拡散された前衛の技法
かつて時代の前衛を知るには雑誌、専門誌などの情報しかなかった。そしてそれがどんな音楽なのか確認するには二つの方法しかなかった。放送もしくは、録音されたものを聴くか、生演奏を聴きにコンサートに足を運ぶか。人気のある音楽は、実験的なものでも比較的簡単に聴けたが、作家の名前やその技法だけが、実音に定着しないまま記号だけのゴーストのように浮遊するものはたくさんあった。
今回、21枚をボックスにまとめ発売されたDeutsche Grammophon(DG)の〈Avantgarde〉シリーズは、現代音楽を1968年から71年にかけて何度かに分けてLPのセット企画として発売されたものを集めたセットだ。発売当時アルバムそれぞれに寄せられた解説と合わせて、今回のボックスのために書き下ろされたポール・グリフィスのライナーが伝えるとおり、戦後、西欧音楽の伝統の中から、その可能性を広げようとして書かれた音楽を耳にすることを当時可能にしたこのシリーズの発売時のインパクトは計り知れなかった。情報があまりにも少ないことが引き起こした寡占化のようにすら思えた。
1946年にドイツ、ダルムシュタットで始まった現代音楽の夏期講習は20年以上続き、このシリーズが発売され始めた頃にはケージの偶然性やペンデレツキやリゲティのクラスター、カーゲルのシアター・ピースといった様々な技法が登場し現代音楽は、すでに様々な技法が乱立する傾向にあった(彼らの作品はこのシリーズに収録されている)。そもそも時代の前衛に正解などないわけだから、当然だ。当時すでに日本や海外のレーベルから前衛の作曲家のアルバムは細々とリリースされていたが、この企画は、基本的に合唱、楽器、電子音楽などの編成別に編集されて発売され、前衛のパースペクティヴを提供しようとする試みだった。
こうしていま、一枚ずつ耳を傾けながら、当時の子供たちが成熟した作曲家となった現在の前衛や実験にかつての音楽はどのような影響を及ぼしたのか想像してみるが、むしろまたもうひとつの前衛が意識のどこかに投射され始めた気がする。不確定な、未知の領域を探った先人の行いは、固定された音源の中でさえ、もうひとつの前衛を構成する余白を残していた。DGにはかつて『Free Improvisation』というボックス・セットもあった。こちらもぜひ復刻してほしい。
*オリジナルの〈アヴァン・ギャルド・シリーズ〉に入っていたシュトックハウゼンの3枚のアルバムは作曲家の意図を尊重し、今回のシリーズには含まれていません。