菊地雅章、辛島文雄、日野皓正、峰厚介らと共演を重ねてきた現代ジャズ・シーン最重要ベーシストの一人、須川崇志。彼が率いる須川崇志バンクシアトリオがアルバム『Time Remembered』をリリースした。林正樹(ピアノ)、石若駿(ドラムス)を迎えたバンクシアトリオは2018年から活動を開始。南青山のジャズ・クラブ、Body&Soulでのライブが本作のリリース元であるレーベル、Days of Delightのプロデューサー平野暁臣の目にとまり、作品制作に至った。

「1曲目、アルバム・タイトルにもなっている“Time Remembered”の演奏が始まった瞬間、衝撃を受けました。かつて聴いたことのない〈スリリングな美しさ〉に満ちていたからです。定型や様式を垂れ流すカクテル・ピアノ・トリオとは対極の、純度の高い緊張感があった。その場で3人がジャブを打ち合いながら、ある種の結晶を作っている感じで。須川さんと駿くんが作り出す比類のない強力なグルーヴの中を、林さんが美しく駆け抜ける……〈これはもう宝だ〉と思いました。宝はやっぱり他に取られたくないでしょ(笑)? だから、その日のうちにレコーディングをオファーしたんです」

プロデューサー自ら、身を乗り出し熱弁するバンクシアトリオの魅力。ここからは須川崇志自身に語っていただこう。

須川崇志バンクシアトリオ Time Remembered Days of Delight(2020)

それぞれの作曲センスを生かした、コンポジション重視のアルバム

――『Time Remembered』制作のきっかけはBody&Soulでのライブだったそうですね。

「はい、ライヴの後に平野さんが声をかけてくれました。レコーディングまで時間は十分あったので、その間にどんな内容にするか考えたり、曲を書いたりしようと思って。前作『Outgrowing』(2018年)は完全に即興にシフトしていたので……」

――レオ・ジェノヴェーゼ(ピアノ)、トム・レイニー(ドラムス)との力作ですね。

「今回はそれと真逆のもの、コンポジション重視のものを録りたいと思いました。林さんも駿くんもすごく作曲のセンスがいいし、僕も二人の曲が大好きだし。それぞれのオリジナルをやろうっていう話をしました。そしたら二人とも忙しいのに、〈昨日書いてきました〉〈今朝書いてきました〉みたいな感じで、レコーディング当日に出来たてのやつを持ってきてくれた。〈じゃあこれをどう料理するか、ちょっとやってみよう〉って録音していきました」

レオ・ジェノヴェーゼ、トム・レイニーとトリオで演奏する『Outgrowing』タイトル・トラックのライブ映像
 

――須川さんのオリジナルは3曲、収録されています。

「いろいろ書きましたけど、8割ぐらいボツにした記憶があります。新しい曲は弓で弾いている“Lamento”と、“Banksia”ですね。“Under the Spell”は学生の頃に作ったもので、『Outgrowing』の時も録音してはいたんですけど、うまくいかなくて収録をやめたんです。でも、駿くんがこの曲をすごく気に入ってくれていて、〈やりましょうよ〉って言ってくれたんで、じゃあ、という気持ちになって。それならドラムスをフィーチャーしたアレンジにしたいなと。レコーディングでも〈駿くんから始めてよ〉ってお願いしました。

そこから林さんと二人でベースラインをゆっくり弾いて、テーマ・メロディーが出たらそこでもう終わりにしよう、と。結果、すごくうまくいきました。今まで“Under the Spell”をライブでやる時にどう即興しようかと考えることが多かったんですけど、なかなかいいやり方を掴めてなくて。メロディーが終わったら即興にしたり、あるいはそのまま一定のフォームでやってみたりとか、結構いろんなパターンでやってたんですけど、やっとドラムスをフィーチャーするのがいい、というのが見えてきた」

『Time Remembered』収録曲“Banksia”

 

絶対パルスを失わない、とんでもない3人

――林さん、石若さんとのトリオが始まったきっかけは?

「僕が他のバンドでたびたびBody&Soulに出ているなかで、オーナーの京子ママ(関京子氏)が〈あなたもそろそろ自分のリーダーでやってみたら〉って言ってくれて、その時即座に林さんと駿くんが浮かんだんです。2017年末のことですね。Body&Soulのピアノってすごく良いでしょう? あのピアノを使ってトリオ編成をやろうと思ったら、林さん以外には考えられなかった。誰もが言うと思うんですけど、林さんの弾くピアノは音色がすごく美しくて、ダイナミクスも広い。あと実は、音楽的にやんちゃなところがあるんですよ」

(左から)本作をレコーディング中の林、須川、石若
 

――それは意外です。

「普段は隠しているんだと思います(笑)。林さんは耳が抜群に良いし、素晴らしく抑制やコントロールの効く方なんですが、それを駿くんと僕が触発するんです。例えば、音楽(の拍)が1・2・3・4、1・2・3・4と進行していくのをどこが1かわからなくしたりとか、フォームを崩しにかけたり。すると、林さんがやんちゃなアプローチをちょこちょこ見せてくれるんです。順繰りに過激になっていくというのではなくて、表から裏へ一気に対極の場所に飛ぶような、そんなアプローチの面白さと速さにシビれますね」

――林さんとは藤本一馬さんのユニットなどで、石若さんとは彼のカルテット(Shun Ishiwaka CLNUP4)などでも共演されていますね。

「駿くんのドラムスは、もう本当にグルーヴィーなんです。だからこっちは、とにかく良い音色でボーンと一発弾けばそれでOK。僕の仕事まで全部やってくれるような感じですね。初めて一緒になったのは彼が高校生くらいの頃だったと思いますが、当時彼が住んでいた家まで送りに行ったりもして。それ以来、ことあるごとに一緒に演奏していますね。

とにかくこのトリオは、ちょっとやそっとじゃブレないんですよ。ブレないからこそ結構とんでもないことをするんですけど、それでも絶対パルスを失わない。パルスを共有しながら3人が共存しているという感じでしょうか」

――タイトル曲“Time Remembered”はビル・エヴァンスの自作曲ですが、彼が亡くなって約40年、こういう解釈も出てきたのかと胸のすくような気持ちになりました。

「2018年にダリオ・デイッダのサブ(代役)で、急遽ギタリストのカート・ローゼンウィンケルと(“Time Remembered”を)演奏することになったことがあったんです。その時、カートがBのペダル(・ポイント)を弾きだして、そして僕にもそれを弾けと。いわゆるストレート・エイト(Straight 8ths)のジャズなんだけど、マッシヴな機関車がゴーッて突き進んでいくようなビートが、すごく新鮮で楽しかったんです。それが印象に残っていて、“Time Remembered”のアレンジにつながっていったんですけど、林さんと駿くんとライブをした時に試してみたら二人ともすぐにわかってくれたし、すごくうまくいった」

 

楽器にのめり込んだきっかけは、車酔い?

――須川さんご自身についても訊かせてください。“Lamento”では須川さんのアルコ(弓)も楽しむことができますが、クラシック音楽に囲まれた家庭に育ったんですか? 最初に始めた楽器はチェロだとうかがいましたが。

「いいえ、群馬のいたって普通の家庭に育ちました。楽器を始めたきっかけは小学生5年生の時、親友が突然ヴァイオリンを始めたんです。〈隣町のジュニア・オーケストラで毎週日曜日に練習があるから、もうお前とは遊べない〉って言われて。なんて理不尽なんだと思って(笑)くっついていって、練習場所が小学校の音楽室だったので僕は校庭で遊んだりしていたら、〈君も楽器をやるか〉って指導の先生が声をかけてくれたんです。

最初はフルートをやろうとしたんですけど、当時の僕は車酔いが酷くて、フラフラになったまま階段で5階にある練習場まで行ってフルートを吹くのはハードすぎて(笑)。それで、チェロは座って演奏するし、友達とも違う楽器だし、チェロがいいかな、と。

その時、ジュニア・オーケストラがエルガーの“威風堂々”を練習していて、それにもすごい感動しましたね。子供ばかりだし音はズレズレだったかもしれないけど、とにかく小学校5年生で、初めてオーケストラを聴いたわけです。生音の音量感とか、ダイナミクスに圧倒されて、それからチェロにのめり込みました。もちろん最初はちゃんとした音を出すのも一苦労で、道を挟んで向かい側に住んでいた親戚のおじさんから〈ガマガエルが鳴きだしたのか〉って言われましたけどね」

――そこからチェロがどんどん上達して……でも、コントラバスに行く前にエレクトリック・ベースを手にしたそうですね。

「高校生の頃にエレクトリック・ベースを始めて、友達とバンドを組んでX JAPANとかも演奏したりしてましたね。そのうち、〈エレクトリック・ベースのテクニシャンは誰だろう〉と調べるなかでジャコ・パストリアスやビリー・シーンに出会ったり、T.M.スティーヴンスの教則ビデオを見ているうちに、ジャズに関心が湧いてきたんです。

それで、高校を卒業してから日本大学のジャズ研でベース(コントラバス)を始めて、楽器を持って帰って練習して、そのうち演奏が楽しくなって学校に行かなくなって……。ちょうどその頃、吉祥寺のジャズ・クラブ、SOMETIMEでバイトしてたんですよ。働きながらもいろんな良いミュージシャンの演奏を聴けたし、終わった後に、ハチさん(佐藤恭彦)にベースを教えてもらったりもして、それがすごく良い経験になりました。

ボストンのバークリー音楽大学に行ったのはその後で、僕はジョン・ロックウッドがジョージ・ガゾーン、ボブ・ガロッティと組んだバンド、フリンジが好きだったので、バークリーでジョンにベースを習おうと決めていました。師事してからは、バロックの曲の練習や、いわゆるウォーキング・ベースとかをやりましたね。ある日、彼に〈これまで出会ったなかでいちばん印象的なウォーキング・ベースを弾くプレイヤーは誰か〉と尋ねたところ、ジョージ・デュヴィヴィエという答えが返ってきて」

――ジョージ・デュヴィヴィエ、うれしい名前です。まさにアンカー(錨)に徹した職人肌の奏者ですね。

「ジョンが若い頃、ライブを聴きに行ったらしいんです。ビールを注文して、さあ飲もうかという時に演奏が始まって、そうしたらどんどん引き込まれて、結局一口もビールを飲まないうちに演奏が終わってしまったと。そのくらい引きつけられたそうです。〈君も絶対知っておいたほうがいいよ〉というので、彼の参加した作品はずいぶん聴いたし、彼に関する書籍『Bassically Speaking: An Oral History of George Duvivier』も読みましたね。タイトルの一部のスペルは完全にオヤジギャグですが……中身は彼の生涯が詳細に綴られていて素晴らしい内容でした」

 

間近で体験した、菊地雅章の驚異的なスピード感

――その後はNYに行って、Village Vanguard(老舗ジャズ・クラブ)で菊地雅章さんと出会ったそうですね。菊地さんがポール・モチアンのバンドで演奏していた頃ですか?

「そうです。2006年の終わりから2007年の初頭の頃で、トリオ2000+oneだったか2000+twoだったかはっきり覚えていませんが、たしかサックスはクリス・ポッターでした。その演奏があまりにも素晴らしく、もう言葉にならないほどグッと来たので、(菊地に)声をかけたんです。〈君、バークリーに行っていたの?〉〈はい〉〈俺も1年だけ行ったけど、そこで学んだことを忘れるのに8年かかった。君は?〉〈4年いました〉〈だと忘れるのに32年かかるね〉……というような会話があって。〈俺んちに来なよ〉と電話番号を書いたメモを渡してくれたので、翌日から通うようになりました。

プーさん(菊地)との日々は、音楽的にすごく良い時間でした。例えばCのコード。ジャズ・ミュージシャンならCっていうコードを見たら即座に〈ドミソ〉って思っちゃう。だけどプーさんは、ドとソと、ドとミと、ミとソの3つのインターバルが同時に鳴ったものがCなんだという考え方。バラで捉えるというか、距離感で捉えている。それを即興で尋常じゃないスピードで進めてくるんです。スーパー・コンピューターみたいな処理能力ですね。

聴いていても、あまり速さを感じさせる音楽ではないと思うんですよ。だけど一緒に演奏したら、なんだか僕が赤ちゃんでプーさんが新幹線みたいな感じ。こっちがハイハイしてる間に、ビューンと行っちゃったみたいなくらいのスピード感の違いなんです。あ、置いていかれたって思った瞬間に〈Don’t play!〉って言われ、またしばらくすると〈Play!〉と言われる。これが繰り返されるんです。あんな速い竜巻には、入れないですよ。プーさんは僕が出入りしていた頃からトッド・ニューフェルド、トーマス・モーガンとセッションを繰り返していましたけど、あのトリオの素晴らしさは、プーさんのスピード感にあの二人がついていけたところだと思います」

――さて、2月からはこのトリオ・メンバーでツアーに入りますね。

「自分がリーダーとしては3度目のツアーですが、もちろんこのトリオでは初めて。このアルバムからの曲もさらに発展しているでしょうし、新しい曲もどんどん書いていて、ツアー中にも新曲が生まれると思います。鍋料理じゃないけど、あんまりコトコトやっていたら、煮詰まるじゃないですか。煮詰まってドロドロにならないよう、新鮮な状態を保った音楽をどんどん供給していくようなライブになると思います。

この3人で演奏すると、とにかく面白いし、スリルがあって楽しいんです。幸せな緊張感を感じながら演奏しているので、観客の方々にも僕らの演奏をぜひ楽しんでいただきたいですね」


LIVE INFORMATION

Takashi Sugawa Banksia Trio CD「Time Remembered」リリース・ツアー
2月9日(日)群馬・桐生 Jazz&Blues Bar Village
2月10日(月)東京・Body&Soul
2月11日(火)宮城・仙台 L-Park Studio
2月12日(水)栃木・小山 Fellows
2月23日(日)長野 バックドロップ
2月24日(月)岐阜・高山 日下部民芸館
2月25日(火)愛知・名古屋 jazz inn LOVELY
2月26日(水)兵庫・神戸 100BANホール
2月27日(木)滋賀・大津 bochi bochi

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