KIRINJIのニュー・アルバム『cherish』がめちゃくちゃかっこいい。
わたしは音楽のグルーヴ具合を表す言葉を持っておらず、〈めちゃくちゃかっこいい〉としか言えない悲しい人間であるが、本当にめちゃくちゃかっこいい。
堀込高樹の歌詞の話をしたい。過去、散々されてきただろうが知ったことではない。独善的なプレゼンだと思ってほしい。
言葉選びのセンスの優れ具合に関しては言わずもがなだが、言葉少なにして簡潔に人物を描くテクニックが素晴らしい。
例えば堀込高樹のシニカルな洞察眼が炸裂している“奴のシャツ”(2003年)での〈水曜日 継母の従兄弟を訪ねてみる/金曜日 姪が歯医者に行くので付き合う〉という圧倒的ダメ人間を2行で表すセンス。
またソロ・アルバム『Homeground』(2005年)に収録されている“涙のマネーロンダリング”での〈ハイエースのバックシート/ワンカップでパーティ/フェイクファーに埋もれた柔らかな頬/守りたいだけさ〉という(おそらく)水商売の女と肉体労働に明け暮れ女に貢ぎ続ける男の関係に対する、リアリティーとステレオタイプの間をいく悪趣味寸前の描写。
“雲呑ガール”(2014年)での〈風林会館前集合/今夜はおごる/過払金が戻ったから〉の、気が大きくなっている感と再び借金しそう感も最高である。
近年の堀込高樹は不敵なほどに眼前にある現在進行形の世界を抜き出す。その上、三年後には忘れられているかもしれない言葉を消費することも厭わない。
堀込高樹の歌詞を表現する際に用いられがちであった〈暗喩や隠喩を使ったエロティシズム〉〈むっつりスケベ〉〈文学的な表現〉などの紋切り型は〈オールドスクールな堀込高樹像〉である。
前作『愛をあるだけ、すべて』(2018年)の“悪夢を見るチーズ”で〈ヤバみ〉を使い出した頃から、ひょっとしてこの人は攻めすぎているのではないだろうか、キャリアが20年以上ある人がそんな激尖りしたことをするなんて(キャリアが20年以上なんて、もはやアルフィーとかアリスとかの域が見えてくる頃だ)と思っていたが、今作の言葉選びはさらに研ぎ澄まされており、もはや〈堀込高樹はヤケクソなのか〉とリスナーを心配させるほどスリリングで挑戦的である。
しかし、そのリスナーの心配すらも、もちろん計算内であり、どこかで手の内を見せてくれているような包容感と余裕も感じる。
一曲目の“「あの娘は誰?」とか言わせたい”という曲名もニクい。まるで〈言葉のパルコ グランバザール〉だ、サイコー。この時点でわたしの親指は立っている。
再生し30秒ほどで〈bright night 週末のシンデレラ/インスタなら南瓜は馬車に/見て欲しい この私/「あの娘は誰?」とか言わせたい〉という歌詞が歌われる。
リスナーは全員びっくりした後に、ちょっと笑っちゃうと思う。とうとうKIRINJIの歌詞に〈インスタ〉が採用されたからだ。〈ヤバみ〉の次は〈インスタ〉である。なるほど、インスタで注目されたい女の子の歌かな?なんて思う。
その30秒後が〈お疲れさま“地上の星”の皆さん/いつも見上げてばかりのタワマン 今夜 見下ろしているの わたし/渋滞のミルキーウェイ/これ、いったいどこに流れ着くのかな〉だ。
〈インスタ〉で〈タワマン〉!
軽薄すぎる! 吹けば飛ぶような空っぽさである。
堀込高樹がそういうなら、こっちもタピ活して、あげみざわになるしかない。堀込高樹というより、〈#堀込高樹〉って感じだ。
一曲目の冒頭60秒間で聞かされる〈タワマン〉と〈インスタ〉、そのふたつで『cherish』において展開される世界がまさに令和元年でオリンピック前夜に浮かれている現在のマジな日本の姿であることは提示し終わっている。
〈堀込高樹が若者に迎合?〉〈堀込高樹、無理やり若者の言葉つかってない?〉そんな心配は一切無用である。
この曲のもうひとりの登場人物は〈black card チラつかせていた CEO〉である。〈あの娘〉は彼の姿を最近見ない。男は株か不動産か何かで失敗して破産しているからだ。すぐ先の未来も見えない。無常。〈インスタ〉と〈タワマン〉のある世界、現実へ向ける眼差しは冷静である。
〈photograph 思い出はいつだってキレイ/hologram 理想郷を映し出すけど/そう、本当の君はマッチ売り/雪に埋もれて眠ってる 朝が来て みんな見て見ぬふり/死にたいってのは生きたいってことかい?〉。
シャンパンゴールドの車から夜景を見下ろして〈バエる~〉とか言ってる女の子も、加工なしの盛れてない生活がある。件のCEOと出会ったのも学費を払ってくれるパトロンを探すためのパパ活の場だったのかもしれない。
最後の最後に、堀込高樹は浮ついた現実を喝破する。
〈blight lights 口先の好景気/今夜も満席のネットカフェ/息できない クールじゃない/美しい国はディストピアさ〉。
このフレーズが歌われるために、ストーリーが要請されたのだと思う。
『愛をあるだけ、すべて』に収録されている“AIの逃避行”でも、盗んだバイクで走り出すふたりのAIの行く末が暗澹としたものだったことを思い出す。堀込高樹は自分が絶望と無関係だと信じて疑わず他人を笑う者の存在に怒り、苦しんでいる。
とにかく今のKIRINJIはすごいことになっている。やはりポップな世界でカッティングエッジな人がいちばんすごいのだと再確認。マジでサイコーです!
PROFILE: 奥野紗世子
92年生まれ。小説家。「逃げ水は街の血潮」で第124回文學界新人賞を受賞。新作鋭意制作中、来年の春先までに「文學界」(文藝春秋)に掲載予定。
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