音楽を聴く手段が多様化し、〈高音質〉にも光が当たっているている現在。タワーレコードは、SACDでの音楽体験をおすすめしています。この連載〈SACDで聴く名盤〉でお伝えしているのは、そのSACDの魅力です。第9回目に取り上げるのは、タワーレコード限定の企画盤で、オトマール・スウィトナー指揮、シュターツカペレ・ベルリンが演奏した6枚組『ベートーヴェン:交響曲全集・序曲集』。巨匠スウィトナーの生誕100年を記念して、日本コロムビアが開発した技術〈ORTマスタリング〉によって名演が高音質化された逸品です。今回は本作について、オーディオ評論家の山之内正さんに綴ってもらいました。 *Mikiki編集部

★連載〈SACDで聴く名盤〉の記事一覧はこちら

タワーレコードのYouTube動画〈高音質のCD? 「SACD」とは《Q&A編》〉

OTMAR SUITNER, STAATSKAPELLE BERLIN 『ベートーヴェン:交響曲全集・序曲集(2022年ORTマスタリング)』 COLUMBIA X TOWER RECORDS/The Valued Collection Platinum(2022)

 

スウィトナーとシュターツカペレ・ベルリンによる〈素顔のベートーヴェン〉

膨大な録音資産に恵まれた現代の音楽ファンは、時代を超えて過去の演奏史を追体験できる。なかでもベートーヴェンの交響曲は録音の数が多いので楽しみ方は無限だ。たとえば、各時代を代表する録音を一通り聴き終えたら、前世紀半ばから現代まで、スタイルの異なる時代の演奏と聴き比べるのが楽しい。前世紀の巨匠たちの演奏だけでなく、現代のピリオド演奏も指揮者の強い個性を反映した演奏が多く、聴き比べはとても刺激的だ。

ところが、指揮者が前面に出る演奏を聴き続けていると、聴き手側のベクトルは反対向きに動きがちで、作品が自発的に歌い出すような演奏を聴きたくなる。そんなとき、私はスウィトナーとシュターツカペレ・ベルリンの全集を取り出す。日本コロムビアとドイツ・シャルプラッテンが80年代前半に共同制作したシリーズで、表情過多の演奏とは一線を画す素顔のベートーヴェンが聴ける。当時の東ベルリン側のイエス・キリスト教会で行われた録音は自然な残響も含めてバランスが良く、いろいろな意味で安心して楽しめる演奏だ。

 

木管や弦楽器のハーモニーが息を吹き返し、ベートーヴェンの旋律を良く歌う

その名演が録音から約40年を経て初めてSACDで登場した。CD規格のデジタルマスターをそのまま使うのではSACD化の意味はないが、今回は日本コロムビアのORTを用いたリマスタリングを敢行してアナログ/デジタル変換時に失われた超高域情報を蘇らせ、SACD層とCD層に収録。ORTの効果は配信音源では体験済みだが、SACDの大きな器に収めたときの音は未体験なので、興味津々で聴いてみた。以前発売された高音質CDとも聴き比べる。

“田園”と“第九”を続けて聴いたところで、CDとの音の違いが本質的なものであることを確信した。どちらの作品も既存CDではオーボエやクラリネットが薄くくぐもっていて、フルートやファゴットが重なっても和声感に微妙な曖昧さが残っていた。SACDではそのモヤモヤ感がなくなり、木管のハーモニーから混濁が消える。木管だけでなく、バイオリンもチェロもホルンも本来の音色を取り戻し、息を吹き返したかのように、良く歌う。CDでもその片鱗は見えていたが、最後まで歌い切るのを少し手前で控えてしまうような、なんとなく中途半端な印象があった。実際はそんなことはなく、スウィトナーは的確な指示を出してベートーヴェンの旋律をたっぷり歌わせていたのだ。旋律だけでなく低音パートも動きがとても良く見えるようになった。“第九”の第1楽章で低弦とファゴットがユニゾンで動くフレーズでは、ファゴットがここまで表情豊かに演奏していたことにこれまで気付かなかった。SACD層だけでなく、過去のCDと今回の盤のCD層を比べても明らかに後者の方が音色のくもりが少ない。

 

SACDで蘇る演奏の本来の躍動感と瑞々しさ

“第1番”から順番にSACDを聴き進めていくと、この演奏のもう一つの聴きどころにあらためて気付かされた。微妙だが演奏の印象を左右する本質的な要素で、具体的には、各フレーズの音の切り方の正しさということになる。SACDが本来の音色を取り戻したのは発音の精度が上がったことが理由だが、一方、落ち着いたテンポのなかで自然な流れを引き出すのが一音一音の音を切るタイミングの正しさだ。余分に音を引きずる奏者が一人でもいると、アンサンブル全体の歩みが重くなってしまう。スウィトナーの薫陶を受けたシュターツカペレ・ベルリンでそれはまず起こらない。ただし、録音・再生のプロセスで余韻の減衰が遅れたり曖昧になったりすると、似たようなことが起こり得る。“第3番”スケルツォの弦の弾み具合や“第7番”の付点音符の切れに緩みがなくなると、演奏に本来そなわる躍動感が蘇る。音符単位で見るとごく僅かな違いなのだが、一曲通して聴いた後、演奏が瑞々しさを増し、活性化されたような印象を受ける。この違いを無視することはできない。

スウィトナーが音楽の自然な流れを引き出す名手であることはモーツァルトの一連の録音で実証済みだが、ベートーヴェンではその長所がさらに大きな成果をもたらす。安心して楽しめる演奏と紹介したが、作品にそなわる熱量と推進力を忠実に引き出す演奏と言い直した方が良さそうだ。

タワーレコードのYouTube動画〈【SA-CD普及委員会】#02 SA-CDをより深く知ろう! ~聴き比べもあり〉

 


RELEASE INFORMATION

OTMAR SUITNER, STAATSKAPELLE BERLIN 『ベートーヴェン:交響曲全集・序曲集(2022年ORTマスタリング)』 COLUMBIA X TOWER RECORDS/The Valued Collection Platinum(2022)

リリース日:​2022年4月20日
品番:TWSA1111
フォーマット:SACDハイブリッド盤6枚組
価格:9,900円(税込)

※世界初SACD化。ステレオ録音。限定盤
※歌詞対訳付(本文解説内に掲載) (14)
※ 日本コロムビア所有のオリジナルマスターテープより2022年にORTマスタリングを行いSACD化
※マスタリングエンジニア:毛利篤(日本コロムビア)
※オリジナルジャケットデザイン採用
※解説:小石忠男氏(1984年発売CD:C37-7251~6より転載、2022年補訂)、丸山桂介氏(1984年発売CD:C37-7251~6より転載、2022年補訂)他、解説書合計26ページ
※クラムシェル(箱)仕様。盤印刷面:緑色仕様
※一部お聴き苦しい箇所がございますが、オリジナルマスターに起因します(元々のマスターに入っている欠落やノイズもそのまま収録)。ご了承ください

TRACKLIST
DISC 1
1. 交響曲 第1番 ハ長調 作品 21
2. 交響曲 第2番 ニ長調 作品 36
3. 《プロメテウスの創造物》序曲 作品 43

DISC 2
4. 交響曲 第3番 変ホ長調《英雄》 作品 55
5. 劇音楽《エグモント》序曲 作品 84
6. 序曲《コリオラン》 作品 62

DISC3
7. 交響曲 第4番 変ロ長調 作品 60
8. 交響曲 第5番 ハ短調 作品 67

DISC 4
9. 交響曲 第6番 ヘ長調《田園》 作品 68
10. 《レオノーレ》序曲 第3番 作品 72a
11. 《フィデリオ》序曲 作品 72b

DISC 5
12. 交響曲 第7番 イ長調 作品 92
13. 交響曲 第8番 ヘ長調 作品 93

DISC 6
14. 交響曲 第9番 ニ短調《合唱》 作品 125

■演奏
マグダレーナ・ハヨーショヴァー(ソプラノ)/ウタ・プリーヴ(アルト)/エバーハルト・ビュヒナー(テノール)/マンフレート・シェンク(バス)/ベルリン放送合唱団/ディートリッヒ・クノーテ(合唱指揮)(以上14)
ベルリン・シュターツカペレ
オトマール・スウィトナー(指揮)

■録音
1983年8月30-9月6日(第1、4、8番)、1982年6月12-19日(第2、9番)、1980年6月23-25日(第3番)、1981年8月26-31日(第5、7番)、1980年7月7-9日(第6番)、1984年9月17-20日(序曲)(旧東)ベルリン、キリスト教会

■Original Recordings
制作担当:エバーハルト・ガイガー(第1、4、5、7、8番、序曲)/ハインツ・ヴェーグナー(第2、3、6、9番)
録音担当:エバーハルト・リヒター(第1、2、4、5、7、8、9、序曲)/クラウス・シュトリューベン(第3、6番)/ホルスト・クンツェ(第4番)
テープ編集:久木崎秀樹(序曲)

■原盤
日本コロムビア=ドイツ・シャルプラッテン共同制作

https://tower.jp/article/feature_item/2022/03/11/1110