DJとして、ビートメイカーとして、世界的に高い評価を受ける才人が久しぶりに臨んだオリジナル・アルバム。あえて〈ジャジー〉な方向に挑んだ新作はいかにして生まれた?

何だよ、ローファイって

 GAGLEの『Vanta Black』やサントラ作品、ビート・アルバムなどを挿み、客演を交えたソロ作としては実に『UNIVERSAL FORCE』(2010年)以来となる新作『ALL THIS LOVE』を完成させたDJ Mitsu the Beats。キャリアを重ねた現在もなお毎日ビートメイクを欠かさぬ彼にとって、アルバムはその流れの中から生まれるもの。本作は数百ものストックから選んだビート群に手を加えていくことで現在の形になった。『Vanta Black』同様、データ消失のアクシデントにも見舞われ、完成までに要した時間は4年余り。その間に当初レーベルから打診されたという〈生音寄りのジャズ〉という方向性はサンプリングをベースにしたものへと変わっていったが、それでもアルバムでは彼が得意としてきたジャジーな楽曲が中心をなしている。GAGLE像を意欲的に更新した近作、とりわけ『Vanta Black』とは対極のヒューマンな温もりを湛えた今作の裏には心境の変化もあったようだ。

DJ Mitsu the Beats ALL THIS LOVE Jazzy Sport/Village Again(2020)

 「『Vanta Black』を作ってた頃はテクノをガンガン聴いてたんですけど、その流行りは『Vanta Black』でひとまず終わった感じ。そこでもう一回自分を見つめ直した時、やっぱ好きなのはジャジーな曲だったんですよね。だから〈ジャジーなヒップホップ〉って言われるのがあれだけ嫌だったのに、いまは自分がそのうちの一つと考えられてるのもいいのかなって思うようにし、 最初にローファイ・ヒップホップが出てきた時に〈何だよ、ローファイって〉 って思ってたのが、いまは大好きになって」。

 そんな心境に至った理由は他にもあるそうで、「やっぱDJしてて思うんですよね」と彼は話を続ける。

 「すごい決定的だったのは(数年前の)オーストラリア・ツアー。ヒップホップからハウス~テクノまで行ったBOILER ROOMの僕のプレイを見たRedBullに、そういうプレイをしてほしいって言われて行ったツアーで、どこでも盛り上がるは盛り上がるんですけど、どこ行ってもホントに僕のこと好きな一部のファンが棒立ちになってて。プレイが終わって〈なんでもっとヒップホップかけないんだよ〉って苦い顔で直接言われることが何度もあったし、プレイ中にも〈ヒップホップ! ヒップホップ!〉って言われるし。そういう様子を見てると、自分的には〈テクノもハウスもファンクもソウルもジャズも全部一緒で好きなものは好き〉っていうマインドだったけど、残してきた作品とDJの差は確かにあるよなって。やっぱりみんなジャジーな曲が好きで、海外でもホセ・ジェイムズとの“Promise In Love”がいちばん好きだってよく言われるんで、だったら今回のアルバムでもう一回そっちの方向を突き詰めてみようっていうのもありました」。

 

パッケージの力

 生音を随所に配した『ALL THIS LOVE』でのビートは、終始細やかな表情を描き出し、ヴォーカリストとも響き合う。それと共に、バランス良く交えたインスト曲はアルバムを風通し良くもしている。Marterの淡いヴォーカルと叙情的なピアノの旋律が柔和に溶け合う“Togetherness”から、フェンダーローズが麗しく漂う“Mellow Curves”、Mahyaがとろけるような歌唱を聴かせる“You Are Mine”へと至るアルバムの冒頭をはじめ、切ない思いを滲ませた酒井尚子の歌を残響するビートとピアノが甘美に包む“密”。「きれいなハウスやアフリカっぽいパーカッションが入ったもの」を聴くことが多いという近年のMitsuの嗜好の片鱗が見えるマーク・ド・クライヴ・ロウとの“Slalom”や、金子巧(cro-magnon)との“Intimate affairs”といったインストに、ホセ・ジェイムズをいち早く見い出した先述の人気曲“Promise In Love”の温かみを増したリミックス――「いままでならインスト曲でもループか、変化しても一音だったところを、より展開のあるトラックにした」と語る成果は、Mitsu言うところの「話が通じやすい人」たちに支えられたおかげでもある。

 「cro-magnonの巧さんには今回8曲で弾いてもらってて、名前全部出してもいいぐらいの活躍をしてもらってる。Marterさんは“It's Time”でもベース弾いてくれてるし、Mahyaちゃんは書くのがすごく早くて、ホント1日、2日でパッとアイデア出して送り返してくれた。マークとはああだこうだ言いながら2時間で3曲ぐらいセッションしたし、酒井尚子ちゃんには唯一仙台に来て録ってもらいましたね。ちなみに“密”は、2番目のサビあたりからHUNGER(GAGLE)の声が、ホントによーく聴かないと聴こえないくらい薄っすら入ってるんで聴いてみてください」。

 出来上がった『ALL THIS LO­VE』について、「最初はまとまったイメージもなかったんですけど、パッケージの力ってすごいなと思いました。並べるとこんなにまとまって聴こえるんだみたいな」とも口にした彼は、さらに「昔からの自分らしいし、ファースト(『NEW AWAKENING』)を聴いた人が期待して聴いても大丈夫かな」とも言う。

 「自分の中でJ・ディラの『We­lc­ome 2 Detroit』はホントにずっと好きなアルバムなんですけど、今回のアルバムもそういう長く聴ける、大事にできる作品になってほしいし、思い出したら聴いてリラックスできる、流し聴きできるようなアルバムでもあってほしいです」。

 そんな本作に続いて彼は、ラップ・アルバムのリリースも準備中。ほぼ完成しているというそちらは「『Vanta Black』で学んだ要素」と本作の延長線上にあるサウンドが合わさったものになるそう。それと並行してディラへのトリビュート第2弾に『Beat Installments』シリーズの最新作、ビートメイカーたちとのコラボ集から、海外でも知られる某レコード店オーナーとの共作、現時点ではオフレコなビッグ・プロジェクトなども控え、いままさに過去最大のピークかもしれないという多忙ぶりを極めている模様。それも「ビートメイキングの息抜きにビートメイキングする」のが常という音楽漬けの生活があるからこそなしえるのかも。世代やフィールドを越える架け橋的なビートメイカーをめざして続く活動は、ますます彼を稀有な存在にしていきそうだ。

 

『ALL THIS LOVE』に客演したアーティストの作品を紹介。

 

長年に渡る愛の証……主要なアルバムと近年の関連ワークス

 10年代に入ってからMitsuが手掛けた印象的なプロデュース/リミックス仕事となると……まずは奥村晶のトランペットを迎えて内省のジャズを奏でた般若“存在”が思い出されるし、泉まくら“baby”の快いラウンジ・ボッサ、TWINKLE+“Midnight Run(TYO)”の真夜中漆黒ビートも忘れ難い。また、加山雄三の企画盤『加山雄三の新世界』での“君といつまでも(Together forever Mix)”はECDの勇姿と共にチェックされたい名仕事。リミックスではPUSHIM×韻シストや「血界戦線&BEYOND」収録曲があり、後者の縁は岩崎太整とTVドラマ「dele」サントラの共同制作に繋がった。近年では梅田サイファーやLeon Fanourakis、D.D.Sなど意外な後進との手合わせも多く、今後も楽しみになってくる。

 


DJ Mitsu the Beats NEW AWAKENING PLANETGROOVE(2003)

GAGLEが評価を高めるなかで届いた初ソロ作。海外MC勢を迎えたジャジーなラップ曲メインの前半、ブロークン・ビーツや歌モノにアプローチした野心的な後半という構成で、特にドゥウェレを迎えた“Right here”が絶品だ。Mahyaとマーク・ド・クライヴロウはこの時点で参加。

 

DJ Mitsu the Beats A WORD TO THE WISE PLANETGROOVE(2009)

ヒップホップ色を濃くした6年ぶり2作目。ジョージア・アン・マルドロウやLMNO、エルザイら海外勢との好相性は変わらず、ホセ・ジェイムズの歌う“Promise In Love”は後にホセ側のアルバムにも収録された。続投のマーク・ド・クライヴロウや金子巧が活躍するインスト群にも注目。

 

DJ Mitsu the Beats UNIVERSAL FORCE PLANETGROOVE/Village Again(2010)

GAGLEでコンスタントに作品も重ねつつ、全曲で初めて日本のアーティストだけをフィーチャーしたコンセプチュアルな3作目。Zeebraとの“One Hip Hop”を筆頭に、S.l.a.c.k.、TWIGY、ICE BAHN、B.Dらが集まっている。Hungerと環ROYのコラボ“昂サバイヴ”が聴きもの。

 

DJ Mitsu the Beats CELEBRATION OF JAY Jazzy Sport(2014)

今回のインタヴュー本文にもあるように、彼に多大な影響を及ぼしたディラの、生誕40周年というタイミングで制作されたビート・アルバム。カヴァーや模倣ではなく、ディラの影響下にある自身の姿そのものを捧げるというモードのもと、Mitsuらしいファットなサウンドが楽しめる。

 

DJ Mitsu the Beats Beat Installments Vol.4 Jazzy Sport(2016)

2012年に第1弾をリリ−スしたビート・アルバム『Beat Installments』シリーズの現時点での最新作がこちら。雰囲気は回ごとに異なるが、ここではコズミックでスペイシーな雰囲気のトラックが際立ち、切り口の滑らかなジャズやファンクをシャープに接合したようなタイトさが心地良い。

 

GAGLE Vanta Black Jazzy Sport(2018)

現時点での最新作にあたる通算6枚目のフル・アルバム。本文にもあるようにテクノに傾倒していた時期に編まれただけあって、ダビーでスペイシーな音像処理を施されたビートがグループのサウンド・イメージを一新して話題を呼んだ。このテイストの続きも聴いてみたいところだ。