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ルーツレスであることを自覚したパーソナルな表現

――ボーカリストとしてはAnswer to Rememberの“TOKYO”(2019年)のようにジャズの難曲を歌いこなしつつ、Black BoboではDTMをベースとしてミニマルかつシネマティックなポップミュージックを紡いでいる。さらにソロでは抽象的な電子音楽からシンガーソングライター然としたピアノの弾き語りまでやっていて、表現が多岐にわたっていますよね。

「人それぞれ、好きな音楽や影響を受けた音楽に幅はあると思うんですけど、私の場合、その幅がさらに広いからこそ、いろんな音楽活動に参加したいし、実際にそうしてきたんです。私の作品のコアにあるのは、幼少期から今に至るまで、一人で聴いてきた音楽だったり、観に行ったライブで勝手に感動して自分のなかで蓄積されてきたようなパーソナルで主観的なものだったりするのかな。

今回の作品は、それを全部詰め込んでいて、他者についてとか、どう見られるかを全く考えずに作ったんです。例えば、ミックスの作業をしている期間に聴いていたのは、クラークの『Playground In A Lake』(2021年)なんですけど、NYのシンガーソングライター、エディ・フロントが2015年に出した唯一のアルバム『Marina』やモーゼス・サムニーの作品からの影響もあるように思います。

自分のなかでの生楽器と電子音の配分は、ベイルートとかスフィアン・スティーヴンスのような一筋縄ではいかないアーティストから受け続けてきたインスピレーションが大きかったりもするし、影響を受けたアーティストを挙げればあまりにキリがないというか、言葉で説明するのは難しいんですよね」

――ただ、今回のアルバム『DREAM LAND』は“埋立地”という曲からはじまりますが、埋立地というのは、つまり、人工的に作られた新しい土地、歴史やルーツがない土地ですよね。だから、ermhoiさんの生み出すフリーフォームでエレクトロニックな表現世界はルーツレスであることが前提となっているように思いました。

「そうですね。私はルーツに憧れを抱きつつ、これまでアイデンティティークライシスに陥ったことがあるかというと、そんなに深い問題を抱えていたことはないんです。日本人の父とアイルランド人の母のもと、彼らが幼少期から育ってきたわけではない山梨の地に生まれた。その土地に根ざしたコミュニティーに属することもなく、家では父が好きなジャズやボサノバ、母が好きなワールドミュージックが流れるジャンルレスな環境で育ったので、学校で友達が、お祭りとかお盆とか自分の家にはない習慣について話したりすることに羨ましさを感じることもありました。

大学時代は、専門は違ったんですけど、イタリアに1年留学したときに現地の民族音楽を知りたくて、いろんな街に行ったんです。そこで民族音楽の演奏やフォークダンスを観たときにすごく憧れを抱いたんですけど、自分にはそういうものがない。でも、自分にはルーツがないからこそ、伝統音楽のような脈々と継承されているフォーマットとかその正当性、順序といったことに関係なく、自分が受けた刺激を自由に表現できるんだなって。そういう認識に立って音楽を作ってきたことが、今回の作品から受け取ってくれたルーツレスな印象に繋がっているのかもしれないですね」

『DREAM LAND』収録曲“埋立地”
 

――言い換えるなら、ermhoiさんの音楽は、ルーツレスであることを自覚したパーソナルな表現であると。

「そうですね。例えば、〈埋立地〉というものをどう捉えるのか。私の場合は清々しい気持ちになるんですね。でも、人によっては人工的でネガティブな印象を持ったり、受け取り方はさまざまだと思うんですけど、そういうパーソナルな世界が深まることで、他の人のパーソナルな世界に繋がったり、重なったりして、共感が生まれるんだろうし、自分の音楽の起点は全部パーソナルなものだと思っているので、そういう表現を恥ずかしからず、プライドをもって提示したいと思っていますね」

――本格的な音楽活動を始めるきっかけとなったジャズバンド、Mr.Elephatsではボーカルとトランペットを担当されていましたが、ソロでは一転して、DTMを駆使して、エレクトロニカやビートミュージック、ノイズ、アンビエントの影響が色濃い作品世界を追求されていますよね。ermhoiさんのなかで、ご自身の表現の軸となる楽器というのは?

「子供の頃からピアノは弾いていたし、自分のなかで音楽がおもしろいものだと気づかされたのは小学生の頃から始めたトランペットだったりするんですけど、私は作品を作る際に軸となる楽器を決めたくないんですよね。ソロの制作では、スタート地点はDTMでシンセサイザーを決める作業から始めるんですけど、その音色が鍵盤系なのかドラム系なのか、あるいはノイズ系なのか、はたまた、声を録ってみるところから始めるのかは毎回違っていて。別に意識して毎回変えているわけではないんですけど、自分はルーティーンがあまり好きではないのか、違うことをやってみようと毎回自然と考えてしまうので、メインの楽器や作曲の軸がないんですよね。

例えば、今回のアルバムだと“Kani”という曲の作り方はシンプルで、最初にピアノのコード進行を考えて、そのうえにメロディーを乗せ、歌詞を付けたものになるんですけど、他の曲ではサンプルの加工から始めたり、シンセサイザーの音色を加工するところから始めたり。“House”ではハープを弾いているんですけど、その演奏のパターンに対して、メロディーをつけて、そのまま録ってみたり、曲ごとのアプローチは本当にバラバラなんですよ」

『DREAM LAND』収録曲“Kani”