小西康陽の書いた曲を小西康陽が歌う――最強のコンボを従えて親密な空気感と臨場感を封入したライブ・アルバムは、来るべきものの前夜を記録する特別な一枚となった!
自分の曲を自分で歌いたい気持ち
2019年10月、関東地方を直撃した台風19号は、千葉県を中心に未曾有の被害を引き起こした。台風接近を前に街から人は消え、中止や延期を発表するイベントやコンサートも少なくなかったその前夜(10月11日)、六本木のビルボードライブ東京で、小西康陽のソロ・プロジェクトであるピチカート・ワンのワンマン・ライブが行われた。
「まだ電車は動いてたけど、風はすごかった。昼のリハーサルの後、誰かが〈もうコンビニに何にもない〉って言っていて、ああ、そういう状況なんだなと思ってましたね」。
小西は、その夜のことを振り返った。その11日と、15日にビルボードライブ大阪に場所を移して行われた二晩の演奏が、ライブ・アルバムとしてリリースされる。タイトルは『前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン』。

そして、あれから数か月して実際に作品がリリースされるに至ったとき、今度は新型コロナウィルスの影響により、世界中が外出自粛となり、外から人が消えていた。いったい今は何の〈前夜〉なんだろう。運命は妙な偶然を用意するものだと思う。
だが、外で嵐が吹き荒れていても、死んだ街のように静まりかえっていても、このアルバムに記録されているピチカート・ワンの歌と演奏は、エアポケットのようにじっくりと考える時間を作り出してくれる。歌声から不意にこぼれる人間的な感情は、久しぶりに人と直接会って交わした言葉のように聴く者の鼓動に触れる。こんな小西のアルバムは初めてだとも思うし、以前からずっと知っていたような気もする。
ピチカート・ワンは、これまでに『11のとても悲しい歌』(2011年)、『わたくしの二十世紀』(2015年)と2枚のスタジオ・アルバムをリリースしてきた。後者に収録された“ゴンドラの歌”で小西はヴォーカルをとり、その後、ごく散発的にではあるがヴォーカリストしてのライブ活動も行なってきた。ピチカート・ファイヴ時代(88年の“神の御業”)から近年の提供曲(新しい地図“地球最後の日”)まで、小西自身の歌で網羅された今回のライブ・レコーディング作品の発表には、ピチカート・ワンとしての歩みを振り返れば頷ける部分も多い。「自分の歌にはぜんぜん慣れないが、開き直りという意味ならある気がする」と小西は自嘲するが、自分の曲を自分で歌いたい気持ちが強くなっていることを、誰よりも小西自身がおもしろく感じているだろう。
僕にとってのライブ盤
今回のライブ盤を聴いて、ひとつ確信したことがある。
シンガー・ソングライターのレコードには2種類ある。ずっと職業的な作曲家として裏方をやってきた人が一生に1枚か2枚だけ自作を歌ってアルバムを出すパターン。もうひとつは、シンガー・ソングライターとしてひたすら自分の言葉とメロディーを自身で歌い、活動を続けていくパターン。多くの人はこのアルバムを前者だと思うかもしれないが、ずっと自分自身のことを歌う曲を作ってきた小西康陽は、後者だ。僕はそう確信した。
「自分のソングライティングについて言えば、若い頃から変わってないほうが大きいかな。昔からこういう曲ばかり書いてたんだなと思うし。全然そういうつもりで作った曲じゃないのに後から聴いてみたらその後の人生を予言してたなと思うこともすごく多い。(カヒミ・カリィに提供した)“私の人生、人生の夏”って曲の歌詞にある、〈神様が私をお試しになる〉って今のことだよな、って思いますしね」。
このライブ・アルバム、小西康陽があえてリリースするのだから、緊張感みなぎるアート作品のような性格をイメージする人もいるかもしれない。だが、その予想はいい意味で裏切られる。このアルバムでの小西は曲間のMCや客席のくつろいだ雰囲気への応対も含めて、とても人間的で、まさにライブ(生)そのものだ。
「僕にとってライブ盤って、曲のアンサンブルとMCの魅力が切り離せないものなんですよ。実は本番では、このレコードに入ってる10倍くらいしゃべってるんですけど(笑)。音楽だけ入ってるライブ盤って正直つまんないんですよ。人生で最初に聴いたライブ・アルバムはフォークル(ザ・フォーク・クルセダーズ)の『当世今様民謡大温習会』(68年)で、あれってほとんどしゃべりじゃないですか。ああいう楽しさがライブ盤には欲しいなと思ってるんです」。
さらに、小西が自分にとってのライブ・アルバムの理想として挙げたのが、小坂忠とフォージョーハーフの『もっともっと』(72年)だった。
「とにかく、トラックダウンの前も、マスタリングの前も聴き直しました。日本語で作ってるアルバムの理想形ですね。無駄がないし、優しいし、奥行きもある。すべてがすばらしいと思う。小坂忠さんは『ほうろう』(75年)ばかりが評価されるんですけど、自分のなかでは完全に『もっともっと』が最高傑作なんですよ」。
その〈前夜〉の一枚
バンド・メンバーに、小西と以前から交友があったピアニストでシンガー・ソングライターの矢舟テツローが参加しているのも興味深い。小西と演奏を共にしてきた歴戦のメンバーとは違った彼の若さや負けん気みたいなものが、音から伝わってくる気もするのだ。「矢舟さんを自分がプロデュースできるなら、ホーギー・カーマイケルみたいなアルバムを作りたい」と小西は語った。それもぜひ聴いてみたい。
そして、ピチカート・ワンの今後としては「とにかく死ぬ前に絶対に出したいレコードが1枚ある」という。「“地球最後の日”みたいな曲は、もしかしたらその〈最後のアルバム〉に入れるべき曲だったのかもしれないって、ちょっと思ってますけど」。
その発言を聞いて、思った。小西がこのアルバムで掲げた〈前夜〉が、あの特別な日の記録という意味での思いつきだったとしても、小西自身が言うように、それもまた後の人生を予言している試みだったのかもしれない。いつかピチカート・ワンが出すはずの〈絶対に出したい一枚〉。なるほど、このライブ盤は、その〈前夜〉でもある。
日課のようだった名画座通いを禁じられたこの自粛期間中。小西はアメリカのシンガー・ソングライター、ロッド・マキューンや、MORと呼ばれる60年代のポピュラー・シンガーたちのレコードに耳を傾け続けていたという。小西康陽の編集で、いつかそんなガイドブックができたら最高だなと思う。
そして、小西が小坂忠の『もっともっと』を愛するように、いつかこの『前夜』が誰かのそんな存在になりうる未来を願う。演奏された曲目・曲順はすべて当夜の通り。ライブでありながらひとつのストーリーを持つトータル・アルバムのようだ。今は、一冊の本を読むように、夜が明けるまでこのアルバムを聴き続けていたい。
関連盤を紹介。
左から、PIZZICATO ONEの2011年作『11のとても悲しい歌』(ユニバーサル)、PIZZICATO FIVEの88年作『Bellissima!』、編集盤『素晴らしいアイデア 小西康陽の仕事1986-2018』(共にソニー)
演奏陣の関連作を一部紹介。
左から、矢舟テツローの2015年作『ロマンチスト宣言』(HIGH CONTRAST/ヴィヴィド)、田辺充邦、香取良彦、河上修、有泉一が参加した小西康陽プロデュースによる八代亜紀の2017年作『夜のつづき』(ユニバーサル)、香取良彦が参加した小西康陽のプロデュース曲を含む工藤静香の2019年作『Deep Breath』(ポニーキャニオン)
『前夜 ピチカート・ワン・イン・パースン』で披露された歌と、最近の小西康陽ワークス

プロジェクトのセカンド・アルバムであり、自身の曲を再構築して多彩な歌い手に声を委ねたセルフ・カヴァー集。“東京の街に雪が降る日、ふたりの恋は終わった。”や“ゴンドラの歌”“きみになりたい”など〈前夜〉でのレパートリーも楽しめる一枚。

小西とは縁深いアート・ディレクターの信藤三雄が率いるバンドの、約30年ぶりとなったオリジナル・アルバム。ここに小西が書き贈った“かなしいうわさ”は、『わたくしの二十世紀』にてUAが歌唱した後、〈前夜〉で披露されている。

INO hidefumi 『SONG ALBUM』 INNOCENT(2018)
歌わないシンガー・ソングライター(!)を標榜してきた鍵盤奏者にとって初の全曲ヴォーカル作品。〈前夜〉で歌う“東京上空3000フィート”と、もう1曲“スカイツリー”をここで作詞した小西にとってはここへの参加がその前夜だったのかも。

PIZZICATO FIVE 『THE BAND OF 20TH CENTURY : Nippon Columbia Years 1991-2001』 TRIAD/コロムビア(2019)
昨年話題となった小西康陽の監修/選曲による最新ベスト。〈前夜〉で幕開けを飾る“めざめ”をはじめ、名曲“メッセージ・ソング”や“テーブルにひとびんのワイン”“子供たちの子供たちの子供たちへ”などのレパートリーはここで聴ける。

前田憲男とプレイボーイズ『円楽のプレイボーイ講座12章』(69年)をオマージュした作品で、井上順のナレーションを小西プロデュースのラウンジ音楽が彩る。〈前夜〉でも演奏しているギタリストの田辺充邦が編曲と演奏で全面参加。

慎吾ママから長い縁のある香取の初ソロ・アルバムで、初回限定盤〈GOLD BANG!〉にのみアッパーな“10%(小西康陽remix)”が収録。なお、新しい地図「クソ野郎と美しき世界」に小西が提供した“地球最後の日”は〈前夜〉で取り上げられている。

鈴木雅之 『ALL TIME ROCK 'N' ROLL』 エピック(2020)
前年の『Funky Flag』でもイイ仕事をしていた小西には、今作でもクイーンとリトル・アンソニー&ジ・インペリアルズのカヴァーを手掛けている。さらにシャネルズ曲を繋いだ小西らしいパーティー・ミックス“Ultra Chu Chu Medley”は7インチでもカットされることに。

いまのところ最新となる小西のプロデュース仕事は、キュートな3人組アイドルが新境地を狙ったニュー・シングルの表題曲。〈渋谷系〉への期待に小気味良いファンキー・ポップで軽やかに応えつつ、何より歌詞が小西らしさ全開でおもしろい。