スコットランド、グラスゴー出身のバンド、ベル・アンド・セバスチャンが、待望のスタジオ作『A Bit Of Previous』を完成させた。99年以来初めて故郷にてフルで制作されたという本作は、キャリア屈指のエバーグリーンでポップな作品に仕上がっている。なかでも特筆すべきは、80年代の音楽からの影響が感じられるメロディーやアレンジ。そこで今回は編集者/ライターの荒野政寿が、収録曲と並べて聴きたいバンドのルーツ=80年代やそれ以前の曲を紹介する。さながら〈『A Bit Of Previous』と80sジュークボックス〉といった具合の内容になったので、最後まで楽しんで欲しい。 *Mikiki編集部
BELLE AND SEBASTIAN 『A Bit Of Previous』 Matador/BEAT(2022)
80sポップからの影響をあらわにした『A Bit Of Previous』
ベル・アンド・セバスチャンのスチュアート・マードックは68年生まれで、80sポップを10代の頃浴びるように聴いて育った世代。インディーロックばかりでなく当時全盛だったヒューマン・リーグやヤズーなどのエレポップ勢、それより少し前に活躍したアバ辺りも好んで聴いてきた人だ。大衆向けポップスを忌避するような狭量さとは無縁で、ゆえに『Dear Catastrophe Waitress』(2003年)ではABCやフランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドを手掛けた超大物、トレヴァー・ホーン(元バグルス〜イエス)をプロデューサーに迎えるというウルトラCもやってのけている。
そんなベルセバの、映画サウンドトラック盤を除くと実に7年ぶりとなるオリジナルアルバム『A Bit Of Previous』は、当初はLAでのセッションが予定されていたが、コロナ禍の影響で実現できず、地元グラスゴーで作ることに。長年使い慣れたリハーサルスペースでのレコーディングは、ウィルス対策の人数制限もあって全員揃って作業するのが困難だったが、少数のメンバーしか来ない状況でも作業を進めたことが、かえってスチュアートの頭の中にあるイメージをあれこれ試してみる上で有効に作用したようだ。
アルバムのタイトル、『A Bit Of Previous』はボビー・キルデア(ギター/ベース)の父親が、息子の過去の交際相手について話す際に言った言葉から取ったそう。過去を一瞥してみたニュアンスも感じられるこのタイトルとどこまで関係があるのかは不明だが、新作はアナログシンセも多用して、これまで以上に80sポップからの影響をあらわにしている。本稿ではそうした傾向の強い曲をいくつかピックアップして、どんなものからヒントを得たのかいちいち想像していこう。
ゴー・ビトゥイーンズのイントロ、オレンジ・ジュースのソウル解釈
イントロのバイオリンが印象的な“Young And Stupid”を聴いて仰天したのは、ド頭からモロにゴー・ビトウィーンズの“Right Here”を思い出させること。3月にNMEに掲載されたインタビューでスチュアート・マードックは“Young And Stupid”について「僕の好きなアルバムのひとつ、ゴー・ビトゥイーンズの『Tallulah』と似たような始まり方をする」と明け透けに発言しているが、その『Tallulah』(87年)の1曲目こそ“Right Here”なのだ。ゴー・ビトゥイーンズはオーストラリアのバンドだが、初期にはポストカード・レコーズからシングルをリリースしたこともある、グラスゴーとは縁の深いバンド。フロントマンのロバート・フォスターの息子は、現在グーン・サックスを率いて活躍中だ。
“If They’re Shooting At You”の歌い出しは、ソウルファンならすぐに気付くと思うが、アイズレー・ブラザーズの大ヒット曲“This Old Heart Of Mine”(66年)とよく似ている。しかし曲のテンポやホーンセクションを用いたアレンジは、オレンジ・ジュースによるアル・グリーンのカバー“L.O.V.E. Love”(82年)に近い感じ。ソウル好きなスチュアートらしい合わせ技、と見た。
オレンジ・ジュースっぽいと言えば、“Prophets On Hold”の16ビート解釈もオレンジ・ジュースの影響を感じさせるが、ここでのアナログシンセの重ね方はヤズーの“Only You”(82年)のようでもある。アルバムのラストに置かれた“Working Boy In New York City”も、エドウィン・コリンズが歌ったらハマりそうな佳曲。やはりグラスゴー出身のベルセバにとって、エドウィンがオレンジ・ジュースで提示したソウルミュージックを咀嚼する術は、今も曲作りのベーシックにあるものなのかも。