秩父を拠点に活動するギタリスト・笹久保伸と、彼を中心とするアート運動〈秩父前衛派〉を軸に、同地から生まれる潮流に迫る連載〈秩父は燃えているか〉。今回、第8回を迎えるにあたって連載の第1回からおよそ1年の時間が経過していたことに気が付いた。この1年間を振り返るだけでも、笹久保はコラボレーションを含めると4枚のアルバム制作に関わりながら、アルゼンチン人ギタリストのリカルド・モヤーノとの念願の邂逅を来日ツアーでの共演という形で果たし、秩父前衛派としても映画製作に取り組むなど、驚異的なペースで自身の表現を〈マクリヒロゲ〉てきた。そしてこの夏もまた、サンポーニャ奏者の青木大輔と共にキューバでの粟津潔の展覧会に参加し、高橋悠治のギター作品集『道行く人よ、道はない』を上梓しながら、9月には秩父の神奈備山=武甲山をテーマにしたアルバム『PYRAMID』を発表。アルバムとテーマを共有する映画「PYRAMID」も山形国際ドキュメンタリー映画祭での上映が決まるなど、その創作ペースは加速の一途を辿っている。激しい変化の只中にあり続ける笹久保と秩父前衛派の〈現在〉を捉えるべく、真夏日の続く秩父へ向かった。
キューバでマクリヒロゲル
この6月、秩父前衛派は海を渡った。目的地は今年7月20日に54年ぶりにアメリカとの国交を回復したキューバ。一見唐突な話にも思える今回の渡航は、故人とはいえ笹久保にとっての数少ないメンターのひとりと言える伝説的なデザイナー、粟津潔との縁が生んだものだ。〈粟津潔の世界〉との運命的な出会いについて、秩父の山道をギターを背負ってスタスタと歩きながら笹久保が説明してくれた。「粟津潔さんのご子息であるケンさんが運営する三軒茶屋のギャラリー〈KEN〉に友人のコンサートを観に行ったんです。そこで粟津潔さんの作品に興味を持ったことがきっかけでした」
建築や映画、演劇など多岐に渡るジャンルを〈アヴァンギャルド〉の持つ破壊力で壁を壊しながら進んでいった粟津潔の精神性は、〈マクリヒロゲル〉という言葉で表現することができる。「アーティストとしてのスタンスがすごく好きで影響を受けています」という笹久保の言葉通り、〈チチブ・アヴァンギャルド〉を標榜する笹久保にとって粟津作品の持つ前衛性はいまでも大きなインスピレーションの源となっているようだ。2013年作『Quince』以降、彼の多くの作品の装丁を粟津潔のデザインが飾っていた裏にはクリエイターとしての深い共感があった。
今回の渡航の主目的は、首都ハバナにある博物館〈アジアの家〉で行われた粟津潔の展覧会に参加すること。ケン氏に「秩父前衛派で演奏しない?」と誘われたのだ。秩父前衛派はワークショップやキューバ国立芸術大学(ISA)での講義を行い、青木大輔は突発的に路上でサンポーニャの即興演奏を敢行した。一方、笹久保はソンなどキューバのリズムを組み込んだ自作曲も多いギタリスト、エドゥアルド・マルティンの企画によってソロ・コンサートを実施。このあたり現地の音楽家たちとの交流は、2010年にラテン・グラミー賞のクラシック・アルバム部門を受賞(『Integral Cuartetos De Cuerda』)したギター界の巨匠=レオ・ブローウェルに運悪く(彼が旅に出ていたことで)会えなかったエピソードを含め、別掲の笹久保本人よる紀行文に詳しい。そのなかから特にここで言及しなければいけないのは、〈ラテン・アメリカのジョン・レノン〉とも呼ばれるシルヴィオ・ロドリゲスとの出会いだろう。
笹久保自身「まさか本当にかなうとは思わなかった」と語る大スターとの接見は、笹久保からの電話ですんなりと実現した。シルヴィオを語る際に避けて通れないのは、60年代のラテン・アメリカにおいて〈歌〉を通しての社会変革を目指した運動=ヌエバ・カンシオンの旗手であったヴィクトル・ハラとの関係だ。ハラのヌエバ・カンシオンに呼応してヌエバ・トローバを牽引したシルヴィオの功績は、バティスタ独裁政権下で民衆の支えとなり、民主化以降のアルゼンチンやチリでは10万人規模のコンサートを成功させた逸話など数々の伝説が存在するが、笹久保はラテン音楽好きからアシッド・フォーク愛好家まで魅了するシルヴィオの音楽の魅力を、「歌詞が分からないからか日本ではあまり知られていないけど、歌だけ聴いてもポピュラリティーが高くて音楽的にもおもしろい」と、あくまでシンプルに分析する。「キューバではこれまで見たことのない世界を見ることができた。今後僕がキューバ音楽を作ったり演奏するという意味ではなくて、もっと別の次元で大きな影響を与えてくれたような気がしています」
高橋悠治の世界
笹久保がキューバで行ったコンサートのプログラムのなかには、アンデス音楽や自作のプリペアド・ギターのための音楽のほか、作曲家/ピアニストの高橋悠治の楽曲があったが、彼が現地でグァバジュースを飲みながら涼んでいた6月7日、日本では笹久保による高橋のギター作品集『道行く人よ、 道はない』がコジマ録音(ALM)からリリースされていた。
このアルバムは60年代から活躍する高橋の全ギター作品をまとめたもので、その大半は笹久保からの委嘱で作曲された楽曲だ。笹久保は〈デイヴィッド・チュードアのための5つのピアノ曲〉でも知られるシルヴァーノ・ブッソッティと高橋の作品から成るアルバム『Obras De Yuji Takahashi Sylvano Bussotti』を2011年に発表しているほか、それ以外にもさまざまな場で高橋の音楽を演奏/録音している。そもそも、どうしてこれほど高橋悠治の音楽にこだわるのか。なぜか秩父の人気店〈だんござかホルモン〉で地元のソウルフード、絶品のホルモンをつつきながらの取材となった。
「僕はフォルクローレをやりながら並行してクラシックを勉強していたから、課題として練習したりコンクールに出る際に弾かなければいけなかったりで、現代音楽は身近なものだったんです。現代音楽に関しては、クラシックとは違って作者が生きていれば、その曲をどんな風に演奏したらいいのか、どんな背景を持っているのか、作曲者本人がどんな人物かを知ることができる。そんななかで高橋悠治さんや杉山洋一さん、シルヴァーノ・ブッソッティあたりに興味を持ちました。悠治さんとの付き合いは、僕がペルーから帰国後に〈曲を弾きたいんです〉と電話をかけたのが始まりです」
『道行く人よ、 道はない』の楽曲の演奏を秩父で撮影させてほしい――そんな無理難題に快く応じてくれた笹久保が向かったのは、秩父の札所の23番にあたる松風山音楽寺だった。〈音楽寺〉なんて珍しい名前だなと思ったが、秩父の札所を開いた13人の聖者が山の松風を菩薩の音楽として聴き取ったことに由来する、由緒ある寺院だという。蝉時雨が降り注ぐ境内にアルバムの冒頭を飾る“柳蛙五句”の漠とした響きが広がってゆく。笹久保の委嘱によるこの2014年の楽曲には、秩父事件の会計長を務めながら、欠席裁判で死刑判決を受たことで北海道に逃れて俳人として終生まで過ごした井上伝蔵による句の朗読が含まれている(Mikikiの動画でもその模様は確認できる)。曲名にある〈柳蛙〉とは井上の俳号(俳人としての愛称)のことだ。音楽寺には秩父事件を起こした秩父困民党の〈無名戦士の墓〉なる石碑があり、碑面には〈われら秩父困民党/暴徒と呼ばれ暴動といわれることを拒否しない〉と刻まれていた。確かに、“柳蛙五句”の演奏場所にこれほど相応しい場所はないだろう。
ピラミッドのある風景
笹久保は以前、俳人の夏石番矢の句に音楽を付けたことからみずからも俳句を自作するようになり、近年では寺山修司をはじめ短歌への興味も口にしている。そのマクリヒロゲル精神が、この秋に〈PYRAMID〉というタイトルで映画とアルバムという2つの形に結実した。ちなみにここでの取材は荒川のなかに入って(!)行われた。
「いまでもこの街では、毎日12:30になるとセメント採掘のために武甲山をダイナマイトで爆破している。発破で削れらた武甲山がピラミッドに見えることから、あの山をピラミッドと呼んで作品を作ることにしました。これは秩父に育った僕と清水くんの心象風景だし、〈破壊の記憶の走馬灯〉というサブタイトルにあるように街の記録や記憶として残したかった。秩父前衛派の〈前衛〉は使い古された芸術の前衛ではなくて、山の破壊だったり民族信仰/民間伝承の特異性という面で秩父地域が抱える前衛性のこと。そういった部分を現代と接点を持たせて新たにモノを創っていくことに意味があるんです」
〈PYRAMID〉はまず最初に映画作品として着想され、笹久保の初監督映画となった2013年の「犬の装飾音」と「秩父休符」と同様、伝説的なフィルムメイカーである大西健児の助力によって8ミリ・フィルムで撮影/現像することが可能となった。「いわゆる確固としたストーリーに沿って展開される劇映画ではないし、政治的な主張をしたいわけでもない。秩父の子供たちは日常のなかにある毎日の発破が破壊行為だとは知らないけど、人類の繁栄の裏にはこうした破壊があることを感じてほしかった。そしてこのような前衛性を持つ土地だからこそ、僕らのようなアートが生まれる要素もあるということを」
ふらり・ねやGentle Forest Sistersでも活躍するヴォーカリスト、木村美保が凛とした歌声を聴かせるアルバムの重要曲“Pyramid”にも、〈そういうものの破壊のうえに私たちの文明の反映は築かれていますね〉という一節が登場する。実は、笹久保とFacebookのチャットでやりとりをしていた坂本龍一が何気なく書いたこの言葉こそが〈PYRAMID〉のコンセプトに大きく関わっているのだが、アルバム『PYRAMID』の方は「映画のサントラという位置付けではない」とされるだけあって、また別の視点が導入されている。「アルバムでは、〈雨乞岩〉や〈屏風岩〉だったりセメント採掘で消滅してしまった武甲山の峠や地名を曲名にしています。僕たちが山に登った際に笛を吹いていて生まれたメロディー、山のなかで繰り返した即興から出てきた音、そういった要素で成り立っている。山での活動から湧き出る興奮や衝動がこのアルバムを作ったんです」
衝動、といえば“空峠”“幕岩”の2曲で激しい衝動に駆られたようなディストーション・ギターを弾き狂う清水悠のメタリックかつ破壊的なプレイは相当に衝撃的だ(清水は本来クラシック・ギタリストである)。「破壊的な男でもある清水くんには、音楽のなかでも破壊的な部分を担ってもらった。今回の2曲には、昔の武甲山をイメージした綺麗なメロディーに破壊が持ち込まれるメタファーとして彼のプレイが登場します」。ペルーの山中でフォルクローレ漬けになったロバート・フリップが暴走したような清水のギター・ソロを含め、個人的なイメージとしてはキング・クリムゾン“21st Century Schizoid Man”やイエス“Heart Of The Sunrise”にも通じる要素を感じたため、プログレに関する質問をぶつけてみたところ、清水からは「70年代のプログレなんかは参考程度に聴くことはあったけど、ロック自体そこまで深く聴いてこなかったし、今回に関しては関係ないと思います。とにかく、衝動だけで弾ききった感じ」と返ってきた。
いつの時代のどこの国の音楽であるのか特定不能な印象は、むしろ『PYRAMID』の大きな魅力でもある。サンポーニャのオーバーダブを重ねた“雨乞岩”“三ツ岩”“屏風岩”に漂う不思議なニューエイジ~アンビエント感、そして連載第5回で潜入した秘境をタイトルに冠した“大蛇窪”の完全人力のインダストリアル・テクノを演奏したのは、鬼才・青木大輔だ。普段はネオ・フォルクローレ(ボリビアのエルネスト・カブールが提唱した運動/ジャンル)の世界に身を置く青木は、『PYRAMID』の全曲の作曲/編曲を担った笹久保の音楽について「彼の音楽には確かにフォルクローレの要素もあるけど、出来上ってくるものはまったくの別物。誰から見ても興味深いし新鮮ですよね」と評する。最後に、ピンク・フロイドのTシャツを着ていた笹久保本人が「自分たちでは『PYRAMID』の音楽的なジャンルの分類についてはよくわからないけど、ジャーマン・プログレの連中にしろ、自分たちから〈これはプログレです〉と名乗ったわけじゃないし、名前は後から勝手に付いてくるんじゃないかな」と締めくくってくれた。
冒頭のMikikiの動画にもあるように、これらの取材は7月の最終日、秩父前衛派に密着したたった1日だけで行われた。記事を書いてみて改めて〈なんたるヴォリュームと濃度の活動だ〉と驚いてしまったが、彼らの創作ペースは衰えることを知らず、しかも毎回必ず新しいテーマのもとに次なるクリエイションに挑み続けている。連載を始めた当初に今年の夏の秩父前衛派のこうした活躍が想像もつかなかったように、来年の夏の彼らがどのような風景を見せてくれるのか、いまから楽しみは尽きない。
〈笹久保伸×Irma Osno アンデス音楽ライブ〉
日時:9月17日(木) 東京・渋谷Last Waltz
開場/開演:18:30/19:30
出演:笹久保伸、イルマ・オスノ
チケット代:予約 ¥2,500/当日 ¥3,000(全席自由/税込み/ドリンク代別)
メール予約:lastwaltz@shiosai.com
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