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ロンドン出身のジョシュ・ロイド・ワトソン(Josh Lloyd-Watson)とトム・マクファーランド(Tom McFarland)からなるジャングル。ファースト・アルバム『Jungle』(2014年)セカンド・アルバム『For Ever』(2018年)と過去作はいずれもUKチャートのトップ10内にランクイン、英国で高い人気を誇るポップ/ソウル/ダンス・アクトだ。

そんな彼らがリリースした新作『Loving In Stereo』は、これまで以上にダンサブルなレコードになっている。初めてヴォーカリストをフィーチャリングし――タミル系スイス人アーティストのプリヤ・ラグ(Priya Ragu)とアメリカ人ラッパーのバス(Bas)――彼らならではのポップネスはますます増幅。全曲踊れて愛に満ちた『Loving In Stereo』には、コロナ禍を生きる人々をポジティヴにさせてくれる〈効能〉すら感じる。

この記事では、木津毅と久保憲司という2人の書き手に本作について綴ってもらった。前者は『Loving In Stereo』の制作背景や音楽性について、後者はジャングルのサウンドから想起するUKのポップやダンス・ミュージックについて書いている。それぞれの視点から捉えた〈ステレオの中の愛〉を感じてほしい。 *Mikiki編集部

JUNGLE 『Loving In Stereo』 Caiola/BEAT(2021)

 

進み続けよう、踊り続けよう――『Loving In Stereo』のポジティヴなサウンド
by 木津毅

〈キープ・ムーヴィング〉。ジャングルのサード・アルバム『Loving In Stereo』からのリード・シングルのタイトルである。思えばパンデミックは、人びとから多くの〈ムーヴィング〉を奪った出来事だった。自由に移動すること。クラブで身体を動かすこと。素晴らしいライブを観て感動すること……。“Keep Moving”は、ディスコ直系のゴージャスなストリングスとシンプルだがグルーヴィーなベースラインで、それら〈ムーヴィング〉を取り戻そうとするようだ。〈もしも君が変われるのなら/そんな風に生きるなら/君は街をあちこち行けるのさ〉。思わず踊り出したくなるサウンドと、ゆるやかにハッピーなフィーリングが溢れだす。

『Loving In Stereo』収録曲“Keep Moving”

ジャングルは“Keep Moving”をスローガンだと説明している。試練を与えられても前向きに進み続けよう、という呼びかけの歌であると。アルバム全体のムードやメッセージを要約する言葉である。実際『Loving In Stereo』は、ジャングルにとって多くの前向きな変化を反映させたアルバムとなった。

前作『For Ever』は、ジャングルのメンバーであるジョシュ・ロイドとトム・マクファーランドの失恋の経験を反映させたメランコリックなアルバムだった。ふたりはその後、LAを離れてイギリスに帰国。そこで心機一転し、今度は希望に満ちたアルバムを作ろうと決める。制作はパンデミック以前に半分ほど、以降に半分ほど行われたそうだが、パンデミックが世界にもたらした重苦しい空気がいっそう、ふたりに前向きな音楽を作らせる原動力となった。

メロウなソウル・ナンバーが目立った前作に比べると、『Loving In Stereo』はサウンド的に多様な広がりを見せるアルバムである。これまで得意としてきたディスコはもちろん、ラッパーのバスを迎えたユルいヒップホップ・ナンバー“Romeo”、近年はソー(Sault)での活動で知られるインフロー(Inflo)ことディーン・ジョサイア(Dean Josiah)との共作曲でロックとソウルが見事にミックスされた“Talk About It”、キャッチーだが乾いたロックンロール・チューン“Truth”、スリランカにルーツを持つシンガーのプリヤ・ラグがシルキーな歌声を聴かせるミドル・テンポ・ソウル・ナンバー“Goodbye My Love”と、ゲストとともに音楽性の幅がぐっと拡大している。ただ、それらは演奏の活気を生かす録音で統一されていて、ときにワイルドでときにエモーショナルな生命力に満ち満ちている。

『Loving In Stereo』収録曲“Romeo (Feat. Bas)”

『Loving In Stereo』というアルバム・タイトルは、9歳の頃から親友だったというロイドとマクファーレンが14歳のときにはじめて共作した曲のタイトルにちなんでいるそうだ。ふたりの新しい門出に、その原点が選ばれたのである。それは初心からやり直すということでもあるし、いまのふたりが伝えたいメッセージにピッタリはまったということでもある。ステレオによる華やかなサウンドで、世界や人生を愛し抜くこと。

クロージング・ナンバー“Can’t Stop The Stars”も、このアルバムのテーマをよく表した素敵なタイトルだ。わたしたちは星を止めることができない。夜空に輝く星座は動き続け、良いときも悪いときも、わたしたちの運命を動かし続けるだろう。歌声はこう告げる……〈ただ思うがままに踊りたいだけさ〉。うっとりするようなコーラスとストリングスが、ダンスフロアで踊る人びとを包んでいくようだ。そしてアルバム『Loving In Stereo』には、動き続け、踊り続け、感動し続けることを決意したくなるような明るい音楽が詰まっている。

『Loving In Stereo』収録曲“Can’t Stop The Stars”