
強力な磁力を持ったビートは多彩な才能を引き寄せる――国内外から多くのラッパーを迎え、改めての〈名刺代わりのアルバム〉と語る傑作はどのようにして生まれた?
うまくいかない感じがあった
歌モノを中心に聴かせた『ALL THIS LOVE』の発表から約2年半。その間に数枚のビート・アルバムや、この春の金子巧(cro-magnon)とのアンビエント作『Floating』を挟んでDJ Mitsu the Beatsが完成させた新作『MAGNETAR』は、ソロ作としては久方ぶりに内外問わずラッパー勢を客演に集めたアルバムとなった。これまでほぼ日課ともいえるペースでビートメイクを続けてきた彼だが、本作の制作では思うに任せぬ日々もあったという。2018年頃に始まったアルバムの作業が結局3年近くに及んだのも、つまりはそういうことだ。Mitsuが語る。
「365日、毎日ビートを作ってるつもりなんですけど、今回は精神的な浮き沈みがあって、作ってるようで作ってない時期が1年ぐらいあった。コロナの影響もダイレクトにあって生活的にも厳しかったし、ホントにモヤッとしてるっていうか、いろんなことがうまくいかない感じがあったんですよね」。

いわばそんなスランプの時期を彼が脱したのもやはり音楽のおかげだったよう。「あんまり意識してはないですけど」と断りつつ、抜け出すきっかけは「誰かの曲を聴いてた時」にあったと彼は言う。
「grooveman Spotも新しいことやってたり、みんなが新しい動きしてるって聞いて、このままじゃダメだなと思ったのもあるんですよね。自分にもやれることあるんじゃないかなみたいな」。
時を同じくしてサンプリングへの意識を変えさせられる出来事があり、ライセンスフリーの音源を提供するサービスのTracklibやSplice Soundを使いはじめたことも、あるいは彼が気持ちを切りかえる助けになったのかもしれない。ただ、それでもアルバムに向かう姿勢には変化がなかったそう。「普通のことですけど、ソロは自分がいいと思ってる曲で作るっていうことがいちばん」とMitsuの話は続く。
「GAGLEで曲を作る時は他の2人の意見を訊くし、誰かに曲を提供する時もそうだけど、ソロのアルバムはいつも、どんなタイプの曲でも入れたいっていうのがあるし、この曲をやりたいっていうのを誰にも阻止されずできる唯一のプロジェクトなんで、その線は変わらずですね」。
これ以上は何もいらない
アルバム・タイトルの『MAGNETAR』は強力な磁場を持った天体のことを指す。人を引き寄せるアルバムという意味を込めてつけたそうだが、今回はラッパーの人選から交渉までみずから動くケースが多かったというから、その点でもタイトルに合致しているといえようか。ともあれ、アルバムに先駆けてMVでも公開された、メロウなギター・サンプルにうつろうムードが尾を引くBASIとの“戯れ”。ラップの録音クオリティに差があって調整に苦心したという裏話をよそに、フランク・ン・ダンクの2人の快調なやりとりが光る“Splash”。本録りではなくデモのほうを採用したという仙人掌の生々しいラップが、彼流のリリシズムと相まってビートとベストな相性を見せるアルバムの白眉“Deadly Combo”。そしてまた、ウワネタやエフェクトでハメを外すビートに当てられたか、ラフにかますDUSTY HUSKYのラップも調子いい“WooWee”や、スカイズーとの“For Real”……自身いわく「これで出来た、これ以上は何もいらないっていう削ぎ落としたループ」を核とする本作のビートはまさにMitsuの真骨頂。シンプルながら飽きのこないそれらと合わせて、展開のある音作りも、金子巧のサポートと共に『ALL THIS LOVE』から引き継がれている。アルバムの曲を引き合いに出しながら彼が言う。
「例えばフランク・ン・ダンクや仙人掌とやったような曲はラップ勝負のワンループであとは抜きや声を目立たせるところを作ったりとか従来の作り方をしたくなるんですけど、BIM君との“都会”にしてもJambo Lacquerとの“Priceless”にしてもメロディアスなものは怖くなるっていうか、つまんなくなるのが嫌なんですよ。だから自然に展開を作りたくなるし、3ヴァースあると1ヴァースは展開つけたくなっちゃう。ISSUGI君との“ABC”はそこでせめぎ合いがあって、僕が最初2ヴァース目の後に思いっきりピアノがついた展開を作ったんですけど、ISSUGI君が抜きとかも作ってきてそこをちゃんと元に戻してくれて、やっぱ展開をつけないほうがカッコ良かったなって思わせてくれました」。
この4年間を凝縮したアルバム
エクゼクティヴ・プロデューサーとして関わるレーベル=Cream Teamでの制作活動ともリンクする90sフレイヴァーは、Mitsuの言う「クオンタイズ利き気味のビート」として本作にも表れたが、それが懐古趣味に聴こえないのはやはり鳴りも含めたセンスによるところが大。「この4年間を凝縮して作れたし、ホントの意味で納得できる、みんなに聴いてもらいたいと思えるアルバムになりました」と彼は胸を張る。
「いままでのアルバムに比べても現場でかけられる曲が増えたとは思ってます。〈いま作りはじめてもこういう感じになりそうだな〉っていう、名刺代わりのアルバムにもなった」。
〈ジャジー〉な方向性ばかり求められることに抗っていた頃を過ぎて、いまのMitsuにはそれも自身の強みとして受け入れる懐の深さがある。ツボにハマった音を聴かせる今回の『MAGNETAR』の深みも、その潔さにこそ所以があるのかもしれない。「何でもいいからとにかくカッコいいって思える曲にしたいっていうだけになってますね、いまは」と、彼はその心境を語った。
「例えばTVドラマの曲でも何でもやり続ければファンは増えていくものだと思うんです。でも、こんなこと言ったらレーベルには悪いけど、自分のアルバムはそこを狙ってないし、いまからファンを増やすっていうよりはいままで聴いてくれてる人にどんだけクオリティ高いものを聴かせられるかだと思ってて。だからクオリティの高いアルバムをどんどん作っていきたい」。
Mitsuはさらにこうも言う、「同じ部屋に機材を置いて、ここでずーっと生活してる感じなんですよ。そうなるとちょっとした変化が嬉しいっていうか、プラグイン一つ変えたり、新しい機材が一個入るだけでもモチベーションが上がる」と。そうした変化が彼をさらなる深化へと導く。TVドラマ「拾われた男」をはじめとする数々の楽曲提供にビート・アルバム、Cream Teamからのリリースに、何よりGAGLEの来たるべき新作……いまテーブルに乗った引きも切らぬ仕事のなかで、彼はその深化の跡を見せてくれるはずだ。
左から、DJ Mitsu the Beatsの2020年作『ALL THIS LOVE』(Jazzy Sport/Village Again)、DJ Mitsu the Beats & Takumi Kanekoの2022年作『Floating』(松竹梅レコーズ)、GAGLEの2018年作『Vanta Black』(Jazzy Sport)
Mitsu the Beatsがプロデュースやリミックスなどで参加した近作を一部紹介。
左から、HAIIRO DE ROSSIの2020年作『HAIIRO DE ROSSI』(forte)、KOWREEの2020年作『Gene And Thought』(TRAQLOUD)、KGE The Shadowmenの2020年作『ミラーニューロン』(PYLORHYTHM)、Keycoの2021年作『あいいろ~Keyco 20th Anniversary Album~』(Indigo Hz Stu dio)、DJ KAWASAKIの2021年のシングル“Sun, Run & Synchronize”(KAW ASAKI)、JASMINEの2022年のシングル『FALLIN'/Neverland』(AT HOME SOUND)、9m88のニュー・アルバム『9m88 Radio』(Pヴァイン)
『MAGNETAR』の磁場に招かれた豪華なラッパーたちを紹介!
海外のラッパー/シンガーを軸にした2003年の初作『NEW AWAKENING』と2作目『A WORD TO THE WISE』(2009年)、日本勢のみを招いた『UNIVERSAL FORCE』(2010年)を残しているMitsuだが、国内外のラッパーがここまで混在した例は今回の『MAGNETAR』が初めてとなる。ここでは本文で触れきれなかった参加メンツの顔ぶれを補足しておこう。
まず日本勢では、PUSHIM × 韻シスト“TO THE NEXT”(2018年)のリミックスで絡んだ縁もあるBASI、KOWREE“FULFILL”(2020年)での手合わせも記憶に新しい仙人掌、buzzy.“ODYK(DJ Mitsu the Beats Remix)”(2021年)でリンクしたJambo Lacquerのような距離の近い例はあるものの、サシで組むのは初の名前が多い。DINARY DELTA FORCEのDUSTY HUSKY、新作を出したばかりのISSUGI、さらにはBIMやNORIKIYOといったビッグネームとの邂逅も新鮮だ。
一方の海外勢では、かつてJ・ディラ主宰のマクナスティからデビューしたデトロイトのフランク・ン・ダンクをはじめ、松竹梅レコーズ発の6th Generation作品にも客演したNYのスカイズー、ノルウェー生まれのアイヴァン・アヴらは本作ならではのコラボ。さらにデトロイトのクリア・ソウル・フォーセズとはメンバーのフロウズ4デイズとタッグ作『Dream Crews』(2022年)を制作したばかりだし、西海岸の大ヴェテランたるMEDは“M.o.o.d. For Otis”(2004年)に迎えて以来の縁だ。さらにNYアンダーグラウンドの重鎮タブリークは、所属するマスパイク名義で『A WORD TO THE WISE』に2曲参加していた。今後のさらなる交流の広がりにも期待しておきたい。 *轟ひろみ
『MAGNETAR』に参加したアーティストの作品を紹介。
上段左から、BASIの2019年作『切愛』(BASIC MUSIC)、フランク・ン・ダンクの2013年作『48 Hours』(Delicious Vinyl)、仙人掌の2018年作『Word From...』(DOGEAR/WDsounds)、DUSTY HUSKYの2018年作『WHY NOT』(DLIP)、スカイズーの2021年作『All The Brilliant Things』(Mello Music)、ISSUGIのニュー・アルバム『366247』(DOGEAR/Pヴァイン)、メッド feat.ギルティ・シンプソンの2019年作『Child Of The Jungle』(Bang Ya Head)、クリア・ソウル・フォーセズの2020年作『Forceswithyou』(Fat Beats)、Jambo Lacquer & OLIVE OILの2020年作『OILLACQUER』(OILWORKS)、アイヴァン・アヴの2020年作『Double Goodbyes』(Mutual Intentions)、Shinobi, Epic & BudaMunkの2019年作『Gates To The East』(Pヴァイン)、タブリークの2013年作『Hunting Bald Eagles... And Other Ghetto Tales』(BurntBerry)、NORIKIYOの2020年作『相模川町』(YUKICHI)