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ヴェイパーウェイヴ以降の耳でなければ再発見できなかった音楽
by INDGMNK

はじめて彼女の音楽を聴いたのは、数年前、22時の閉店時間ギリギリに入ったブックオフ京都東寺駅前店で買った4作目のアルバム『Rose(ロゼ)』だったと思う。初回盤のピンクの外箱がついた物だ。このアルバムに、また今回の再発盤にもボーナス・トラックで収録されているミッド・アーバン・メロウ“Love In The Mist”に惹かれ、次第に久野かおりの良曲を求めるようになっていった。ちなみに“Love In The Mist”はオフコースの“Yes-No”と同様、所謂〈今なんていったの転調〉というイントロ~Aメロに移る瞬間の転調が用いられている。熊谷幸子ほどでは無いが、久野かおりの楽曲も結構転調が多い。

弊buが上梓した「オブスキュア・シティポップ・ディスクガイド」に記載したが、数年前まで久野かおりのファンサイトは彼女のディスコグラフィーをほぼ全て(1分ほどだが)聴ける仕様になっていた(Yahoo!ブログなのでサービス終了で消えてしまいました)。そのサイトで巡りあったのが『LUNA』収録のライト・モダン・ブギー“Adam & Eve 1989”で、今回の再発も同曲を巡ってのものと思われる。かねてよりディープな和モノDJらの中では聴かれていた曲だったが、それに加え現在ではインターネット上の一部の音楽好きの間でカルト的な人気を博すアンセムとなった。本人は知る由もないだろうが。

久野かおりはシンガーだ。しかし元を辿れば出発点はサックス・プレイヤーである。音楽好きの両親のもとに生まれ、幼少時の3歳からクラシック・ピアノ、9歳からはサックスを習い始め、国立音楽大学に進学して以降もサックス演奏に勤しんだ。クラシック以外にもホテルのラウンジ等でピアノの弾き語りをしていたというから、映画音楽やジャズやポピュラーのスタンダード・ナンバーにも馴染みがある。そういった素地があるためか、彼女の音楽は総じて瀟洒で品のあるナンバーが多い。ジャジーなフュージョン・ポップ的要素があるのも上記のような理由だろう。そして彼女の曲で最も聴かれたのはデビュー曲“月の砂漠から”だろうから、リアルタイムのファンにはウェットなアダルト・ポップスというパブリック・イメージが定着しているはずだ。良質な音楽だが一聴地味、だからこそ彼女の音楽がなかなか再発見されなかったとも言えるだろう。

しかしながら、件の“Adam & Eve 1989”はデジタルな質感全開のアルバムを通して最もパワーのある楽曲で、アレンジャー、キーボード、そしてコーラスは佐藤準。シンセサイザー・プログラムは佐藤準と師弟関係である北城浩志。デジタルかつフェティッシュな音像はおそらくこの2人による仕事だろう。ちなみに北城浩志は椎名林檎の最初期の楽曲にも携わったり、近年でも映画「聲の形」や「リズの青い鳥」などにも参加したりしている。ソロ・パートでは今剛の泣きのギター・ソロも良いが、やはり久野かおりのサックス・ソロが光っている。そしてサビ部、〈AdamとEve 1989~〉の執拗なリフレインは脳裏に強烈なインパクトを残す。

陳腐な表現かもしれないがヴェイパーウェイヴやフューチャー・ファンクのネタとしてお誂え向きだと思ったし、そういう意味では2017年に解散したガールズ・グループ、Especiaの楽曲と近いものを感じた。何度も取り沙汰されてきた言説ではあるが、この感覚は旧来のグルーヴ重視のDJ的感覚では見つけ得ない、やはりヴェイパーウェイヴ以降の耳でなければ発見されなかった音だろうと思う。なので、心から今回の再発を祝いたい。

ちなみにこのアルバムを買うときは、ジャケットが似ているかとうれいこの『QUERIDO』と間違ったり、久野かおりと〈かの香織〉を間違ったりしないように注意してほしい。