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Photo by Sebastian Mlynarski/ Kevin J Thomson

『Screen Violence』に表れたアーティスティックな冒険欲
by 新谷洋子

チャーチズの音楽性の特徴は、端的に述べるとしたら、時によってアグレッシヴなくらいにハードなエレクトロニック・サウンドと、ローレン・メイベリーの甘く伸びやかな声のコントラストにあるのだと思う。さらに言えば、そのエレクトロニック・サウンドのルーツは主に70年代末から80年代に英国で鳴らされたシンセ・ポップに辿れるが、同時に旺盛なポップセンスを持ち合わせる彼らの曲は、2010年代のメインストリームなダンス・ポップとの親和性も非常に高い。時にはEDMにも接近し、2019年のマシュメロとの大ヒット・コラボ曲“Here With Me”でそんな傾向が一旦極まった感があった。

マシュメロとチャーチズによる2019年のシングル“Here With Me”
 

その揺り戻しというわけではないのかもしれないが、4枚目のアルバム『Screen Violence』でのチャーチズは、大きく方向を転換。メンバー全員がファンだというホラー・ムービーの世界からヴォキャブラリーやイメージや空気感を引用した、バンドのキャリアで初めてのコンセプチュアルな作品を作り上げている。そして、サウンド表現にも如実な変化が訪れたことを予告していたのが、キュアーのロバート・スミスをフィーチャーした先行シングル“How Not To Drown”だった。

『Screen Violence』収録曲“How Not To Drown (Feat. Robert Smith)”
 

そう、深い霧が立ち込めているかのようなその幻想的サウンドスケープは、まさに80年代前半のキュアーの直系。今までの作品では強く主張することがなかったギターの音が、一挙に存在感を増している。アルバム全編を聴けばほかにもデペッシュ・モードやニュー・オーダーの影響が顕著に表れており、シンセ・ポップに留まらずゴスからネオアコまで幅広く、ポスト・パンク期の音楽特有のメランコリーやテンションや叙情性にインスパイアされたアルバムとなった。それゆえに曲調のヴァラエティーと抑揚が各段に増していて、ローレン曰くこうした変化は、それぞれにギター・バンドに在籍した経験がある3人にとっては「自然な流れと進化」だったそうだ。「イアンは特に素晴らしいギタリストなのに、そんなスキルを封印してしまっていた(笑)。もう4枚目だし、ちょっとは新しいことにチャレンジしないと。ニュー・オーダーだってシンセを使うけどギター・バンドだし、自分たちがルールに縛られないってことを証明したい気持ちもあったんじゃないかな」。

またサウンドの多様化に伴って、ヴォーカリストとしてのローレンのアプローチもフレキシブルになった印象を与える。例えばサンデイズを想起させる“California”ではまさにハリエット・ウィーラー的な切なさを満々と湛え、“How Not To Drown”ではサウンドのダークネスに馴染む、凄みを帯びた歌を聴かせている彼女。“He Said She Said”ほかフェミニスト・アンセムと呼べる曲では誰にも反論できない力強さを漲らせているのだが、逆に、オーガニックなギター・ロック仕立てのフィナーレ“Better If You Don’t”の歌い方は驚くほど無防備でナチュラルで、ホラー・ムービーのコンセプトは、キャラを演じ分ける楽しさをローレンに教えたようだ。

『Screen Violence』収録曲“He Said She Said”
 

例えば本作での彼女はいわゆるファイナル・ガール、つまり、ホラー・ムービーにおいて殺人鬼から逃げきって最後まで生き残るヒロインに、大いに共感したという。なぜって、常に誰かに見られたり追われたりするというのは、映画の世界でなくても、女性なら誰もが共感できるシチュエイション。ここにきて初めてフェミニスト・メッセージを歌詞に込めたのも、恐らくこのユニークなコンセプトがそれを容易にしたからなのだろう。マスへの訴求よりもアーティスティックな冒険欲を重視したこの飛躍の1枚で、チャーチズはエレクトロ・ポップからアート・ポップの域に踏み出している。

 


RELEASE INFORMATION

CHVRCHES 『Screen Violence』 Goodbye/BEAT(2021)

リリース日:2021年8月27日
配信リンク:https://chvrches.lnk.to/screenviolence

■国内盤CD
品番:BRC-673
価格:2,420円(税込)
ボーナストラック追加収録
解説・歌詞対訳冊子封入

■国内盤CD+Tシャツセット
品番:BRC-673T
価格:6,600円(税込)
ボーナストラック追加収録
解説・歌詞対訳冊子封入

■限定盤LP(レッド・ヴァイナル)
品番:GLS-0300-01
価格:3,590円(税込)

■通常盤LP(ブラック・ヴァイナル)
品番:GLS-0292-01
価格:3,590円(税込)

TRACKLIST
1. Asking For A Friend
2. He Said She Said
3. California
4. Violent Delights
5. How Not To Drown (Feat. Robert Smith)
6. Final Girl
7. Good Girls
8. Lullabies
9. Nightmares
10. Better If You Don't
11. How Not To Drown (Robert Smith Remix) ※国内盤CDのボーナス・トラック