朝日に背を向けてガムシャラに走る若者たちのビターで愛おしき物語
明大前、下北沢、高円寺といったモラトリアム気分を育む無風地帯を舞台に、月の裏を夢見ながら禁断の実をほうばる男女をはじめ、理想と現実の挟間でもがく20代をめぐる5年間を描いた小説「明け方の若者たち」。幅広い層に支持されてベストセラーになった本作が、刊行から1年半というスピードで映画化された。北村匠海、黒島結菜、井上祐貴といった確かな実力を誇る役者陣、そして監督は23歳の俊英・松本花奈と、スタッフ&キャストには、活きた青春映画を作るのにこのうえない面子が揃っており、さらなる注目を集めることは間違いない。本作の原作者であり、先だってindigo la Endの最新作とのコラボ小説となる第2作「夜行秘密」を発表したばかりのカツセマサヒコに話を訊いた。
――まずは出来上がった映画に対する率直な感想は?
「原作者という分厚いフィルターがかかっていたから、冷静に観られなかった。いち映画好きとして純粋にこの映画と接しえないことを悔やんでいます。ただ、世界で最も原作を知り尽くす人間として、小説で描かなかった部分が新鮮に目に入るのは幸せだなと。言葉でしか描いていなかった者たちが確実に生命を帯びてそこにいたので」
――カツセさんの分身とも言える主人公を演じた北村匠海の演技はどうでしたか?
「最初の登場カットから大学生以外の何物でもない彼がいて、背負ってしまったスター性をおろしてこんなにも無名の存在になりきれるのか、と驚きました。『東京リベンジャーズ』のあとでよくあんなナヨナヨした役がやれたな、大丈夫なのかな?って心配してしまったほど(笑)。とくに、台詞がないときの演技がすごく良かったです。心の機微を唇の端の動きで表現してみせるところとか本当に絶妙でした。あと、あの目。別れを切り出されるシーンで見せる虚ろ具合も素晴らしかった。フラれたら僕もああいう感じになるから」
――その〈彼〉と恋仲になる黒島結菜については?
「原作では愛嬌で飛び込んでいくタイプの女性を描いたけど、黒島さんはどこか余裕のある女性を演じてくださっていたのが印象的でした。〈彼女〉は謎めいたところも多く、本心はどう思っているのかあまり描かないようにしていたから、そこはお任せするしかなくて。黒島さんも悩んだ、と話されていましたが、〈彼女〉をちゃんと好きになれたからすごいなと思う。この人には勝てんわ、って思わせる魅力がありましたね」
――メガホンを取ったのが、カツセさんよりもひと回りも若い松本花奈監督。蒼さが抜けない登場人物たちが迷いもがきながら日常を駆け抜けていく様子をみごと活写していますね。
「映画では〈青春小説〉の部分を少し深く掘り下げ、ヴィヴィッドに表現している印象を持ちました。小説はもう少しふんわりしているというか、あれほど端的にキラキラしていない(笑)。明け方の高円寺で、昇ってくる朝日から主人公たちが走って逃げるシーンは映画のオリジナルですが、間違いなくハイライトだと思う。明日がやってきて日常に戻らなければいけない、そこから逃避したい気持ちをヴィジュアルに落とし込む発想こそが本作の核なのかなと思いました。小説もそのテーマを背負ってはいるものの、より明確にしたことでモラトリアム期間が延長されている感じが際立った気がします」
――寄る辺ない恋愛に身を投じる〈彼〉と〈彼女〉の状況を示唆する役割を果たすのが、キリンジの“エイリアンズ”。やはり映画においても効果的に使われていました。
「ホント、どうがんばっても楽曲の力には勝てないですよねえ(笑)。歌詞から垣間見られるうまく社会に馴染めていない様子というか、中心からの疎外感といったものがふたりの世界にすごくハマっていて、まるで彼らがこの星から浮遊しているように思えてくる。できるだけ音楽や映像が浮かぶように書こうと、最も推敲を重ねたのが、スマホのアラームで“エイリアンズ”が鳴るシーンだったんです。でも映画を観て、一発で超えられちゃったな、って思いました」
――いま俺たちは世界の中心にいる、と錯覚している恋人たちに対して、君たちがいるのは僻地なのだよ、と水をかけるような歌でもありますね。聴き手の熱を冷まさせるというか、ロマンティックなムードを吹き消すような効果もあって、そこのところが原作でもうまく働いていたように思います。なんとも言えない違和感が残るというか。
「大学に入ってから彼女の影響でサブカルにめざめ、下北沢の小さなライヴハウスに足を運んでインディー・ロックばかり聴いていました。その経験の延長線上で主人公のキャラクターを作っていったんです。〈彼〉は下北沢だとヴィレッジヴァンガードしか行かないし、そこに広がる世界こそサブカルだと思い込んでいるような、そういう空気を捉えたかったんですよね」
――ちょっとマヌケで愚かで不器用な彼らだけど、いつしか何とも言えない愛おしさを感じずにいられなくなる。そこが「明け方の若者たち」のおもしろさであり、不思議な魅力でもある。
「主人公は、フジロックに行っても知っているアーティストがそんないないんだよな~、とか考えるタイプ。で、行っている人たちがカッコよく見えちゃう。僕もフジロックは好きなんですが、彼と同じくどこかコンプレックスが拭えなくって。前夜祭から参加してテント泊まるっしょ、とか聞くと、いや俺はホテル泊まるから、ってなっちゃう。好きなのに馴染めず、対象と距離を感じるのは文学に対しても同様で、純文学から始めたわけじゃないし、有名な新人賞を獲ったわけでもない、少しかじっただけなのに小説がヒットしてしまった、ってことで疎外感を拭えずにいるんです。何をやっても、どこにいても疎外感が付きまとう。この先もそういう感覚とどうにか付き合っていくしかないんだろうな、って諦めに似た感情がこの小説にも反映されていて。その典型例が〈明大前〉。最初から下北沢を舞台にすれば良いはずなのに、少し距離のある場所からあの街を見ている。そんな視点こそがこの作品のすべてなんだろうなと思います」
PROFILE: カツセマサヒコ
1986年、東京都生まれ。大学を卒業後、一般企業での勤務を経て、2014年よりWebライターとして活動を開始。2020年刊行のデビュー小説「明け方の若者たち」(幻冬舎)は9万部のヒットを記録。東京FMでのラジオパーソナリティやファッション誌のエッセイ連載など、活躍の幅を広げ、Twitterフォロワーは14万人超に。2021年、二作目となる小説「夜行秘密」(双葉社)を刊行。
CINEMA INFORMATION
映画「明け方の若者たち」
監督:松本花奈
脚本:小寺和久
音楽:森優太
撮影:月永雄太
原作:カツセマサヒコ「明け方の若者たち」(幻冬舎文庫)
主題歌:マカロニえんぴつ “ハッピーエンドへの期待は”(TOY’S FACTORY)
出演:北村匠海/黒島結菜/井上祐貴/楽駆/菅原健/高橋春織/佐津川愛美/山中崇/高橋ひとみ/濱田マリ
配給:パルコ(2021年 日本 116分 R15+)
©カツセマサヒコ・幻冬舎/「明け方の若者たち」製作委員会
2021年12月31日(金)全国ロードショー
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