最初のレコーディングだったんですよね。出だしのNY録音がすごい重要だったんだなっていうのはわかりました。音がNYっぽいかといったらそんなことはないんですけど」
川本「でもアルバムを聴いててNY録音の曲が来ると、なんかほっとするんですよね。音がすっきりしてて、すっと落ち着く感じがあるんです。やっぱジェレミーとベンジャミンはいいミュージシャンだったんだなあって思います」
やっぱり人生はアイデアですよ
川本「植野さんにNYで言われたことが2つあって。まずひとつは、〈やっぱり人生はアイデアですよ〉って言われたんです。それで〈あっ、そうだな〉ってすごい思って。このアルバムを作るうえでその言葉がずっとあったから、おもしろいものをなんでも採用していくっていうやり方にしたんです」
――それはこの一年、川本さんがずっと言っていたことですよね。
川本「はい。制作中はずっとそう思ってやってました。もうひとつは〈風邪を引くのは痩せてるから、海外に行くんだったらもうちょっと太って筋肉をつけたほうがいい〉って。で、今年に入ってからちょっと太ったんですよ(笑)」
植野「俺、そんなこと言った(笑)?」
川本「言いましたよ~。またNYで〈りょくおん〉やりましょうよ。ジェレミーとベンジャミンと」
植野「いま〈旅行〉って言ったの? 〈録音〉って言ったの?」
川本「〈録音〉の〈旅行〉、〈旅行〉の〈録音〉……〈録音〉ですっ!」
――ショッピングも兼ねて。
川本「ふふふ(笑)。やっぱ2年に一回ぐらいはショッピング行かなきゃ」
植野「えっ……。やっぱり業者じゃん(笑)」
LIVE INFORMATION
川本真琴 ワンマンライヴ 2020「新しい友達」
2020年1月10日(金)東京・渋谷 CLUB QUATTRO
開場/開演:18:30/19:30
オフィシャル先行受付(e+):
https://eplus.jp/kawamotomakoto/
お問い合わせ(クリエイティブマン):03-3499-6669
公演特設サイト:
https://www.creativeman.co.jp/event/kawamotomakoto/