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ローファイな音を狙ってハイファイに録る、中村宗一郎との音作り

――当初のイメージはどういったものでしたか?

岩出「僕はジャマイカのダブみたいな、ミキサーを通して歪んだモワモワした音が好きなんですけど、そういう音像をバンド・サウンドとして作ろうと思っていたんです。それは宅録の発想でもあるとは思うんですが、いざスタジオに入って中村宗一郎さんに相談してみたら〈だったら家で録ればいいじゃん?〉って言われて」

須藤「最初は戸張大輔の作品みたいなサウンドにしたいって話をしたんですよね」

岩出「そうですね。でも〈それだとバンドで録る意味がないんじゃない?〉って言われて、根本的なところから考え直しました。

それまではDTMを使って録音した音素材にイコライザーやディストーションをかけて音色を変えるという方法で考えていたんですけど、中村さんのディレクションを受けて録音の段階から音を作り込むことにしたんです。つまり曲ごとに細かく機材を変えたり、その場でアンプのツマミをいじってギターの音色を柔らかくしたり、歪みが足りなかったらエフェクターを加えたり。録音してから音色に手を加えるのではなくて、あらかじめねらった音を出せるように準備してから演奏して録音する。そうすると演奏自体も変わってくるので、曲が求めていた方向性もよりハッキリと見えてきましたね」

――『MOOD』の収録楽曲だと、デモの段階から最も変化した楽曲はどれでしたか?

岩出「どの曲もだいぶ変わりました。例えば5曲目の“線路”は、もともとモワモワとしたサウンドにしたいとは思っていたんですけど、デモ段階では録音してからダブみたいにディストーションやリヴァーブをかけようと思っていたんです。

けれど中村さんのディレクションを受けて、まずアンプを2台用意して、そこでイメージしているモワモワした音を作り込みました。それに合うようにドラムもキックや余計なシンバルをなくしてスネアとウッドブロックだけにして、曲全体の骨組みとなる音像を作っていって。だから後付け的にローファイな処理を施したサウンドというわけではなくて、曲のイメージに即したローファイさを狙って、音そのものはハイファイに録ったという感じです」

――録音してからローファイに加工することと、ローファイさを狙って作り込んだ音をハイファイに録音することは、やはり大きく違うのでしょうか?

岩出「はい。音の奥行きや質感が全然違うんです。録音してから加工すると、どうしても加工したエフェクターの音になってしまうんですよね。平面的でそれ以上奥行きがない感じです。けれど、ローファイさを狙って作り込んだ音をハイファイに録ったものは、ものすごく立体感が出るんですよ」

須藤「録り音の話で言うと、今回はヴォーカル・マイクも何種類か使いましたよね。岩出くんのヴォーカルだけで3種類ぐらい使い分けていて、明らかに歌そのものの質感やテンションも変わって聴こえると思います」

岩出「あと、例えば3曲目の“何もない日”はスネアをカリッとした音にしたいというのもありました。当初はヒップホップのトラックメイクみたいにMPCを使って、切り取ったサンプリング音にエフェクトやイコライザーをかけてエッジの効いたサウンドにしようと思っていたんです。

けれどスタジオで中村さんからアドバイスをいただいて、そもそもスネア自体にスプラッシュ・シンバルを置いて金属的な響きが出るようにしたんです。そうすると〈キンッ!〉って切れ味のいい音が鳴る。もちろん、ミックスでも色々と工夫してもらっていますけどね」

 

無駄の豊かさ

――昨年7月には岩出さんのもう一つのバンド、ラブワンダーランドのファースト・アルバム『永い昼』もリリースされていますよね。つまり制作時期が重なる期間があったと思うのですが、岩出さんにとって本日休演とラブワンダーランドはどのような関係にあるのでしょうか?

岩出「ラブワンダーランドは完全にレゲエのビートで、ダブの可能性を追求しているバンドなんです。なので録音した音をミキサーとかでどう気持ちよく歪ませていくかということにフォーカスしていて。

本日休演も以前はそうしたやり方だったのですが、今作は中村さんとスタジオで一緒に作業したので、スタジオのセッションでなければできないことは本日休演で、宅録でなければできないことはラブワンダーランドで、というふうに棲み分けていました。世界観的なところは一緒なんですけどね」

――コロナ禍でスタジオに集まることなくインターネットを通じて音源をやりとりしてアルバムを完成させたミュージシャンも少なくないですが、今作に関してはスタジオでのセッションが重要な要素としてあったと。

岩出「やっぱりその場で一緒に演奏して良いか悪いかを判断した方が身体的になるんですよ。ビートのヨレとかグルーヴが生まれますからね。

もちろん無駄な時間も増えるかもしれないですけど、その無駄は否定したくない。むしろその無駄こそが面白いんじゃないかと思ってます。情報量が増えるわけですから、そこに豊かさもあるなと。

それは音楽に限らず、無駄なものだからといって何でもかんでも削ってしまっていいのか、もっと社会的に敏感になるべきだと思うんですけどね」