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伝説のディスコ、スタジオ54への憧憬

そんなカイリーが「ダンスフロアの真ん中に帰らなければ」と心に決めたのは18年、『Golden』に伴うツアーの最中だったという。

「『Golden』ツアーのセットには〈スタジオ54〉と題されたセクションが設けられていて、私はそのためにファッションとかスタイルとか、たくさんのリサーチをした。以前から惹かれてはいたんだけど、ステージの上に、私たちの空想のスタジオ54を作り出したってわけ。本当に気に入ってしまって、これをさらに追及したいと思った。とにかくファビュラスで、グラマラスで、ダンスの見せ方も素晴らしかった。そして、何しろアンコール前の最後のセクションだったから、スタジオ54のセクションに差し掛かると、〈今晩も無事最後までやり遂げられそうね〉と、ほっとしたのよね(笑)。だからこそいつもエネルギーに溢れていたし、その勢いをアルバムに引き継いで、さらに膨らませたかったの」。

〈スタジオ54〉セクションでの“The Loco-Motion”
 

彼女が言うスタジオ54とは、NYの伝説的なクラブ。営業期間は77年から80年と短いのだが、アンディ・ウォーホルやデヴィッド・ボウイを始めセレブリティたちが夜な夜なドレスアップして集い、音楽的にもファッションの面でも、当時ピークを迎えていたディスコ・シーンの震源地だったことで知られている。

 

ドナ・サマー、ダフト・パンク……ディスコを更新した偉大な音楽家たち

ただ、スタジオ54が発端のアルバムではあるものの、カイリーは単に70年代にオマージュを捧げているわけではない。プロデューサー/共作者には彼女の近作ではお馴染みの面々――ロンドンに拠点を置くナイジェリア系ドイツ人のスカイ・アダムス(ドージャ・キャット、シガーラ)、英国の大ベテランであるビフ・スタナード(エリー・ゴールディング、イヤーズ&イヤーズ)、北欧のヒットメイカー・コンビのPhD(ゼッド、リトル・ミックス)ほか――を起用。洒脱なストリング・サウンドを盛った王道のディスコ・チューンの数々に加えて、アコギとパーカッションでラテン・フレイバーを利かせた“Monday Blues”、PWL時代に一瞬回帰するハイエナジー調の“Supernova”、フレンチ・ハウスに接近する“Dance Floor Darling”……と広くディスコを捉えて、カイリーならではの甘い星屑をまぶしている。

『Disco』収録曲“Dance Floor Darling”
 

「ここには間違いなく、私自身の長年にわたるディスコにまつわる音楽体験が反映されている。こうしてアルバムが完成して話をしている今、色んなことを思い出すわ。オーストラリアに、しかも郊外の町にあった我が家にディスコ・ミュージックが届いたのは、私が9歳か10歳くらいの時で、ドナ・サマーのアルバム〈華麗なる誘惑〉(79年)があったし、ビージーズやアバのレコードもあって、何度も何度も繰り返し聴いていた。だから今になって、自分がディスコにいかに大きな影響を受けているのか悟ったの。

オリジナルのディスコに限らず、その後登場した様々なディスコの再解釈にも影響を受けたわ。ダフト・パンクがディスコを根底から生まれ変わらせた時のこと、みんな覚えているでしょう? そして、ディスコに挑戦したいのならまずオリジネーターたちに敬意を示すのが筋なんだけど、同時に、それぞれに独自のヒネリを加えるのが私たちの役目でもある。たとえ現実にはそれが叶わなくても、少なくとも、今の時代に即した形に進化させたいと思うものだから」。

『Disco』収録曲“Magic”