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天野史彬が全身で感じた〈歌詞〉
幻なんかじゃない、たしかな肉体から紡がれた言葉

2020年、“恋は永遠 feat.YUKI”で銀杏BOYZの楽曲に15年ぶりに客演したYUKI。峯田和伸はYUKIの存在を「幻想の象徴」「ミューズ」と話すが、YUKI自身は、当時自らに対するそうした見方に全面的に首肯しているわけではなさそうだった。というのも彼女は、15年前の客演曲である“駆け抜けて性春”の〈わたしはまぼろしなの〉という自身の歌唱部分の歌詞に関して、2018年のインタビューで「どうしても腑に落ちない」と語り、その違和感が、〈私は幻なんかじゃない〉と歌う“”を生んだと語っている。

銀杏BOYZの2005年作『君と僕の第三次世界大戦的恋愛革命』収録曲“駆け抜けて性春”
 

それでも15年という歳月を経て、再び銀杏BOYZとYUKIが声を重ねることができたのは、“駆け抜けて性春”と“恋は永遠”の間に一種の逆転現象が起こったからではないか。〈触れれば消えてしまうの それでもわたしを抱きしめてほしいの〉と歌った“駆け抜けて性春”に対し、“恋は永遠”でYUKIは〈空も 海も 君の背中も 抱きしめられたらいいな〉と歌う。

銀杏BOYZの2020年作『ねえみんな大好きだよ』収録曲“恋は永遠 feat.YUKI”
 

実態を持たず無力だった〈幻影の象徴〉は、15年の時を経て、いつしか自身の欲望を高らかに歌う逞しい存在へと変化している。どちらも作詞は峯田和伸なのでこれは彼の〈幻想〉に対する意識の変化だが、同時に、YUKIという音楽家の濃密な15年の足跡が、他の誰かが彼女を都合のいい妄想に仕立て上げることを自ずと拒んだのではないかとも思えてくる。〈永遠〉を願い夢想を貪る少年を尻目に、〈女はマボロシ〉なんていう着せられた衣は脱ぎ捨て、そのたしかな肉体で、汗ばんだ手で、世界に、刹那に、たしかに触れ続けていたのである。

そう、YUKIは幻ではない。確固とした肉体と欲望を抱えるひとりの人間として、彼女は今この瞬間に〈在る〉。そんなYUKIの強烈な実存は、彼女の10作目となるフル・アルバム『Terminal』にも強く刻まれている。本稿は〈歌詞表現を軸として『Terminal』を考察してほしい〉という依頼をもとに書いているのだが、このアルバムは歌詞カードをじっくりと眺めていれば何かが浮かび上がってくるようなアルバムではない。言葉〈だけ〉を取り出そうとすればするほどに、言葉は強力な粘着テープのようにその音楽のリズムにこびりつき、剥がれることはない。分解してわかった気になる、そんな反自然的な行為の無粋さを改めて痛感させられるほどに、本作『Terminal』の言葉は極めて自然に音楽と結びついている。

2020年、Chara+YUKI名義でリリースしたミニ・アルバム『echo』の制作では即興的に生まれてきた言葉も歌詞に採用されたというが、そこでの経験が本作には存分に生かされているのだろう。例えばシングルとして先行リリースされた“My lovely ghost”や“Baby, it’s you”で見られる断片的な言葉を重ねていく歌詞の綴り方は、実質的なタイトル・トラックである“ご・く・ら・くterminal”などにも見られ、このアルバムのひとつの基調になっている。“ご・く・ら・くterminal”の〈どこからサビでも悪くはない〉というフレーズはそのまま、本作のフォルムを言い得ている。

『Terminal』収録曲“ご・く・ら・くterminal”
 

自身や聴き手の精神をアップリフトする屈強なポジティヴィティーや、時代への皮肉、ファニーなユーモア、パーソナルな追憶、あるいは韻や語感の気持ちよさだけで綴られたであろう単語……そうした言葉たちが突発的に現れては消え、現れては消えていく。まるで、YUKIの心身のバイオリズムを投射するように。一見ゆるやかに音に乗るその姿には、しかし、脆弱なセンチメンタリズムが入り込む余地はない。断片的かつ流動的であるがゆえのリアルがある。音楽の中で、結論はいつの間にか問いに変わり、過去はいつの間にか未来へのヴィジョンに変わる。それはまるでYUKIという人間の秘密が、そこにある生きることの喜びと哀しみが、言葉となり、跳躍し、浸透し合いながら、リズムや旋律に多様な色を塗っているようである。

アルバムは後半へ行くに従い叙情的な流れを持つ曲が増えていくが、中でも造形的に優れているのは8曲目“雪が消してく”で、過去と現在が循環しながら〈雪が消してく〉という言葉の反復に帰結していく姿はとても美しい。アルバム・タイトルである〈Terminal〉とは本来〈終点〉を意味する言葉だが、あらゆる感情や記憶が生まれては消え、また生まれていくYUKIの、ひいては人間の存在そのものを表した言葉のようにも思える。生きている。続いていく。それは幻なんかじゃない。

『Terminal』収録曲“雪が消してく”