スティーヴ・アルビニのスタジオで名エンジニアと録音

そんな彼女たちのこだわりは、今回『Versions Of Modern Performance』のために用意されたプロデューサーやスタジオのセレクトにも表れている。今作で彼女たちと共同プロデュースを担当したのは、ソニック・ユースやダイナソーJr.ブリーダーズの諸作を手がけてきたジョン・アグネロ。レコーディングが行われたのは、言わずと知れたスティーヴ・アルビニのエレクトリカル・オーディオ・スタジオで、その理由についてギター/ボーカルのペネロペ・ローウェンスタインは「パンクの精神や、私たちの間に生まれているエナジー。スティーヴ・アルビニがこれまでに手がけてきたバンドのことを考えると、彼のスタジオはそういったものを捉えることが出来るように作られていると思う」と話している。

加えて、瑞々しいノイズポップの“Beautiful Song”、ドラムのジジ・リースが「クラシックなホースガール・ソング」という“Billy”には、ソニック・ユースのメンバーのリー・ラナルドとスティーヴ・シェリーが客演で参加。また『Versions Of Modern Performance』以前の楽曲を振り返っても、渦巻くようなウォールオブサウンドの“Ballroom Dance Scene”や、マッカーシー〜初期ステレオラブを彷彿させるノイジーなアートロックの“Sea Life Sandwich Boy”、そして「ソニック・ユース崇拝」と自称するデビュー曲の“Forecast”など、そのサウンドが披露する彼女たちのスタイルは一貫していてブレるところがない。

『Versions Of Modern Performance』収録曲“Billy” 

2020年のシングル“Ballroom Dance Scene”

 

新世代が再生するギターロック/ミュージック

ただし、そうしたホースガールが示す音楽の趣味趣向は、他方で彼女たちの世代や近年の音楽シーンにおいても様々な場面、様々なかたちで散見できるものでもある。例えばロンドンのゴート・ガールウェット・レッグ。同じくダン・キャリーが手がけるNYの新鋭ギースや、アイルランドの次世代を代表するジャスト・マスタード。スネイル・メイルやビーバドゥービーがかき鳴らすエモーショナルなラブソング然り、あるいはミート・ミー@ジ・オルターやピンクシフトといったエモ/ポップパンクやグランジポップのなかにも、ホースガールと共有する何かしらを感じ取ることができるに違いない。そして彼女たちと同世代には、ライオット・ガールの精神を受け継ぐティーンエイジパンクス、リンダ・リンダズもいる。

近年、〈ギターロック/ミュージック〉は新しい世代によって再生が図られていて、その気運のなかで80年代や90年代のインディ―ミュージックは見直されたり新たにクローズアップされたりしている現実がある。例えば『Versions Of Modern Performance』の“The Fall Of Horsegirl”で、ノイズや不協和音にまみれてかすかに聴き取れるつぶやくようなボーカルは、キム・ゴードンの面影を思い起こさせると同時に、ドライ・クリーニングをはじめ新世代のポストパンク勢に指摘されるスポークンワードスタイルの歌唱法〈シュプレヒゲザング(Sprechgesang)〉の系譜に彼女たちも位置付けられることを教えてくれるものでもあるだろう。

 

DIYで構築するローカルなシーンとコミュニティー

一方で、彼女たちの80年代や90年代のインディ―ミュージックに対する思いは、単なる憧れやシンパシーにとどまるものではない。あの時代のミュージシャンが見せた連帯やシーンとしての結束力に倣い、ローカルに根ざした文化全体を称えてリプレゼントすることに彼女たちはとても意識的だ。

例えば“Dirtbag Transformation (Still Dirty)”のミュージックビデオで彼女たちは、ローウェンスタインの弟が参加するライフガード、フリコ(Friko)、ドワール・トロープ(Dwaal Troupe)、ポスト・オフィス・ウィンター(Post Office Winter)といった地元シカゴのバンドのメンバーをフックアップし、自分たちを生み出し送り出したコミュニティーを称えている。そして、そうしたバンドとともに彼女たちは自らショーを企画し、互いの創作活動を支援することでDIYな独自のシーンを構築している。

『Versions Of Modern Performance』収録曲“Anti-glory”“Dirtbag Transformation (Still Dirty)”

ホースガールが選曲したSpotifyプレイリスト〈HORSEGIRL SOUNDS (radio hour)〉。2022年8月10日現在、フリコ、ドワール・トロープ、ポスト・オフィス・ウィンターなど同郷のバンドの曲が選ばれている

ドキュメンタリー動画「Do You Want Horsegirl or Do You Want the Truth?」。ホースガールのほか、シカゴシーンのライフガード、フリコ、ポスト・オフィス・ウィンターらのライブ動画を観ることができる

そうした背景には、ホースガール自身もまた、地元が提供する音楽施設や非営利の若者向けアートプログラムのネットワークを通じてメンバー同士が知り合い、そのなかで楽器の演奏を学ぶとともに、音楽の楽しさや喜びをシェアすることで互いの絆を深める土台を築いていった経緯がある。ちなみに、〈Hallogallo〉なるアート集団がバックボーンとなり、音楽以外にもジンの販売やラジオ番組の運営などを通じてマルチな才能を持つ若いアーティスト同士が網の目のように緊密に結ばれた彼女たちのコミュニティーは、地元で〈ミニ・ロック・アンダーグラウンド〉と呼ばれているという。ジジ・リースはこう胸を張る。「私たちが大人になるにつれて、DIYコミュニティーはシカゴが持つ本当に特別なものだと気付きました。若いシーンがとても盛んで、それが何よりも私たちに影響を与えているんです」。