2021年12月31日、台湾の音楽プロデューサー吳金黛(Wu Judy Chin-tai)の最新アルバム『萬籟的絮語(Nature’s Whispering)』がリリースされた。吳氏は環境音楽とインストゥルメンタル、民族音楽にフォーカスした作品を20年以上リリースし続けており、2001年の金曲奨では〈ベストプロデューサー賞〉を受賞。これまでに同賞で12回、グラミー賞では共同プロデューサーとして2回のノミネートを果たし、台湾での知名度も高い。
〈自然のささやき〉と題された本作では、吳氏がこれまでのキャリアを通じて採集してきた自然音をベースに、チェンバーミュージックやエレクトロニックミュージックなどさまざまな音楽スタイルを展開。2021年の金音創作奨(GIMA)で〈ベスト電子音楽ソング賞〉を受賞した気鋭の電子音楽家Ń7äや、プユマ族出身・金曲奨受賞シンガーソングライターの陳建年など、客演も豪華だ。
また、吳氏の活動を語る上で欠かせないのが、台湾の老舗レーベルWind Music(風潮音樂)の存在だ。Wind Musicは88年の設立以来、一貫して台湾や中国など東アジアの民族音楽・伝統音楽、ニューエイジミュージック、児童音楽にフォーカスした作品をリリースし続けており、金曲奨受賞作品も多数。90年代前半から同レーベルの制作に関わってきた吳氏にインタビューを行い、そのユニークなキャリア軌跡や、作品にまつわる逸話について語ってもらった。
吳金黛 Wu Judy Chin-tai 『萬籟的絮語(Nature’s Whispering)』 Wind Music(2021)
ツォウ族の伝統歌を録音しに行った経験が私の全てを変えた
――吳さんのプロフィールを見ると〈音楽プロデューサー/作曲家〉に加えて〈フィールドレコーディングエンジニア〉と書いてあったのが印象的でした。どのようなきっかけでフィールドレコーディングを始めたのか教えてください。また、音楽プロデュースとどう組み合わせていったのでしょうか?
「小学校の頃にピアノのレッスンを受けましたが、1〜2年と短期間でした。しかし、成長するにつれ、自分の情熱が音楽にあることに気づき、大学で渡米し、音楽を専攻したんです。演奏力の面では未熟だったこともありますし、台湾で仕事を見つけやすくなるだろうと考え、レコーディングテクノロジーの授業を受けることにしました。しかし、アメリカで学んだのは主にマルチトラックのスタジオレコーディングで、フィールドレコーディングの経験はほとんどありませんでした。
台湾に戻り、幸運にもWind Records(Wind Musicの旧名)に就職します。Wind Recordsがリリースする中国の伝統音楽やヒーリング音楽、宗教音楽、原住民音楽に私はとても魅了されました。というのも、私は西洋式の音楽教育を受けてきたので、台湾(あるいは中国の)音楽についてほとんど知識がないことに気づいたからなんです。
Wind Recordsでの最初の仕事は、民族音楽学者の吳榮順(Wu Rong-shun)教授のレコーディングアシスタントでした。その吳教授と、台湾原住民の部族の1つであるツォウ族の伝統歌を録音しに阿里山に行った経験が、私の全てを変えたんです。
その時、アシスタントプロデューサー兼ローカルガイドとして私たちと行動を共にしたのが、ツォウ族出身の浦忠勇(Pu Jung-yong)でした。ある日、私たちは彼が運転する車に乗り、山の谷へと向かいました。目的地に着いたものの、周りは真っ暗闇で、何も聞こえません。しかし、5分ほど経つと、カエルの鳴き声が聞こえてきたんです。地形によって生み出されるナチュラルリバーブも手伝い、とても美しい音でした。そして、それが私にとって最初のフィールドレコーディングとなりました。とても簡単なことでしたし、音も美しく録れていたので、それ以降、私は本格的に自然音の採集を始めました。
しかし、そこで早速困難に遭遇します。私には生物学や動物学、環境学といった専門的なバックグラウンドがなく、録りたい自然音がどこにあるのか特定することができなかったんです。例えば歌手のレコーディングをするのであれば、まずはその歌手のことをよく知ることから始めますよね。けれど、フィールドレコーディングではそうはいきません。録ってみたいと思う生物がいても、その生態について皆目見当がつかないんです。
これを上司に相談すると、徐仁修(Xu Ren-xiu)という自然環境のエキスパートを紹介してくれました。彼は〈荒野保護協會〉という環境保護団体の設立者でもあります。彼は私に、鳥を録音するのであれば早朝が適していることなど、自然音を録るためのコツをマンツーマンで教授してくれたんです。そこから派生して、鳥やカエル、昆虫などの専門家とも知り合いました。こういった専門家たちが手伝ってくれたこともあり、よりクォリティーの高い自然音を採集できるようになりましたが、その用途については何も考えていませんでした。当時、自然音は今ほど脚光を浴びていなかったので、どうにか一般のリスナーにも聴いてもらえないかと考え、自然音に音楽をつけるようになりました」