思慮深く、サウダーヂを感じさせる、2本の生ギターによる和やかな対話
『Harmônicos(アルモニコス)』は、ファビアーノ・ド・ナシメントと笹久保伸が日本での共演ライヴの4日後にスタジオに入り、3日間で録音した作品。つまり2人が面と向かって制作した、文字通りの共演アルバムである。おそらくこの点も無縁ではないはずだが、本作では、両者の個性がお互いに抑制を効かせつつ、見事に融け合い、とても心地良いハーモニーを生み出している。
ファビアーノは、リオデジャネイロ生まれのブラジル人ギタリスト。しかし、20年以上前にロサンゼルスに移住し、同地を拠点に活動している。彼はブラジルの伝統に根差しつつも、ジャズやアンビエント、エレクトロニカの要素を取り入れ、サム・ゲンデルやミア・ドイ・トッド、ダニエル・サンチアゴなどと共演してきた。一方、笹久保は埼玉県秩父出身のギタリスト。彼はクラシックをバックグランドに持つが、幼少期から南米のフォルクローレに親しみ、ペルーの農村で数年間暮らしたこともある。現在は秩父を拠点に、サム・ゲンデルや藤倉大、ノエル・アクショテ、アントニオ・ロウレイロ、ジョアナ・ケイロス、marucoporoporoなど幅広い国々とジャンルの音楽家と共演を重ねてきた。
『Harmônicos』に収録曲の中には、ファビアーノのアルバム『Ykytu』(2021)と笹久保伸&ガブリエル・ブルースのアルバム 『Catharsis』(2024)のそれぞれの表題曲の、2人による再録も含まれている。また、ミルトン・ナシメントの“Cantiga do Caicó”やエグベルト・ジスモンチの“Água e Vinho”といった、両者にふさわしいカヴァーがある。2本の生ギターによる対話は、基本的に和やかだが、同時に思慮深く、ある種の〈サウダーヂ(saudade)〉も感じさせる。2人は、地理的に離れた場所から自分のルーツをしっかり見つめたことがあり、良い意味で、独自の音楽的アイデンティティを模索してきたからだろう。だからこそ2本のギターが織り成す響き(ハーモニー)は、含蓄豊かで、哀愁もあり、いつまでも浸っていたくなる。