コラム

エンニオ・モリコーネ(Ennio Morricone)追悼――繊細な手腕と溢れる探求心で多彩な作品を遺した映画音楽の巨匠

EXOTIC GRAMMAR VOL. 70-1

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映画音楽の巨匠が残した名作から映画の新たな可能性を模索する

 モリコーネは例えば、米国の大家ジョン・ウィリアムズのように、頻繁な転調や拍子の変更によって場面の動きそのものを表現するよりも、前述のように独自のオーケストレーションによって雰囲気を醸成していくことが多いため、既存の楽曲が映画に転用されることも多い。「ヘイトフル・エイト」でもオリジナルスコア以外に、モリコーネが手掛けたジョン・ブアマン監督「エクソシストII」の“Regan’s Theme”や、ジョン・カーペンター監督「遊星からの物体X」の未使用曲“Bestiality”等の劇伴が許諾転用されている。因みに、「遊星からの物体X」でお蔵入りとなった曲“Bestiality”は〈カノン〉(複数の声部が同じ旋律を異なる時点から開始して演奏する音楽様式、技法)によって増殖、変容する〈物体X〉を表現しているようにも思え、採用されていたら作曲技法と演出の相乗効果で、SFホラー史上稀にみる傑作劇伴になっていたかも(勿論、カーペンター監督ご本人による電子音楽も好きですが)。

 モリコーネの音楽は映画という媒体あるいは映画館という場所で真骨頂を発揮、体験するに相応しい響きを湛えている。映画がストーリーやドラマの展開だけではなく、数秒のカットや人気のない実景を映したときに立ち現れてくるように、モリコーネの音楽はフルオーケストラに限らず、エレキギターや口笛、ハーモニカの単旋律にも、イメージや映画のムードが宿っている。そしてその表現には一切の躊躇も無い。モリコーネが音楽性のみならず、映画に対する独自の考えや言葉を持って仕事に従事してきたことは勿論だが、セルジオ・レオーネ、セルジオ・コルブッチ、ピエル・パオロ・パゾリーニ、サミュエル・フラー等々と渡り合ってきた訳で、真摯で且つ硬骨な一面もあったのではないだろうか(過度な暴力流血描写は嫌悪するとの見解も有り)。

 本夏、巨匠エンニオ・モリコーネは91歳で逝去されたが、今後、映画に携わる音楽家によって、その名作の数々は丹念に研究され、書法や作風も引き継がれていくだろう。無論、それは二流のモリコーネになるということではない。映画音楽に関する造詣を深めると共に、これからの映画の新たな可能性を模索する旅路に他ならない。映画音楽、これは単なる表現では無い。探求なのである。

 


エンニオ・モリコーネ(Ennio Morricone)〈1928-2020〉
1928年ローマ生まれ。60年代のマカロニ・ウェスタン映画に始まり、「アンタッチャブル」「ニュー・シネマ・パラダイス」、「海の上のピアニスト」、「ミッション・トゥ・マーズ」など多くの映画音楽を手がけた映画音楽界の巨匠。「天国の日々」「ミッション」「アンタッチャブル」「バグジー」「マレーナ」でもアカデミー賞にノミネートされた。「ニュー・シネマ・パラダイス」(89年)以降、全ての作品で組んできた盟友トルナトーレ監督によるドキュメンタリー映画「Ennio: The Maestro」(原題)が2020年にイタリアで公開予定。

 


寄稿者プロフィール
渡邊琢磨(Takuma Watanabe)

音楽家。宮城県仙台市出身。高校卒業後、米バークリー音楽大学へ留学。大学中退後ニューヨークに渡り、キップ・ハンラハンと共同作業でレコーディングを行う。同作には映像作家ジョナス・メカスらが参加。2007年、デヴィッド・シルヴィアンのワールドツアーにバンドメンバーとして参加。2014年、自身が主宰する弦楽アンサンブルを結成。自身の活動と並行して映画音楽も手がける。渡邊が手掛けた、染谷将太監督「まだここにいる」の映画音楽素材で新曲を作る企画盤を8月21日にリリース予定。Félicia Atkinson、Akira Rabelais らが参加。

 


FILM INFORMATION

「海の上のピアニスト 4Kデジタル復刻版&イタリア完全版」
監督:ジュゼッペ・トルナトーレ
原作:アレッサンドロ・バリッコ
音楽:エンニオ・モリコーネ
出演:ティム・ロス/プルイット・テイラー・ヴィンス/メラニー・ティエリー/他
配給:シンカ(1998年 アメリカ=イタリア合作 4Kデジタル修復版:121分・イタリア完全版(HDリマスター):170分)(1968年  伊・米合作  2時間45分)
◎2020年8月21日(金)YEBISU GARDEN CINEMA、角川シネマ有楽町、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
*イタリア完全版は9月4日(金)からの上映となります。
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