ここ数年の日本語ラップ作品を追ってきたリスナーであれば、シーンを騒がせるヒット・チューンの多くに彼の名がクレジットされてきたのを知っているだろう。SIMON“TEQUILA, GIN OR HENNY”やSALU“STAND HARD REMIX”、DJ RYOW“DON'T STOP”などで印象的なヴァースをキックしてきたのがY'Sだ。東京は北区の王子地区で育ち、「中3の時にVHSで観た『さんピンCAMP』」に触発され、ヒップホップにのめり込んだという彼。「17歳のクリスマスに初ライヴをしたんだよね。当時は六歌仙のTONANとグループを組んでいて、俺はソロで横浜のほうにも呼ばれるようになった。そこで、サイプレス上野やTARO SOULらと一緒にDABO君やDELI君の前座をやって」と、その青春時代は常にラップに彩られていた。現場で活動しながら2007年にはファースト・アルバム『YELLOW BLACK』を発表。DABOやBIG-Oといったゲスト陣の名前からも、いかにY'Sが当時からプロップスを集めていたかが読み取れる。
2009年にはEP『INTELLIGENT』をリリースするも、そこから自身の楽曲の発表は長らく途絶えたままだった。いわく、それまでのY'Sは「良い作品は作れたけど、手応えはない」という葛藤の中にいたという。しかし、先述した客演曲がドロップされるごとに、シーンにおけるY'Sの存在感は増していった。
「みんなが(楽曲に)誘ってくれなかったら、もっと辛い5年間だったと思う。焦ってアルバムを出しても、いいことはないだろうなと思ってた」。
そんな葛藤を吹き飛ばすかのように、ついに発表されたのが5年ぶりの新作『LOVE HATE POWER』だ。サウンド・プロデュースの大半を務めるのは、いまや日本屈指のヒップホップ・プロデューサーとも言えるJIGG。Y'Sのキャリア初期から共に制作を進めてきた相手であり、本人も「俺のラップ人生、ずっと彼と一緒にやっていくんじゃないかな」と言うほどの信頼関係で結ばれた盟友である。5年間のチャージ期間を経て、次々と繰り出されるリリックはどれもY'Sの信念を濃く映し出しており、聴けば聴くほどにMCとしての面白みに気付かされる。内省的に自身の家庭環境を語る“Oyaji”や、恋人が部屋を去っていく情景を描いた“I Don't Need Ya...”などはこれまでにはなかった作風だし、一方でOMSB(SIMI LAB)がビートを提供した“Fuc* U”や、同い年のYOUNG HASTLEとKUTS DA KOYOTEを招いた“M.U.D.A”では、現在のシーンに向けてY'Sが思い切り喝を入れる。シニカルで少し毒気がありながらも、嫌みったらしく聴こえないのは「(シーンに対して)キャリアのないヤツが言っても説得力がない。だったら、俺が言ったほうが説得力があるでしょ」という本人の自負によるところが大きいのかもしれない。
また、今回はゲストMCも意外なほどに少ない。先述した同世代の2人以外に名を連ねるのは、同じ王子出身のKOHHにMONY HORSE、そしてまだ弱冠16歳のKiano Jonesという若手の新鋭のみ。「自分の存在意義としても、フレッシュな若手MCたちをちゃんとフレッシュだと認めて、フックアップしたかった。それはずっと思っていたこと」と、ここにも強い意志を滲ませる。
思えばY'Sが作品の発表を控えていたこの5年間は、日本のヒップホップ・シーンが目まぐるしく成長していく過渡期でもあった。いまや確実にシーンを牽引する存在となった彼がリスナーに望むこととは?
「俺だけじゃなく、いまの日本のヒップホップは超おもしろいから、ただ純粋にいろんな音楽を聴いてほしい。そこは声を大にして言いたいね。アーティストは命賭けでやってるから」。
▼Y'Sの客演作を一部紹介
左から、Zeebraの2013年作『25 TO LIFE』(ARIOLA JAPAN)、DJ RYOWの2012年作『LIFE GOES ON』(MS)、YOUNG DAISの2012年作『PLAYLIST』(Carbon Music)
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▼関連作品
左から、Y'Sの2009年作『INTELLIGENT』(YELLOW)、YOUNG HASTLEの2012年作『Can't Knock The Hastle』(STEAL THE CASH)、KUTS DA COYOTEの2013年作『ESCAPE TO PARADISE』(WESTAHOLIC/Pヴァイン)
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