映画監督、写真家、美術家などを経て、原点と向かい合ったギター・アルバム

 窓を開けて木々の緑の木漏れ日を眺めながら笹久保伸のアルバム『ギター』を聞いていると、たとえようもなく気持ちがいい。有名曲ばかりを美しく弾いて、流れていくだけのギター・アルバムはいくらでもあるが、それほど有名ではない曲を中心に自作曲を加えて、こんなに味わい深く聞かせるアルバムはざらにはない。

笹久保伸 ギター Beans Records(2017)

 久保田麻琴がエンジニアリングを担当した『翼の種子』が話題を呼んだのは5年前。以後、音楽だけでなく、秩父前衛派では写真や映画にも取り組んできた。まだ34歳だが、『ギター』は27枚目のアルバムだ。なんというスピード!

 「アルバムが多いのは、録音が好きなんですよ(笑)。『ギター』というタイトルは、5年間とっちらかっていろいろやってきて、またギターと向き合うタイミングが来たかなと。内面的にどういう生活をして、どういう流れの中にあって……というタイミングが」

 父親の影響で南米のフォルクローレとは赤ん坊のときに出会った。2000年代に入って4年ほどペルーでギターを学び、滞在中に向こうのレコード会社から13枚のアルバムを発表している。

 「ペルーに行って、最初は現地人より現地人らしく弾きたいと思って練習していた。それでアルバムを出して、現地人が弾いているかと思った、と言われたときは、うれしかったですね。それが目標でしたから。反響があって、13枚もアルバムを出せたのは異例のことでした。でも、国境や国籍は越えられるけど、アイデンティティはどうなんだろう。演奏していても、これは自分の中から出てくるものじゃないという思いがずっと消えなかった。今回のアルバムのペルーの曲では、当事者ではない自分に徹しました。たとえばぼくの先生ダニエル・キルワヨの曲を2曲演奏していますが、亡くなった先生のスタイルを人々に伝えたいので、自分らしさは入れないで、紹介する奏者に徹しています」

 このアルバムの気持ちよさは、そんな無私の姿勢に関係するかもしれない。ペットのうさぎについての明るい曲“ピンの散歩”、秩父で破壊され続けている武甲山で絶滅寸前の〈ミヤマスカシユリ〉に寄せた“ユリの記憶”などの自作曲にも、自己表現にとどまらない広がりがある。それは高橋悠治が弾くのを聞いて感動して取り上げたというチリのビクトル・ハラの“耕す者への祈り”、ペルーの伝説の聖霊に捧げた“人魚の歌”、暗殺された革命家の作品“野草”などなど、他の曲の演奏にも通じる姿勢だと思う。余分な力が抜けてきた演奏を楽しみたい。