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SACDは音楽の周囲にある何かまでひっくるめて再現する

『Hotel California』SACDの音質は驚くべきことに2021年の今なお現役そのもので、まったく古さを感じさせない。2チャンネルステレオの大元のマスターは前述のように192kHz/24bitのリニアPCMで、その情報量を余さずDSD変換してSACDに収めてある。楽器の音や歌声がクリアーで伸びがあり、CDの再生音に特有な頭が天井につかえるような狭苦しさがない。余裕があるのだ。

CDはもっぱら音楽のみを忠実にリスナーへ届けることを目的としていたのに対して、SACDは音楽だけで満足せず、音楽の周囲にある何かまでひっくるめて再現する。録音が行われたスタジオ内の空気の乾き方、その場に漂う細かなチリみたいなもの、音が部屋の中を伝播していく様子までが、まるで目で見るようにハッキリと判る。演奏そのものだけではなく、それらが鳴っている空間ごと切り出して自分の部屋に置いた、とでも言えば良いだろうか。再生を始めると空気が濃くなる感じがする。

高級なアンプやスピーカーを使えればそれに越したことはないが、割と安価な装置でも高音質を得られるのがSACDのメリットだ。SACDを聴く際にお願いしたいのは、他のことをしながらではなく、音楽に集中して聴いてほしいということ。そうするだけの価値がSACDの音にはある。筆者はなるべく部屋を暗くして聴くと決めている。

一度SACDの楽しみを覚えてしまうと、もう同じアルバムをCDで聴こうなんて考えもしない。そして、今まで聴いていたCDの音は一体何だったのかと考え込んでしまう。初めてSACDを発売した時、ソニーは誇らしげに〈CDは優れた方式でした(Compact Disc was a good idea.)〉と宣言した。その真意は、実際にSACDの音を聴けば即座に実感できる。

 

『Hotel California』SACDの真価はサラウンドにあり

筆者が返す返すも残念に思うのは、本作のサラウンドミックスを聴ける人がごく少数に留まっていることだ。ワーナーはDVDオーディオ最大の重点をサラウンド再生に置き、原則として全タイトルにサラウンドを付加していた。中には2チャンネルステレオが入っておらず、5.1チャンネルサラウンドだけのタイトルすら存在する。彼らは真剣に〈次世代の音楽再生の本筋は5.1チャンネルだ〉と考え、すべてを賭けて注力した。その成果に触れず、2チャンネルステレオの卓越性のみでSACDバージョンの良さを語って話を終えるのは気がひける。

DVDオーディオを盛んに売り出した当時、有名オーディオショップ等でデモンストレーションの試聴会が繰り返し開催された。〈CDの次はこれですよ。聴いてみて下さい〉というわけだ。クラシックの交響楽やジャズ、J-Popも一通りかけるが、どこの会場でも最後には『Hotel California』の1曲目をサラウンドで聴かせて参加者を圧倒するのが定番コースだった。その良さが忘れられず、対応プレーヤーやサラウンド装置と一緒に『Hotel California』DVDオーディオ盤を買った人は決して少なくなかったはずである。そこには確実にオーディオの未来、ひいては音楽の未来があった。ダウンロードした音声ファイルと高級イヤフォンでは実現できない未来だ。サラウンドだけが提供できる、他に類例のない体験。あの充実した時間を一人でも多くの人に味わってもらいたい。筆者の本心を言えば、それが実現するまで『Hotel California』SACDの真価は眠ったままなのである。

 


RELEASE INFORMATION

EAGLES 『Hotel California(SACDハイブリッド)』 Asylum/Rhino/ワーナー(1976, 2011)

リリース日:2011年8月17日
品番:WPCR-14165
仕様:SACD/CDハイブリッド盤
価格:3,353円(税込)
※5.1chサラウンド&ステレオ音声収録
※通常のCDプレーヤーでも通常のCDとして再生することが可能です

TRACKLIST
1. Hotel California(ホテル・カリフォルニア)
2. New Kid In Town(ニュー・キッド・イン・タウン)
3. Life In The Fast Lane(駆け足の人生)
4. Wasted Time(時は流れて)
5. Wasted Time (Reprise)(時は流れて(リプライズ))
6. Victim Of Love(暗黙の日々)
7. Pretty Maids All In A Row(お前を夢みて)
8. Try And Love Again(素晴らしい愛をもう一度)
9. The Last Resort(ラスト・リゾート)