みなさんいかがお過ごしですか? どんな生き方をしている人でも大変な2020年の幕開けですね。ミフネはひたすらバンドとスタジオに籠って作曲の日々を送っています。こういう時、僕らができることは目の前の、こと、もの、人にちゃんと向き合うことだと思っています。パン屋さんも美味しいパンを毎朝焼いているのですから、音楽屋さんは創作をやめてはいけません。

さて新年一発目はその衝撃の映像表現からささやかに各地で話題沸騰中、バンドの新曲“春の嵐”のMVを制作してくれた映像プロダクション、DRAWING AND MANUALから監督の渡邊哲さんをゲストに、音楽に関わる写真と映像の話です。ライアン・マッギンレーからスパイク・ジョーンズまで、映像、写真、音楽オタク全開な内容です。今の日本の映像、MVの現状から、こんな時こそ「ものを作るって何なんだろう?」と創作の根源的な話まで盛り沢山な話です。 *三船雅也(ROTH BART BARON) 

ROTH BART BARONの2019年作『けものたちの名前』収録曲“春の嵐”

 

“春の嵐”のエロではない生き物感

――お二人が出会ったきっかけは?

三船雅也「今回MVを作るにあたって、一緒にプロデュースしてくれている林口砂里さんが、ぜひ(映像制作会社の)DRAWING AND MANUALとやりたいと言ってくれたんです。その後、たまたま優河ちゃんと歌録りしている時に代表の菱川(勢一)さんが来くれて、瞳をウルウルさせながら〈いやあ、いいっすねえ!〉とか言いながら大感動してくれて。

彼がアイスランドでドローンで撮ってきた動画とか、旅の話とか、今は何を作ってるみたいな話を妄想全開でしてくれたんです。渡邊くんの作品もたぶんあったと思うんですけど、写真集を何冊か持ってきてくれたり。いろいろな大御所とやっている方なのに、いちインディー・バンドの僕たちと、ウキウキでやってくれるのが嬉しいなと思って。その後渡邊くんを紹介していただいて、MVを撮ることになった感じですね。でもあまり時間がなかったから、すぐ撮らないといけなくて、会ったその日に〈どうする?〉みたいな夜中のミーティングがあって」

――ミーティングではどんな話が出たんですか?

渡邊哲「基本的には〈最近何が好き?〉みたいな。最近は表現方法として〈こういうのがいいんじゃないですか?〉って(視聴者に対して)寄せていくような仕事が多くて。そうしたら今回は、〈こういうものが作りたかったんだ〉って思えるような、ブッ飛んだことをやっていいんだとわかった。昔の自主制作でMVを作ってた頃の気持ちを思い出させてくれたというか。そういうことをやっていいんだと示していただいて、〈めっちゃ嬉しい〉と思いました。そこで〈何好きなの?〉っていう話になって、僕も写真と映像両方やるので、ライアン・マッギンレーとか写真家の話になって。そこで〈ヌードと草原〉っていう話になったんですよね」

――実際自分も「春の嵐」のMVを見た時に、マッギンレーの写真をアートワークに使ったシガー・ロスの〈残響〉(2008年)というアルバムと、その1曲目“Gobbledigook”のMVを連想したんです。お二人はマッギンレーのどんな部分に惹かれたんでしょう?

シガー・ロスの2008年作『Með suð í eyrum við spilum endalaust』収録曲“Gobbledigook”
 

三船「渡邊くんが自分で撮影したポートフォリオを載せているサイトを見ていたら、ヌードとかがあって。〈そういえば……ライアン・マッギンレー好き?〉みたいな一言を呟いた瞬間に、渡邊くんの瞳が輝いたんですよ(笑)。去年ニューヨークにアーティスト写真を撮影しに行った時に、ライアン・マッギンレーの〈MIRROR MIRROR〉っていう展示をやっていて、観に行ったみたいなことを話したら、〈ウワッ!〉と」

渡邊「僕も観に行ってたんですよ。実は一昨年、ライアン・マッギンレーにニューヨークで偶然会ったんです。マッギンレーがよく展示をしているギャラリーがソーホーにあって、仕事でその周りをウロウロしてたら、そのギャラリーの前でアシスタントとピザを食べてて、〈マジか!〉と思って(笑)。〈めっちゃファンなんだけど、撮らせてくれよ〉と言って撮らせてもらって、その写真を見てもらったりしました」

――僕は最初、“春の嵐”のMVを観た時、ROTH BART BARONの2人が裸になってるんだと思ったんですよ(笑)。パッと見だと男性だか女性だかよくわからなくて、単に〈裸の人間〉というか。今回のアルバムのテーマとして、三船くんが〈性別を曖昧にしたい〉みたいな話もしてましたけど、その辺はどの程度意識してたんでしょう?

渡邊「あれは実際には男女なんですよ。エロさと、人間っぽい肉々しさというか獣感って、紙一重な気がするんですけど、今回は生き物感を出したいと思っていて。生物感だったり、獣感に注視していると、女性的な仕草っていうのは勝手に消えると思っていたので、エロくはならないだろうなと。

あとは単純に、8mmでやるってことも大事だったと思うんですよ。たぶんあれを普通に4Kのシネカメで撮ってたら、感じ方は違っていただろうし。8mmでやるからこそ、解像度が低くなってぼやけて見えるから、肉体的なエロさを無くしていくことにも繋がったと思うし。実は編集もあまりしなかったんですよ。OKカットをストイックに抜いていって、それをザックリ棚の上に置いて。もちろん微調整はしたんですけど、あまりし過ぎないようにして。フラッと入った海外の美術館で流れているような映像にしたかったんです」

三船「そういえば、実はちょうど昨日ベルギーの美術館からインスタで連絡あって、来月からブリュッセルのギャラリーで8mmと16mmの展示をするから、 3ヶ月ぐらい流したいっていうオファーがあって」

渡邊「めちゃくちゃ嬉しいですね」

 

MVはもっと自由であっていい

――最初に渡邊さんが話していた、MV制作で〈やりたいようにはやれない〉っていう話も少し気になるんですけど。

渡邊「まず、ストーリーもので冒頭15秒無音でドラマを入れたりする構成は、最近ほとんど通らないですね。レーベルとアーティストの思いが違うこともいっぱいあって、レーベルはもっと明るくしたいと思ってるけど、バンド・メンバーは全然そんなこと思ってなくて、もっと尖ってたいとか」

三船「表現かっていうと、ちょっと違うよなってものもあるっていうか。でも自分が大学で映像を勉強してた時に、スパイク・ジョーンズとかミシェル・ゴンドリーとかガス・ヴァン・サントとか、ああいう世代が出てきたんですよ。MVと密接に関わって、西海岸スケートボードのシーンから、トリッキーな映像を撮る人が現れて、わりと商業ベースじゃないところから、映画をハリウッドで撮れるようになった人たちが出てきた。

そのジェネレーションの人たちってどこか捻くれてたし、彼らが撮ったMVの音楽も捻くれてたし。なんかアンチテーゼがあったりとか、ワンアイデアだけでぶち抜くけど面白いとか、なんかそういうワクワクする要素があって、ああいうものがMVだと勘違いして育ってきたから」

――じゃあ、最近お二人が特に良かったと思うMVって?

渡邊「自分のなかでいろんな波があって、見る時期によって全然違うと思うんですけど……。 カリム・フー・ドゥっていう映像ディレクターがいるんですけど、すごく敬愛していて」

シューズの2015年作『Chemicals』収録曲“Submarine”。ミュージック・ビデオはカリム・フー・ドゥが撮影
 

――このMVもやっぱりセリフから始まるんですね(笑)。

渡邊「本当に数カットしかないんですけど、それだけで全部語っていて。説明したり視聴者に寄り添ったりしてないんですけど、MVって別に説明するものじゃないから、それでいいんじゃないかって。でもこれすごく気持ち悪いんですよ。よく見たら周りの人の顔がみんな無かったり。これ約4年前かな。当時は全然良くないと思ったんですよ。

でも最近またカリムの作品を見直してたら、こんな前にこんな名作撮ってたんだと思って。カリムもCMをたくさん撮ってるから、こういうのが撮りたくなったんだなっていうのが、最近わかっちゃったんですよね(笑)。一切表現に妥協してないというか、こういう画を撮りたいってことにストイックなところに、さらにリスペクトを覚えて。〈寄り添うなよ、お前のやりたいことやれよ〉っていうメッセージを感じるから、最近このPVがすごく好きで。

単純に僕のモチヴェーションとか、今の状況に引っ掛かるだけなんですけど、MVとしてのクォリティーを考えた時にも、芯のある映像だなと。まったく意味わからないじゃないですか(笑)。ただ、なんとなく2人の関係性とかわかるんですよ。最初あんなにラブラブだったのに、原っぱで何か出てきて、彼女の腕の中に何かが入って。もはやMVじゃなくて、この映像のために音をつけたみたいな感じじゃないですか。MVって音楽を聴かせるものだけど、それぐらいマッチしてるからそう見えるってことで、MVとしては一番正解だと思うんですよね」

――じゃあ今度は逆に、映像にROTH BART BARONが音をつけるみたいなパターンも?

三船「やってみたいですよね。著作権がなくなっちゃった音のついてないモノクロ映画とかに音をつけるとか」

――ファン・ビデオというか、それが面白くて、逆にアーティストが採用しちゃったりもありますよね。そういうもののほうが創造力があって良かったりします。三船くんが最近好きなMVはありますか?

三船「あ、でもマイク・ミルズのやつ良かったですよね。5月ぐらいに出た、ナショナルがサントラを付けた26分ぐらいの映画」

マイク・ミルズ監督の2019年の短編映画「I Am Easy To Find」
 

渡邊「マイク・ミルズ大好きなんですよ、僕。マイク・ミルズの『人生はビギナーズ』(2010年)で主人公のユアン・マクレガーが乗ってた車が、たぶんベンツのW124で、それを買った(笑)。あの映画最高だなと思って、毎晩寝る前に観てたんですよ」

――じゃあその車が今度、監督の作品のどこかに出てくるかもしれない(笑)。ナショナルのあの映画って、前のアルバムの未発表曲をもとにマイク・ミルズが短編を撮って、そこにさらにザ・ナショナルが曲をつけるっていう手法だったらしくて。

三船「ひとりの人間の成長を描いてるんだけど、逆『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年)というか、ずっと主人公は歳を取らなくて。最近の『ROMA』(2018年)もそうでしたけど、すごく高画質だけどモノクロになってるっていう、映画を勉強していた人間からすると違和感のある新しい映像が、妙にドキドキしたっていうか。

撮り方はすごく新しいわけじゃないんだけど、コンテンポラリーな感覚もありながら、ウディ・アレンみたいに語りが入ったメタっぽいところもある。それでいてすごくキレイにストーリーが入ってきて、ステージっぽくもあるんだけど、実はコンセプチュアルなMVだったという。すごくよく出来てるなって。長い尺の何かとか、それをトリガーにした音楽とか、いろいろやってみたいですけどね」

 

シンプルな身体性に立ち戻るとき

――短編映画、作りましょう。ストーリーを〈PALACE〉で募って。

三船「今みんなにザックリ聞いてるんですけどね。〈2010年代はどうだったか?〉っていう話を」

――現状どんな感じですか?

三船「〈閉塞感〉っていうのをキーワードにしてる人がすごく多くて。だから“春の嵐”を出した後に、〈今の閉塞感を吹き飛ばしてくれてありがとう〉みたいな感想がすごく来たんです。みんな同じ言葉使うんですよ、〈閉塞感〉って。なんでみんなそんなに言うんだろうって。で、〈ファレル・ウィリアムスの“Happy”に始まったこの10年〉って書いてる人がいたんですけど、今のアメリカじゃ誰もハッピーなんて言えないなって」

渡邊「それが今は“This Is America”ですからね(笑)」

ファレル・ウィリアムスの2014年作『G I R L』収録曲“Happy”
 
チャイルディッシュ・ガンビーノの2018年のシングル“This Is America”
 

三船「そういう話が出てきて感動したんですけど、自由に映像が撮れることに、みんながある種の開放感を感じているのかなって」

渡邊「時代の流れって基本的に変わらない気がしていて。“Happy”があって、“This Is America”みたいな曲がグラミー賞を取っちゃって。そういう世の中で、ある種の表現は、現実を見せずにユートピアを感じさせるようにしちゃってる」

三船「世界的な規模で、日本のシティ・ポップが聴かれていて、80年代のもういまは存在しない東京へのノスタルジアが高まっていて。あとヴァイパーウェイヴみたいな流れで、セーラームーンみたいなものが注目されているとか。僕の外国の友達とかも、ロンドンに住みたくないからこっちに来て、そういうのを見まくっていて。日本に来てまで現実逃避してる感じを見ていると、良い逃避のスペースとして東京は機能してるなと思ったりもする。

ありもしないノスタルジアに浸る組と、“This Is America”組といるなかで、ワーッと裸で走り回ってるっていうシンプルな肉体性っていうか、肉体的な経験をみんな取り戻したい感じがあったのかな。いくらノスタルジアに浸っても頭の快楽でしかないから。マイク・ミルズにも身体の気持ち良さみたいなものがあって、身体の動きが意味もなく突然入るっていうか」

渡邊「それでいいんですよ」

三船「今まで散々やられてきたことで、でもちょっとやっただけでこんなに反応があるんだって思うと、それすらやらなくなってるんだなっていう。作品を作ったことによる気づきがたくさんありましたね。これからもいろいろ、自由なものを作っていきたいです」

――一緒に作りたいっていう人も出てくるんじゃないかな。

渡邊「いや、作りたいと思いますよ。やっぱりロットは音楽性が……僕が音楽について喋るのは恥ずかしいですけど、ちゃんとした、高尚なものになっているので。でもそれが行き過ぎているわけでもなく、日本の土着的なところもあるし。よく言われるのかもしれないですけど、ボン・イヴェールだったりシガー・ロスだったり、音作りとしてそういうものを感じるし。僕もそういう世界観が好きだし、表現としてそういうものをやりたいと思う。たぶん作りたいと思う人はたくさんいますよ」

三船「名乗り出てほしいですね」

 


LIVE INFORMATION
ROTH BART BARON『けものたちの名前』Tour final 〜Live at めぐろパーシモン大ホール〜

2020年5月30日(土)東京・目黒 めぐろパーシモン 大ホール
開場/開演:16:00/17:30

■チケット
S席:5,500円 ※予定枚数終了
A席:4,500円
B席:3,500円
学生席:1,500円 ※学生証をご提示ください

出演者 :
ROTH BART BARON
三船雅也(ヴォーカル/ギター)
中原鉄也(ドラムス)

with Musicians
西池達也(キーボード/ベース)
岡田拓郎(ギター)
竹内悠馬(トランペット/キーボード/パーカッション)
須賀裕之(トランペット/キーボード/パーカッション)
大田垣正信(トロンボーン/キーボード/パーカッション)
工藤明(ドラムス/パーカッション)
ermhoi(ヴォーカル/キーボード) 
HANA(ヴォーカル) 
優河(ヴォーカル)

徳澤青弦 弦楽カルテット
梶谷裕子(ファースト・ヴァイオリン)
吉田篤貴(セカンド・ヴァイオリン)
須原杏(ヴィオラ)
徳澤青弦(チェロ)

映像演出:近藤一弥
共同プロデュース:林口砂里

特設サイト:https://www.rothbartbaron.com/persimmon