アルバムに話を戻すと、今回はパットの音楽ではお馴染みのグレゴア・マレ(ハーモニカ)や、「やることなすこと全てがピタリとハマる」と絶賛するルイス・コンテ(パーカッション)に加えて、ミシェル・ンデゲオチェロがゲスト参加している。ミシェルは人種差別や虐げられた女性、人間関係における様々なトラブルといった社会の暗部を、ある時は歯に衣着せぬ表現で、またある時は痛烈な皮肉をこめて歌にしてきたが、新作の『フロム・ディス・プレイス』では、あたかも讃美歌のように、包み込むような優しい歌を聴かせている。「あの曲を書いた時にはもう、これを歌うのは彼女しかいない、あの曲で僕が言いたいことを理解してくれるのは彼女しかいないと思ったんだ。彼女に歌ってもらえなければ、録音もしなかっただろう。僕は彼女が世に出て以来の大ファンで、本物のアーティストだと思っている。それに加えて、これはあまり知られていないのかもしれないけれど、僕はずっと前から、彼女が歴史を通じて最も偉大なバラード・シンガーのひとりだと思っているんだ。彼女はメロディの歌い方が素晴らしいからね。僕にとってメロディはものすごく重要で、そのことを理解してくれるミュージシャンはなかなかいない。彼女は、歌ってほしいと僕に声をかけられてびっくりしていたけれど(笑)、僕は〈君は自分がどれほど歌うことに長けているか、わかっていない〉と言って、お願いしたんだ。バラードは彼女がこれまでにあまり追求してこなかった分野だろうから、今後は彼女と一緒にもっとやりたいと思っているよ」
メロディと言えば、パットは1年半ほど前に開催された、神経科学学会の会合で基調講演を行った後のスペシャル対談で、ハーモニーやリズムは学問的解釈が可能なのに対して、メロディには理解不能な部分があると語っている(その模様の動画は、彼のウェブサイトで閲覧できる)。
「メロディというのは、音楽の中でも分析を拒む部分なんだ。そこがまた面白いところなんだけれどね。あるフレーズがなぜメロディアスなのかは、音程の使い方やコード・トーンの扱いといった点から分析可能だけれど、メロディアスなフレーズを作る方法は分析できない。今のジャズでは、メロディアスなプレイというのは流行から外れているみたいだけれどね(笑)。若い連中はプレイヤーとしては素晴らしいけれど、僕は演奏を聴いて5分も経つともう、どんな内容だったか全く憶えていない。なぜかはわからないけれど、素晴らしい演奏だと思ったのは間違いないのに、内容が全く記憶に残らないんだ。その理由は多分、今話したメロディの〈謎〉と深く関係しているんだと思う。あとは、さっき話した〈真実〉とも関わっているのかもしれない。何が真実で何が真実じゃないのか、区別するのは難しいけれどね(笑)。かなり謎めいた話だけれど、僕としては謎は謎として、わからないままにしておくのも良いんじゃないかと思っているんだ」
Pat Metheny(パット・メセニー)
1954年8月12日カンザス・シティ生まれ。13歳から独学でギターを始め、72年にゲイリー・バートンの推薦でジャズ系最大権威の、バークリー音楽院の講師を18歳の若さで努めた。その後ゲイリー・バートンのグループで活躍、75年に初リーダー作『ブライト・サイズ・ライフ』でソロ・キャリアをスタート。77年には、ソングライティングのパートナーとして長きに渡り一緒に活躍することになる、キーボードのライル・メイズと出会い、〈パット・メセニー・グループ〉を結成、数多くのヒット作を生み出し、94年リリースの『ウィ・リヴ・ヒア』が全世界的ヒット・アルバムとなった。2002年2月、新生パット・メセニー・グループには、アントニオ・サンチェス(ドラムス)、リチャード・ボナ(ヴォーカル/パーカッション)、クォン・ヴー(トランペット/ヴォーカル)が新メンバーとして加わり、アルバム『スピーキング・オブ・ナウ』を発売。その後もソロ名義の『ワン・クワイエット・ナイト』、グループ名義の『ザ・ウェイ・アップ』をリリースしファンの熱い支持を集めた。幅広い音楽性を内包する現代ジャズ・ギターの最高峰。