音楽を聴く方法が多様化した今、タワーレコードが推奨しているのは高音質盤SACDでの良質なリスニング体験です。この連載ではSACDで聴ける名盤、そしてSACDそのものの魅力をお伝えしています。第4回に取り上げるのはロック史に刻まれる金字塔で、再現ツアーがアメリカで行われていることも話題のイーグルス『Hotel California』(76年)のSACDハイブリッド盤です。オーディオや高音質パッケージソフトに詳しい文筆家の佐藤良平さんが、本盤が生まれた背景なども詳述しながら解説してくれました。 *Mikiki編集部

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タワーレコードのYouTube動画〈高音質のCD? 「SACD」とは《Q&A編》〉

EAGLES 『Hotel California(SACDハイブリッド)』 Asylum/Rhino/ワーナー(1976, 2011)

 

自由とエンターテインメントの国を象徴する物悲しい名盤

このアルバムを紹介するのに多言は無用だろう。アメリカを体現するバンドとしてのイーグルスが生んだ最高傑作であるのみならず、結果的にロック音楽を一度終わらせるという歴史的な大役を演じるに至った。個々のリスナーが下す評価はさまざまだとしても、総合的に見て本作に並ぶインパクトを持ったロック作品は多くない。あまりにも完璧すぎて、イーグルス自身ですら本作の完璧さを超えることは遂にできなかった。

『Hotel California』収録曲“Hotel California”

日本国内での人気もLPリリース当初から非常に高い。太平洋戦争に負けて以後、日本はアメリカに追いつこうと必死に努力したのに、自分たちが目標としてきたアメリカでさえ限界がある。その冷厳な事実を、アメリカ自体が生み出したロック音楽によって、この上もない美しさで見せつけた作品だったからだ。自分たちの祖国が200年かけてたどり着いた物悲しい現実を告発する自虐的な内容にもかかわらず、それをポップ音楽の形で発表して世界規模のベストセラーになり、今日に至るまで多くの人が愛聴している。こんな芸当は、やはり自由とエンターテインメントの国・アメリカしかできないのではなかろうか。

そんな名盤を今なお音楽ソフトでは最高レベルの規格であるSACDの高音質で聴けるのは、リスナーとして大変ありがたい。本稿の執筆時点で『Hotel California』のSACDは日本盤のみであり、輸入盤は存在しない。ワーナーミュージック・ジャパン限定のオリジナル商品なのだ。といっても突然このSACDが発売されたわけではない。ここで話は20年ほど前に遡る。

 

SACD vs. DVDオーディオの全面対決

CDの発売から20年近く経った20世紀の終わり頃、いよいよCD規格の制約が問題になり、レコード業界はCDより高音質の音楽ソフト規格、いわゆる〈次世代CD〉の商品化に向けて動き出した。名乗りを上げたのはソニーとフィリップスが開発した〈SACD(スーパーオーディオCD)〉と、ワーナー・パナソニック・ビクターが中心となって開発した〈DVDオーディオ〉だ。SACDを立ち上げたのはCD規格を策定した企業連合で、16ビットを基盤とするCDとは全く異なる1ビット方式〈DSD(ダイレクト・ストリーム・デジタル)〉を採用した。対するDVDオーディオは、すでに映像ソフト規格として成功を収めていたDVDビデオの延長線上で高音質に特化した音楽専用規格として開発された。こちらはCDの基礎技術を発展させたマルチビット方式(上限24ビット)だ。SACDもDVDオーディオも、高音質の音声をディスクから取り出すには新規格に対応したプレーヤーが必要になる点が共通している。また、CDでは不可能だった5.1チャンネルのサラウンド再生を双方とも可能としていた。

SACDとDVDオーディオの競争は全面対決の様相となり、業界を二分する規格戦争が始まった。ただし、再生用ハードウェアは両方式のディスクに対応できるユニバーサルプレーヤーが多数を占めた。ソフト市場ではEMI系やユニバーサルミュージックが二方式にまたがってソフトを発売する。地域的にはヨーロッパがSACD優勢、北米がDVDオーディオ優勢で、勝負の行方を定める決戦の場は日本市場になると目されていた。

DVDオーディオのソフト供給元の総本山であるワーナーは、自社が抱えるご自慢の音源を次々とリリースする。その中で最大の目玉となったのが『Hotel California』だ。2002年に国内盤が発売されて以後、販売数でこれを超えるタイトルが出なかったほどの桁外れな人気ぶりだった。