ceroのメイン・コンポーザー/鍵盤奏者による初ソロ作品が到着。自身の複雑な音楽的アイデンティティーを解きほぐし、美しいチェンバー・ポップへと昇華するまでの細やかな道のりとは──?

アイデンティティーの拡散

 2018年の4枚目のアルバム『POLY LIFE MULTI SOUL』において、多様化する世界に呼応したポリリズミックなポップ・ミュージックを確立したcero。バンドとしては“Fdf”、そして“Nemesis”と、ゆるやかなペースで新曲をリリースしながら、旺盛な創作意欲は各人のソロ活動へ。昨年4月にShohei Takagi Parallela Botanica名義のアルバム『TRIPTYCH』を発表したヴォーカルの高城晶平に続き、メイン・コンポーザー/鍵盤奏者の荒内佑が初のソロ・アルバム『Śisei』を完成させた。

 「2016年に出たフェスの打ち上げで、高城くんが角張社長に〈次のアルバム(『POLY LIFE MULTI SOUL』)を出した後、各人のソロ活動をやらせてほしい〉とお願いしたのが直接的なきっかけです。ただ、もともとceroは、〈バンド〉のために集ったというよりも、独立したミュージシャン3人の集合体で、それぞれの活動が先にあったはずなんです。だから、ソロ活動を行うということは、3人の初期設定に戻った、本来あるべき形なのかなと思います」。

arauchi yu 『Śisei』 KAKUBARHYTHM(2021)

 祖母が音楽教師で、子供の頃からクラシックに親しんできた自身のルーツに立ち返りながら、その後、複雑に発展を遂げた彼のパーソナルな音楽史と向き合った本作は、コンポーザーとしての表現世界を追求した作品だ。

 「今回、自分でピアノを演奏していますけど、仮に演奏しなかったとしても〈自分の作品〉と言えるものにしたかったんです。だから、ドラムとベースに自由に演奏してもらって、その上にいい感じの弦管を乗せるような作り方ではなく、ドラムとベースも含め、ほとんどのパートを譜面で書き出して、それを演奏してもらっているので、そういう意味で、まさにコンポーザーの作品ですよね。プレイヤーでもシンガーでもない自分は肉体的な技量を見せることができないので、コンポーズの段階で自分の作風を作らなきゃいけないなと感じていました。そのために、音楽理論は独学で勉強を続けてきましたし、この作品のためにも勉強してきたんですけど、いくら学んでも自分の作風を確立できなくて、ある時、これは音楽の問題ではないのかもしれないなって思ったんです。そんな時に、ナイジェリア出身で今はLAで活動している画家、ジデカ・アクーニーリ・クロスビーの作品を観て。彼女の絵はヨーロッパの技法を用いつつ、ルーツであるナイジェリアの写真とか雑誌の切り抜きのコラージュが重ねられているんですけど、それを観て、自分の作品にサンプリングの技法を加えるようになったことが転機になりました」。

 クラシック、現代音楽からポスト・パンク調のサウンドやダンス・ミュージック、ヒップホップや現代ジャズなどが錯綜する荒内の音楽的なバックグラウンド。当初構想していたアコースティック楽器による室内楽作品は、サンプリング・フレーズをコンポジションに組み込むことによって、美しくもどこか奇妙なチェンバー・ポップ集へと昇華されていった。

 「ジデカ・アクーニーリ・クロスビーの絵は人の肌の部分にコラージュが入っていて、それが〈刺青〉に見えたことが『Śisei』というアルバム・タイトルの由来なんですけど、言葉のイメージとして〈入れ墨〉だといかつすぎるし、〈タトゥー〉だと海外目線でカジュアルすぎると感じました。そう考えていた時、谷崎潤一郎の短編小説『刺青』(〈シセイ〉と読む)を思い出したんです。官能小説なので、この作品の内容とはあまり関係ないんですけど、アジア的な言葉の響きだったり、ローマ字にしたら〈姿勢〉や〈死生〉だったり、いろんな言葉が当てられるじゃないですか。自分としては〈刺青〉の意味しか込めていないのですが、彼女の絵に複雑なアイデンティティーが投影されているように、作品タイトルをローマ字表記することで、〈日本人である自分がヨーロッパの楽器を使って、欧米の音楽語法で曲を作る〉というアイデンティティーの分散、拡散を図らずも表してしまった気がしています」。

 

複雑さを引き受けた作品

 共同プロデューサー/アレンジャーとして迎えたベーシスト/作曲家の千葉広樹ををはじめ、ドラマーの渡健人(av4ln)やヴィブラフォンの角銅真実ら、ceroのサポートを務める5名の管弦楽器奏者が参加。さらにヴォーカルと作詞でフィーチャーしたBlack BoboiのJulia Shortreedとceroでの共演経験もあるトロンボーン奏者のコーリー・キングが楽曲を豊かに膨らませていった。

 「最初、3曲くらい作った時点で、千葉さんに聴いてもらって、制作に参加してもらいました。彼のことは昔から一方的に知っていたんですけど、知り合ったのは2013年ですね。ceroにも参加しているシンガー・ソングライター古川麦のレコ発ライヴに、僕がピアノ、千葉さんがベーシストで呼ばれて、そこから話すようになりました。自分がメカニカルでゼンマイ仕掛けのような音楽性であるのに対して、千葉さんは有機的で時間軸も伸縮するようなしなやかさが特徴というか、作曲家としての作風は正反対なんですけど、お互い通ってきた音楽、バックグラウンドは大いに重なる部分があるという。そして、千葉さんしかり、ドラマーの渡健人くんや木管楽器奏者の大石俊太郎くん、ヴォーカリストのJulia Shortreedさんとコーリー・キングは、みんなプレイヤーでありながら、トラックメイカーでもあって。自分のアイデアを上手く汲み取ってくれる面子がたまたま集まったんですよ」。

 変拍子やポリリズムを洗練させた形でコンポジションに織り込んだ本作は、ヒップホップやエレクトロニック・ミュージックからの影響を内包しながらも、グルーヴを強調した作品でもなければ、ジャズのようにプレイヤーの技量にフォーカスした作品でもない。

 「『POLY LIFE MULTI SOUL』より複雑なことをやっていて、なおかつ、それをすんなり聴かせられるようになっていると思うんですけど、この作品はリズム面に主眼を置いていたわけではないんです。ジャズもそう。参加プレイヤーの半分くらいがジャズの人たちだったり、クラシックをジャズの語法で分析したうえで楽曲制作に臨んだことで、意図せずしてジャズの要素が混ざってしまった感じ。自分としてはクラシック、ミニマル・ミュージックや現代音楽的なものから外に出ようとはあまり考えていませんでした。ただ、コンセプトありきで制作すると上手くいかないことが多かったりするので、頭でっかちにならず、自分が美しいと感じるものになればいいなと思っていましたね」。

 複雑に絡み合った色とりどりの糸を解きほぐし、新たに織り上げたサウンドスケープは、そう、ただただ美しい。

 「自分にとっての美しい音楽とは、純粋で綺麗なものというよりも、例えばフランク・オーシャンの『Blonde』がそうであるように、ドラッグとか性愛、暴力なんかが下地にあったうえで成り立っている美しさが感じられる音楽。今回のアルバムもそんなふうに、独特な質感や空気感になったらいいなと思っていました。聴く人によって、これはジャズだ、クラシックだ、誰々っぽいとか、いろんな捉え方をされる作品だと思うんですけど、現代音楽も好きだし、ヒップホップも好きだし、BTSも好きだし、まぁ、それが自分だったりするので(笑)、そういう複雑さを引き受けたこの作品を通じてどういう気持ちになるのか、どういう心象風景が見えるのかを自由に楽しんでもらえれば嬉しいですね」。

左から、ceroの2018年作『POLY LIFE MULTI SOUL』(KAKUBARHYTHM)、Shohei Takagi Parallela Botanicaの2020年作『TRIPTYCH』(ソニー)

 

『Sisei』に参加したアーティストの関連作品と一部紹介。
左から、蓮沼執太フルフィルの2020年作『フルフォニー|FULLPHONY』(ユニバーサル)、東京塩麹の2018年作『YOU CAN DANCE』(dim up)、角銅真実の2020年作『oar』(ユニバーサル)、ASA-CHANG&巡礼の2020年作『事件』(AIRPLANE)、コーリー・キングの2016年作『Lashes』(Ropeadope)

 

arauchi yuが示した美しさから拡散する音楽作品たち

COMBO PIANO 『AGATHA』 sycamore(2003)

映画音楽も多く手掛ける作曲家、渡邉琢磨の可変的なユニットによる2003年のアルバム。「本当によく聴いていたアルバムです。ここからどれだけ離れられるかが自分のテーマのひとつでもあります。今はCD棚のいちばん取り出しづらい場所に入れて、フィジカルに遠ざけています(笑)」。

 

LIARS 『They Threw Us All In A Trench And Stuck A Monument On Top』 Blast First(2001)

「今作の制作中はこの作品をはじめ、ポスト・パンクものばかり聴いていました。ポスト・パンクはワンコードの曲が多いと思うんですけど、そこでどれだけアイデアを出すか、変なことをやるかという姿勢はモード・ジャズの手法にも似ているし、自分の作品制作もその精神性で臨みました」。

 

PALAIS SCHAUMBURG 『Palais Schaumburg』 Phonogram/Bureau B(1981)

「ジャーマン・ニューウェイヴの代表作ですけど、この作品もライアーズと同じポスト・パンクのマインドで聴いていました。ceroの“魚の骨 鳥の羽根”にはモード・ジャズとポスト・パンクの空気感があると思うのですが、自分なりのポスト・パンクをやりたいとずっと考えていますね」。

 

「ここ最近よく聴いているアルバムです。ソニック・ユースは80年代の作品も好きなんですけど、90年代のメジャー・プロダクションのもとで作られたこの作品でサーストン・ムーアが生み出しているギター・ノイズは自分のなかで涼しく感じて、暑い夏に聴くと清涼感があるように思います」。

 

Phonolite 『While I'm Sleeping』 Studio Wee(2003)

「ジャズ・ベーシストの水谷浩章さんが主宰しているラージ・アンサンブルの2003年作ですね。ギル・エヴァンスをはじめ、欧米の音楽から受けた影響がハイクォリティーな音楽に昇華されているんですけど、絶対に日本からしか生まれないであろう音楽なんですよね」。

 

NIPPS 『MIDORINOGOHONYUBI presents MIDORINOGOHONYUBI MUSIC / ONE FOOT』 ユニバーサル(2002)

BUDDHA BRANDのラッパーによる2002年のファースト・アルバム。「最近、タワレコの通販で買い直したんですけど、“GOD BIRD”のトラックで使われているサンプルは、硬質な冷たさも相まって、現代音楽的な響きにも聴こえます。そういうところも好きですね」。