新作が届けられるたび、岡田拓郎という音楽家の才能には心底驚かされる。バンド〈森は生きている〉時代から粘り強く続けてきた、ロック/ポップスという枠組みの愛にあふれる刷新は、その都度ファンの厚い信頼を勝ち得てきたわけだが、彼の活動のもうひとつの太い軸として、フリーインプロビゼーション等、〈前衛的〉な音楽への深いコミットがあったことも忘れてはならない。さらに岡田は、多くの他アーティスト作品でのプロデュース/ミックスワークも高く評価されており、実に多面的な顔を持つ全身音楽家だといえる。
これまで、岡田拓郎のそうした様々な側面を一度に視野に収めようとすると、その活動フィールドの広大さもあって、やや困難を伴うものであった。しかし、約2年ぶりとなるこの新アルバム『Betsu No Jikan』では、彼の中に育まれてきた諸々の志向がいよいよひとつの地平へと集合し、他に類をみない恐るべき深度と広がりをもったレコードとして結晶した。これを聴けば、岡田拓郎という音楽家の凄み、そのほぼ全てがわかると断言したい。そして同時に、その底知れなさに改めて慄くことになるだろう。またしても最高傑作をものにした岡田に、じっくりと話を訊いた。

もう一回好きな音楽をやり直そう、素直にやりたいことをやってみよう
――前作『Morning Sun』(2020年)のリリース時にインタビューさせてもらった時、ポップソングにまつわるあれこれに疲れを感じている、と話してくれたと思うのですが、今回の『Betsu No Jikan』は、やはりそういう意識が出発点になっているんでしょうか?
「そんな話もしましたね。『Morning Sun』の前後から〈言語〉的なものに疲れちゃっていました。自分自身の気持ち的な問題もあって……。ちょうどコロナ禍の前くらいから外に出たくないという気持ちが増してきて。カウンセリングを受けていくうちに広場恐怖症とパニック障害の症状が出ているということがわかって、社会活動が思うようにできなくなったタイミングだったんですね。ライブも観たくないし出たくない、みたいな感じで。
その直後にコロナ禍になったから、意図せず強制的な静養期間になったんです。それを機に、あんなに音楽が好きだったのに、なんでこんなに疲れちゃったんだろうっていうところから考え直して、もう一回好きな音楽をやり直そうという気持ちに移っていきました。周りのことを考えずに、素直にやりたいことをやってみよう、と。その結果がこの作品(『Betsu No Jikan』)にまとまったという感じです」
――インスト曲が基軸になっているのも、通常の〈ポップス〉から離れようとした結果なんでしょうか?
「初めはどんなアルバムにするか決めてなかったので、気づいたらこうなっていたという感じです。けど、〈歌があって言葉がある〉という音楽を日本語で生み出すというのは形式上の強い制約があるので、僕はその中でいつもあがきながら作ってきました。それが自分の音楽のアイデンティティーでありながら、どんどん身を削られる作業になってしまっていたんですよね。そういう意味でも、音楽の外側にある〈言語〉ももちろんだけど、音楽の内側の〈言語〉的なものも排除して、とにかく音にフォーカスする、というところが出発点になりました。
初めに作ったのが“Reflections”なんですけど、これは、森は生きているが解散したすぐ後に出来たものなんです。バンド活動のフラストレーションが溜まっていたから、バンドで出来なかったことをやってみようと思って作った曲でした。その時も、〈言語〉からなんとか離れて音楽を作ろうと思っていました。一週間ぐらいかけて自分のインプロに山田光さんにサックスを乗せてもらったり、増村(和彦)※のライブ音源をサンプリングしたり、西田(修大)のギターを入れてもらったり、それをまた編集して曲を作る、みたいなことを2015年の年末にやっていて、SoundCloudにポンとアップしたんです。
その時に、誰かの〈言語〉を借りた誰かのような音楽というより、とても自由な音楽というか、おこがましいけど、ようやく自分の〈言語〉の音楽ができたって感触があったんです。なんだかんだでその後すぐポップスの活動に戻ったのですが、コロナ禍の初期に“Reflections”のデータを引っ張り出したら、〈これ、もう一回できるかな〉と思って。今回収録したものは、それを元に改めて録り直したものです」
音楽は〈言語〉的なものから離れられない
――先ほど言っていた〈音楽の内側の「言語」〉というのは、具体的には歌詞や記号的な音楽の型みたいなものなのかなと想像できるんですけど、〈音楽の外側にある「言語」〉というのは、要するに批評の言葉や、作品が受容されるときに投げかけられる声とかを指しているんでしょうか?
「そうですね。2020年頃まで結構SNSを見ていたので、そこで交わされる言葉に疲れてしまったのもあると思います。この空間、この時代では、音楽自体がどうやっても〈言語〉的なものから離れられないと思いました。
もちろん、これまで自分自身も音楽について誰かと語り合って得るものはたくさんあったし、音楽に関する本や批評から数えきれないほど多くのことを学びました。けれど、パンデミックによって社会の変質が加速していく中で、音楽がより一層音楽的ではない形で〈言語〉的なものに巻き取られていく感覚を覚えたんです。あらゆる場面でも言えると思いますが、言葉を文字通りの意味の言葉として受け取るのは非常に危うい時代だというようにも感じます」
――それゆえの吹っ切れ感みたいなものをアルバムから強く感じますね。〈アンチ〇〇〉ですらなく、初めからそういったものを視野の外に置いて一瞥もしない清々しさ、というか。
「初めて邪悪な気持ちがない状態で制作できたと思います(笑)」
――(笑)。色んなことを二項対立的に捉えて仮想敵を設定して、それに対するなにくそ精神でやるところから抜け出た、ってことなんですかね。
「20代の頃は〈あの音楽には誠意がない〉とか〈こんな音楽、間違ってる〉みたいなことをどうしても考えてしまっていましたが、そういうことにもう関心はないですね……(笑)。僕は10代の頃にロック文化の洗礼を浴びた最後の方の世代だと思うので、無意識のところで、どうしてもそういう思考が抜けなかったんでしょうね」
音楽が水や風、葉が揺らぐような状態になればいい
――既存のスキームの解消ということでいうと、アルバムを通じて、いわゆる〈作曲〉の概念をどれぐらい解体、かつ再構築できるかを実践しているように感じました。通常のポップソング的な〈作曲〉とは違う、曲の〈生成〉をキャプチャーしようとする意識があるように聴こえたんです。イチからコード進行を考えて、メロディーを載せて、アレンジを固めて、みたいなものから離れつつも、どこかで曲の構造自体は担保されていて、完全なフリーインプロビゼーション状態は周到に避けられているのではと。
「実際の制作を進めていくにあたっては、結果的にこういう形になっていったということかなと思います。できるだけ型のようなものから自由になりたいし、あらゆる制約から解放されたいみたいなことは、考えてはいましたが」
とはいえ、〈アナログ的なものとデジタル的なもの〉とか〈コンポーズとインプロ〉みたいな、そういう二項対立的に捉えられがちなものを〈あっちとこっち〉に分けるんじゃなくて、両方の良いところを取ればいいじゃんという考え方が自分の中で定着してきたのはあるかもしれません。
ウェルメイドで完成度の高いポップスを目指す、論理的な裏付けと効率の良さが突き詰められた密室ポップス主義は2010年代に飽和していたと思うんですけど、それを経た2020年代は、自覚的な音楽家ほどそこから自由になっていったと思っていて。考え方も、実際の作り方もそう」
――わかります。
「単純に、当初意図していなかった音が発生してくるというインプロならではの側面があることで、型や手癖から離れられるというのはやっぱり大きいですね。そういう瞬間は、インプロ的な音楽じゃないと実現し得ないというか、むしろ、そのミュージシャンの一番コアな部分が出てくる瞬間でもあるんですよね。それでも出てくる質感や手癖的なものは、シグネイチャーとも言えると思いますし。
一方で、それを録音物として編集していくのも面白くて。やっぱり僕はライブ至上主義者ではなくて、あくまでレコードという録音メディアが好きだから、面白い音楽的瞬間を一枚のレコードに埋め込むことをやり続けたいんだと思います」
――密室ポップス主義的なパラダイムの中で、〈この2つを混ぜ合わせた完璧な構築物を作ろう〉みたいな、コンセプトありきで設計されたものでもなく……。
「さっき出た表現でいうと、〈生成〉されていったみたいな感覚が近いですね。〈アバンギャルドとポップスを混ぜて脱構築してやろう〉みたいなガチガチのコンセプトや、ポストモダン的な方法論とはあまり関係ないと思います。
むしろ、音楽というものが、水とか風とか葉っぱが揺らぐような自然の音……人が手を加えていない、自然がそのまま鳴っている音のような状態になればいいなというのはずっと考えていることで。今回の制作におけるインプロビゼーションというのは、そういう音を発生させる装置という側面で考えていたように思います。
技術的な話をすると、オーディオファイルを自動的に変調させていくプログラムを組むやり方を採用した曲が何曲かあります。例えば、僕のギタードローンとか、あらかじめ録音しておいた水や風の音がプログラムで流動的に変調していくものを聴いてもらいながら、石若(駿)くんにドラムを叩いてもらったり。その後に、そのギターをあえて抜いてしまったり……。だから、一部の曲のベーシックな部分は、実際に自然の音のダイナミズムに依っているとも言えます。〈生成〉という表現は単なる比喩でもないと思いますね」
“Love Superme”が知らぬうちに〈生成〉された
――岡田さんは以前、きっかけとなる音を入れると様々な組み合わせの人為的ではない音楽が自動生成されていくという、自動BGM生成システム〈AISO〉で楽曲を制作されていましたけど、その体験も大きかったんでしょうか?
「それはめちゃくちゃでかいですね。今回の制作にあたって、発想の起点の一つになりました。
〈AISO〉は、AIがまったく使われていないのがポイントなんですよね。膨大な組み合わせのパターンが中に入っていて、きっかけとなる音の作り手自身も想像していなかった音の組み合わせが出てくるんです。例えば、無関係に進行するフレーズが重なり合うと、それぞれのタイミングがちょっと違ったりとか、元は自分の演奏なのに意図しない組み合わせが無数に起こり続けるんです。それによって聞き馴染みのない音楽が生まれる。
とても刺激的な体験で、あの音楽が〈生成〉されていくような感覚をレコードというメディアにいかに落とし込むかということはよく考えていました」
――具体的には、どういう自動変調システムを使ったんですか?
「例えば、“If Sea Could Sing”のギタードローンはピッチシフターやディレイ、フィルターとかが、常にゆったり変化し続けるプログラムを組んでいます。エレクトロニカ全盛期にもMaxのようなソフトウェアが流行ったと思うんですけど、あの感じと言いますか……」
――そこで生成される偶然性に触発されて、人間の演奏も左右されていくわけですね。
「そうですね。石若くんとのベーシック作りを思い返しても、彼はそういう要素に対する瞬発力が凄いんですよ。獲物を狩る動物みたいに面白い瞬間を見つけたら即反応するし、ビートもすごくスポンテニアス。トニー・ウィリアムス並の身体能力というか、とにかく肉体的な反応が演奏にダイレクトに表れている感じで。
もちろん、実際は曲によって微妙に手法は異なっていて、自分の即興演奏のデータに合わせて参加者に演奏してもらったり、一緒に演奏した曲もありますけどね」
――ジョン・コルトレーンの“Love Superme”をカバーしていますけど、オリジナルの構造をなぞっているというより、かなり当意即妙的に、自由に演奏しているように聴こえます。
「あの曲は元々、“Love Superme”のカバーをやるつもりじゃなかったんです。あれは、土取利行とトニー・ウィリアムスみたいなのを同時にプレイしてもらうアイデアだけを持ってスタジオに行って、即興的にビートを演奏してもらいました。それを家に帰ってプレイバックしていたら結果的に“Love Superme”に聴こえてきたぞっていう(笑)。ビートに導かれて“Love Superme”が知らぬうちに〈生成〉されてきた、という感じでした」
カルロス・ニーニョとのバーチャルセッション
――その石若さんはじめ、非常に多彩かつ豪華なゲストが演奏に参加していますね。どういう風にオファーしていったんでしょうか?
「コロナ禍以降、今回の作品でもスティールギターを弾いてくれた鹿野洋平さんとお互い暇でよく電話で音楽の話をしていて、その中で〈今、次のアルバムをこういう感じで作ろうと思っているんです〉という話になったんです。
洋平さんはミュージシャンとしてLAで活動しているので、色んなミュージシャンと繋がりがあって、ネルス(・クライン)やカルロス(・ニーニョ)、サム(・ゲンデル)も近いところにいて、実際彼らに繋いでくれて、ありがたいことに参加してくれることになったんです。基本的にはそういう風に繋がりをたどってオファーした感じですね」
――リモート参加したメンバーへの指示は、ある程度整えた素材をデータで送って、〈この部分で演奏してもらいたいです〉と伝える感じだったんでしょうか?
「そうです。主に僕と石若くんのセッションで曲の骨格は出来ていたので、基本的にはオーバーダブ的な感覚でやってもらいました。で、先方から送ってもらったファイルを聴いて面白いフレーズがあったら、それに合わせてべーシックの時間軸やBPMをいじったりもしました。逆に、もらったファイルに手を入れされてもらったり。それぞれの演奏を送ってもらうたびに、ベーシックのレベルから曲自体が変化していくようなイメージですね」
――特に印象に残っているやりとりがあれば教えて下さい。
「みなさんとても面白かったけど、〈らしいな〉って思ったのが、やっぱりカルロス。こんなご時世だし、リモートで録音するのは承諾してくれたんですけど、〈君達がこのベーシックを録った時の写真を送ってくれ。俺はそれを見ながら演奏したい〉って言われて。ベーシックを録るときに写真なんて撮っておかないから、どうしようとなり……(笑)」
――元のセッションの雰囲気を感じたかったってことなんでしょうね。
「“Deep River”のベーシック録音は、僕とじゅんじゅん(大久保淳也)※のサックスだけだったんですよ。僕の演奏している写真はどうにでもなりますが、じゅんじゅんの写真は全然ないので、彼とはこういう間柄で、こんな人で、こんな服をよく着てて……あとは音から想像してくださいと伝えました(笑)。
そしたら、カルロスがじゅんじゅんのサックスを本当に素晴らしいって言ってくれて。その人力バーチャルセッションのお陰か、カルロスも発奮してくれて、とてもいい演奏を送ってくれました」
細野晴臣との会話から派生し繋がった音楽
――“Moons”に参加している細野晴臣さんとのやりとりも気になります。
「このアルバムを作り出した頃、『ニューエイジ・ミュージック・ディスクガイド』(2020年)の取材を兼ねて、細野さんと初めてちゃんとお話しする機会があったんです。ニューエイジの話を一通りした後、自然と今の音楽の話になって、細野さんがよくおっしゃっている〈みんな1920年代、30年代の音楽を忘れている〉という話題になったんです。自分としても確かにそうだよなと思ったし、戦前の音楽と現代の音楽の繋がりについて考えるようになりました。
その頃、ちょうどブレイク・ミルズの『Mutable Set』(2020年)が出てよく聴いていたんですけど、あの作品には20、30年代の音楽っぽい雰囲気が入っているじゃないですか。ティン・パン・アレー時代のアメリカっぽい音だったり、フォークウェイズのハリー・スミスのアンソロジー(『Anthology Of American Folk Music』)みたいな音楽だったり、そういうのも溶け込んでいる感じ。
僕は気に入った新譜があるとそれに近い昔のレコードを探すのが趣味なんですけど、『Mutable Set』に近い過去の音楽は何だろうと探していて見つけたのが、ジョン・ハッセルの『Fascinoma』(99年)だったんです。あのアルバムにはデューク・エリントンのカバーが入っているんですよね。そういえば、細野さんも『オムニ・サイト・シーイング』(89年)で“Caravan”をカバーしてたなって思い出したり、自分の中で色々と繋がっていったんです」
――ワクワクする話ですね〜。
「さらにこの『Fascinoma』での亡霊的なジャズに近い耳触りの音楽を考えていくと、文脈的には関係ないエチオジャズに近いフィーリングを感じたり。エリントンからの(チャールズ・)ミンガス、サン・ラみたいなラインを聴き直していく中で、ミンガスとエリントンの共演アルバム『Money Jungle』(63年)に入っている“Fleurette Africaine (African Flower)”が変な曲で、ブレイク・ミルズがプロデュースしてたジェスカ・フープ『Memories Are Now』(2017年)に収録された何曲かに近い雰囲気を感じるなあとか思って。
そういうことをやっていると、純粋に音楽を好きだった10代の頃もこうやってワクワクしていたなという気持ちになって(笑)。細野さんとの会話から得たインスピレーションを元に、どんどん興味が広がっていったんです。自分の主観的なディグで派生していったものを今度は自分の音楽の中で繋げていくみたいなことは、今までもやってきたことではありますが」
――なるほど。そういう〈派生〉のきっかけを作ったスペシャルゲストとして細野さんに参加していただこう、と?
「そうです。〈あの時インタビューした者ですが、なんとかやってもらえないでしょうか〉と言って(笑)」
――ログドラムで参加というのがまた渋いですね。
「はじめから是非パーカッションをやってもらいたいなと思っていたんです。ちょうど〈細野観光〉の展示を観たタイミングで、そこに変わった楽器が沢山あったから、あの中から一つ面白そうな楽器を選んで入れてもらえませんか?と頼みました」
――しかし、これだけ個性的な面々が集っているのに、その音から〈feat. 誰々〉を大々的に謳うような山っ気がまったく感じられないのがいいですね(笑)。岡田さんのリスニング遍歴と、その音楽を作ってきた先達への敬意が滲んでいる、というか。
「ネームバリューにおんぶしてもらった感じが出るとすごく失礼になっちゃうし、こういった作り方が正しいのかはすごく悩みました。まあとはいえ、人生一回だけだし、このご時世なので訊いてみるだけ訊いてみようとコンタクトを取っていきました。このことに関してはじっくり考えましたね。時間だけはあったので(笑)」
音楽の〈編集〉の先へ
――音楽内容とともに、録音と編集を並列的に進めていったという話を聞いて想起させられるのは、マイルス・デイヴィス作品におけるテオ・マセロの仕事や、近年高く評価されている80年代から90年代にかけてのトーク・トークの作品※だったりします。それらからのインスピレーションはありましたか?
「大いにあると思います。トーク・トークの存在を知ったのはこの2、3年なんですけど、特に『Laughing Stock』からは大きな刺激を受けました。テオ・マセロもすごくリスペクトしているエンジニアの一人ですね。第一期のエレクトリック・マイルスは、森は生きているの頃からずっと指標としている存在です。細かいエディットで詰めていくというより、2ミックスをバサッと切って、レコード片面の長さに最も適した時間を再構成して繋いでいくようなあの感覚に惹かれます」
――AからBに流れる時間軸に拘束されることなく、大胆に楽曲構造を撹拌していく感じですよね。かといって90年代のサンプリング文化的な、いわゆる〈引用と編集〉的なパラダイムとも違う、もっとプリミティブなエディットのあり方というか。〈雑〉というのとも違うし……それこそ、より〈生成〉的なエディットのありかたと言ったほうがいいのかもしれませんが。
「テオ・マセロや(トーク・トークの)マーク・ホリスの編集技法って、現代音楽的なミュージックコンクレートとサンプリング的なものを対極的に捉えない、両方の中間地点的な感覚があると思うんですよね。流動的な音をレコードのフォーマットに落とし込むために、どう編集を加えたら一番美しいものになるかっていうところに特に意識的な人達じゃないですか。
そういう意味でいうと、ホルガー・シューカイも僕の中でとても重要です。彼のテープ編集がとにかく好きなんですよ。彼の音楽にある肉体性と理知的な編集技法の融合の仕方も指標の一つでした。
Pro Toolsが普及してから20年以上経つわけですけど、その過程では細かくエディットできすぎてしまうことや表現が均一化してしまうことへの反省もあったわけですよね。僕もPro Toolsを使っているわけですけど、Pro Toolsをあくまでクリエイティブな作業の補助として使うところへ立ち返るという意味で指標になったのが、まさにその3人だったと思います」
――さっきの密室ポップス主義の話にも通じますけど、仮に2010年代までをそういう〈エディットへののめり込み〉隆盛の時代だったとすると、この『Betsu No Jikan』は、それを前提としつつも乗り越えようとしている〈ポストエディットミュージック〉の実践としても聴くことができそう。簡単に言えば、パッと聴くと、編集のドヤ感がかなり希薄(笑)。けど、よく聴くと相当に複層的、という。
「エンジニアの葛西(敏彦)さんが、“Reflections”のミックスをやっている時に、〈パッと聞くと、こういう良い感じのジャズってありそうだけど、誰か指揮者がいても生演奏で合わせるのは不可能なアンサンブルだよなあ〉って言っていたんですけど、確かにそんな感じの音楽に育ってきたと思いました。
別にパッと聞き複雑なものにしたいわけでもなくて。惜しみなく編集を加えるけど、あくまでいかに演奏の身体性を削ぎ落とさない形でエディットしていくかを考えていたので、意図せずこういうものになったところもあります。
編集作業自体も結構即興的なんですよ。〈この瞬間、面白いぞ〉というところをピックアップして、〈こっち側の時間に持ってこよう〉とか、そういう作業を直感的にどんどん進めていったんです。時間をかけてとことん整理しようと思えばいくらでもできるんだけど、今回は大枠を形作る大胆な時間軸の編集にはさほど時間はかかってないと思います」
〈別の時間〉が浮かび上がってきた
――まさに、タイトルの〈Betsu No Jikan〉は、そういう別様の時間軸がレコードというメディアに写し取られている作品の性質をうまく表しているように感じます。
「“Reflections”が出来て、〈こういう手法で作ればいいんだ〉って気づいた時、増村に〈アルバムタイトル、何がいいかな?〉と訊いたら、〈そやね~。『Outro Tempo』やな! すなわち『別の時間』や!〉と言っていて、そのまま拝借しました(笑)」
――『Outro Tempo』って、70~90年代のブラジルの電子音楽をDJ目線で収録したミュージック・フロム・メモリーのコンピレーション盤(2017年)の名前でもありますよね。
「そうそう。あのコンピもすごく好きです。昔から自然とやっていたことではあったけど、〈別の時間〉という言葉をもらってから、今回のアルバムならではの時間のあり方にフォーカスしていくのがよりクリアになりましたね」
――〈別の時間〉が浮き出てくるという性質は、直接的に時間軸を操作する先のエディットの話に加えて、各音のトリートメント具合からも感じ取れるように思いました。各音を過剰にトリートメントして、擬似的にまとまりのよい音像を作ることをあえて諦めている、というか。それによって岡田さん自身のギターの音にしても、参加メンバーの演奏にしても、一つの時間の中に凝縮されている感じが希薄なように感じるんです。
「シンプルなEQとコンプだけ軽く使うぐらいで、いつものようにいじりまくるのは避けました。音圧が出るような現代的なミックスもやってみたんですけど、いい感じにまとまるけど、やればやるほど音楽自体が〈小さく〉なってくなっていうのがあって」
――〈小さく〉なるっていうのは、音楽の持つスケール感みたいなことですか?
「そうですね。既存のポップスだったら、パチッと圧縮していくミックスにも理があるとは思うんですけど、こういう音楽の場合は別だなと。そもそも、(ルディ・)ヴァン・ゲルダーだってフェーダーを触りながらそのままテープ録音していたわけだし。あとは何より、素晴らしいミュージシャンが出した音というのは、もう何もしなくても素晴らしいんですよ。これには改めて驚きました」
――あ〜。録った段階でもう完成されているというか……。
「そう。サムなんて、もらったファイルの時点で完璧にあの音がしてましたしね。彼の方でちょっと手を入れているかもしれないけど、結構裸っぽい感じの音でした。ジム(・オルーク)さんもシンセの音色とか、トリートメントもはじめから素晴らしかったです。ネルスも勿論プレイはピカイチで、音色のシンプルさを含めて空手みたいなギターで。って感じで、僕がいじる余地がほとんどなかったのもあります(笑)」
――それもあってか、個人による強権的な作り込みじゃなくて、あくまで〈集合〉によって生まれ出た音楽という感じがして。それもこのアルバムの風通しの良さの理由になっているんでしょうね。
「だから本当は、アルバムに自分の名前をドーンと載せるのにも違和感があるんです。ソロアルバムというくくりで作っている以上、しょうがないんですけどね」
〈日本らしさ〉に向き合わなきゃいけない
――この音楽を聴いていて、リファレンスとしての〈〇〇風〉とか、〈誰々みたい〉といった明確な印象が浮かび上がってこないのも面白い点だと思いました。一方でうっすらエキゾ風というか、特に“Deep River”の音階やアレンジに象徴的に聞かれるように、〈和〉の感覚が練り込まれているとも感じます。これはどこからやってきたものなんでしょう?
「最初に一人で作っている段階では、〈日本人らしさ〉というか、〈日本人のアイデンティティーを探る〉といったことは考えていましたね。この時代、〈日本人的〉〈日本人らしさ〉とか言い出すと、ちょっと危うい領域に入り込む危険もありますけど、本来、そんな後ろめたさなんて感じなくてもいいものですが……。
Pitchforkのはっぴいえんどの『風街ろまん』のレビューを読んで色々考えさせられた部分もありましたね。日本人のアイデンティティーの再発見を『風街ろまん』に読む込むというような内容だったと思うんですけど、外側からの目線で、はっぴいえんどをああいう風に評するのは面白いなと思って。それを今、日本人である自分がさらに捉え返したらどうなるんだろうという興味がありました」
――外側から投げかけられるオリエンタリズムを、自らに引きつけた上でさらにメタ的に表現するという、いわゆる〈セルフオリエンタリズム〉的な発想にも近いですよね。それこそ、細野さんがかつて実践してきたこととも重なる。
「そこはなんとなくは意識していた部分でした。より広い視野で、旋律や和声の面でエチオジャズに感じるシンパシーを自分の中で深く探ってみる、というのもありましたね」
――エチオピアと日本の伝統的な音階の類似性はよく指摘されますよね。
「そういう視点で言うと、日本的な音階自体も世界に多く点在していて、特に特殊なものでもないということに気がつけたり……。
あと、日本人は虫の音を右脳で聞いて、海外の人は左脳で聞く、みたいな俗説があるじゃないですか(笑)。ソースは不明ですけど、そういう自然の音の捉え方とか、日本庭園における鹿威しとか、音響装置としての日本家屋の作りとか、そういうものの中に風流を見出す文化的感覚は、それが実在するのかどうかという思索も含めて、今回の作品の源になっていると思います。
東京の街中って、あんなに雑然とガチャガチャ色んな音が鳴っているのに、みんな情報で頭がパンク状態になることなく自然と歩けるじゃないですか。それも、ある種の文化的な特殊性が絡んでいるのかなと考えたり。街中の無関係な音が乱雑に鳴らされている状態、しかもそれを必ずしもネガティブなものとして捉えない感覚……これはやっぱり日本で作られてきた音楽に少なからず反映されているんじゃないかと思うようになったんです。そういう耳でジャパノイズや日本の50、60年代の前衛音楽を聴き直したりもしました。
良かれ悪しかれ、僕は現在の日本に生まれてしまったわけで、その上でどういう音楽を作ることができるのか、ということに今ちゃんと向き合わなきゃいけないんだな……というのは、強く感じていた部分ですね」
RELEASE INFORMATION

■CD
リリース日:2022年8月31日
品番:PECF-1193
定価:3,080円(税込)
■LP
リリース日:未定
品番:PEJF-91043
定価:3,630円(税込)
配信リンク:https://ssm.lnk.to/BNJ
TRACKLIST
1. A Love Supreme
2. Moons
3. Sand
4. If Sea Could Sing
5. Reflections / Entering #3
6. Deep River
■参加アーティスト
石若駿/大久保淳也/カルロス・ニーニョ/香田悠真/サム・ゲンデル/鹿野洋平/ジム・オルーク/ダニエル・クオン/谷口雄/ネルス・クライン/細野晴臣/増村和彦/マーティ・ホロベック/山田光
LIVE INFORMATION
岡田拓郎 / Takuro Okada New Album「Betsu No Jikan」Release Live

2022年9月27日(火)東京・渋谷 WWW
開場/開演:18:30/19:30
出演:岡田拓郎(ギター)/石若駿(ドラムス)/松丸契(アルトサクソフォン)/千葉広樹(ベース)/増村和彦(パーカッション)
前売り/当日:3,500円/4,000円(いずれも税込/ドリンク代別/オールスタンディング)
チケット発売日:2022年9月1日(木)10:00
イープラス:https://eplus.jp/takurookada0927/
ローソンチケット:Lコード:71968
お問い合わせ(WWW):03-5458-7685
フライヤーデザイン:Toru Kase
https://www-shibuya.jp/schedule/014894.php
