魔法バンドと作り上げた内省のアルバムを経て、次に彼女が向かったのは〈根暗でも踊れる音楽〉。身体性に溢れた『Love Deluxe』には、語り、笑い、愛し合うシンガーの現在が映されている!
陽の部分を表現できそうだなって
日本語にこだわった唯一無二の歌を歌い続けてきたシンガー・ソングライター、優河。近年活動を共にしている魔法バンドの面々――岡田拓郎(ギター)、千葉広樹(ベース)、谷口雄(キーボード)、神谷洵平(ドラムス)と作り上げた2022年作『言葉のない夜に』は、コロナ禍で気持ちが沈み込みがちだった優河が再生への道を歩みはじめたことを宣言する作品でもあった。新作『Love Deluxe』は、それ以来のアルバムとなる4作目。どこか内省的だった前作『言葉のない夜に』に対し、『Love Deluxe』には彼女の〈陽〉の部分が前面に出ている。
「私ってもともとそんなに静かな人間でもないのに、なんで静かな曲ばかり歌ってるんだろう?という気持ちにふとなったんです。前作以降に魔法バンドとの演奏を続けていった結果、構えなくても普段の私をそのまま出せるんじゃないか、私の〈陽〉な部分を表現できるんじゃないかと思えるようになりました」。
昨年のシングル“遠い朝”にはそうした心境の変化がはっきりと表れていた。ヒップホップ的ともいえるシャープなビート感覚と、優河のクールな歌が独特のコントラストを描くこの曲は、これまでの彼女の作品にはないタイプのものだ。
「ビートがある曲を中心に、そこから広がっていくようなアルバムが出来たらいいねと岡田くんとも話していて。ただ、ビートに合わせて熱く歌うのではなくて、自分なりの温度感を保ったまま歌うのが私には合っているのではないかと思いました。“遠い朝”は新作を作るうえでの指標になったと思います」。
具体的に制作が始まったのは昨年の12月半ば。魔法バンドの面々とじっくり作り上げた前作に対し、今回はバンド・メンバーでもある岡田拓郎がプロデューサーとなり、彼の陣頭指揮のもと制作は進められた。岡田は全面プロデュースした柴田聡子のアルバム『Your Favorite Things』が話題を集めるなど、プレイヤーのみならずプロデューサーとしても多忙を極めている。
「今回のアルバムは〈ビートが効いて少し踊れるような〉というテーマがあったので、岡田くんがある程度アレンジを組んでくれた状態から、バンドで音作りを詰めていく、という方法がいいのではないかという話になったんです」。
収録曲中の半数は岡田がトラックを作り、バンドで肉付けしていくというやり方で進められた。そのため、これまでの優河の作品にはなかったテイストが散りばめられているのも本作の特徴だ。なかでも衝撃的なのがニューウェイヴ・ディスコ調の“Love Deluxe”。優河も「岡田くんからのこの曲のトラックが送られてきたとき、えっ、どうしようと思いました(笑)」と当初の戸惑いを語る。
「他の曲が揃ってきた段階で〈もう少しアッパーなものがあってもいいかもね〉という話になったあと岡田くんがこの曲を送ってくれて。でも私はディスコを全然通ってこなかったので、千葉さんに〈ディスコってどんなものがある?〉って訊いたところ、〈いろいろあるけど、優河なりのメロディーでいいんじゃない?〉と言ってくれて。10本ぐらいメロディーを録って、それを岡田くんが組み合わせてくれました」。
また、アフロビート風のリズムが採り入れられた“Don’t Remember Me”も新機軸。都会のムードに満ち溢れた“Tokyo Breathing”でもアフロビート的なビートにクールな歌がふわりと乗っていて、岡田の手腕が発揮されている。
「“Don’t Remember Me”は、自分でシンプルな打ち込みのリズムを作ってたんですけど、岡田くんに渡したらアフロビートになって返ってきました(笑)。私も何が起きたんだろう?と驚きましたね」。
みんなと共に私は生きている
その一方で、“Lost In Your Love”や“Mother”といった優河ならではのメロウネスが発揮された楽曲では、魔法バンドとのコンビネーションの良さも再確認させられる。ひとつひとつの音が優河の声を包み込むかのような優しいアンサンブルは、まさに彼女たちならではのものだ。また、今回は歌詞の面でも違いが見られる。かつての優河の歌には魂を削って言葉を紡いでいるような切実さがあったが、“Petillant”などでは暮らしの風景が軽やかな言葉で描かれる。
「去年の8月ぐらいにちょっと落ち込んでいた時期があったんですよ。その頃に友達の家でワインを呑むことがあったんですが、“Petillant”ではそのときの実体験を歌ってます。友達と大笑いしていたら、悩んでたことも忘れてしまって。心が楽になったし、本当に救われた。あの夜を称えたいと思って書きました」。
この曲が象徴しているように、本作には屈託なく笑う、普段通りの優河の姿が散りばめられている。
「今回の歌詞はパソコンで書いたんですよ。手書きだと綺麗な言葉を書きたくなっちゃうんですけど、パソコンだと友達に話しているみたいにカタカタと軽く書ける気がして。“Don’t Remember Me”なんて笑いながら書きました。そういうこと、あるよねーって(笑)」。
心境の変化の背景には、メンバーや家族、友人の存在が大きかったと話す。
「支えてくれる家族や友人、メンバーがいたことで、〈ここは安心だ〉という自分のセーフスペースを広げることができました。それが人間的な自信にも繋がったのだと思います。歌を歌ううえでも〈いちばん大事なことは声に絶対に乗るはずだ〉という確信があったし、それで今回は力を抜いて歌ってみようと思えたんです」。
優河は本作の資料に〈根暗でも踊れるダンスアルバム〉というコメントを寄せている。実際、これまでの作品では見えにくかった彼女のダンサブルな一面が表れているが、〈陽〉の反対に〈陰〉があるように、本作の根底には悲しみや痛みをなんとか乗り越えようという祈りにも似た感情が横たわっている。ひどく落ち込んでいた友人に向けて書かれた“泡になっても”は、まさにそんな一曲だ。
「いままでの作品がたったひとりで佇んでいる感じだとすれば、今回は周りに誰かがいて、そのなかで生きているという感覚のもとで作った感じがする。ここ数年の私は人と出会うなか、過ごすなかで何かが変わってきたと思うし、これからもそのことを楽しんでいけたらいいなと思っています」。
左から、千葉広樹が参加した蓮沼執太フィルの2023年作『symphil|シンフィル』(B.J.L. × AWDR/LR2)、谷口雄が参加したカーネーションの2023年作『Carousel Circle』(PANAM)
その歌声こそ魔法……優河の歩みを駆け足で振り返る
優河が活動を始めたのは2011年。初期の拠点はピエール・バルー主宰のレーベルが運営していた〈SARAVAH東京〉だった。2015年にゴンドウトモヒコをプロデューサーに迎えた初作『Tabiji』をリリース。谷口雄と千葉広樹はすでに同作から演奏している。2018年の2作目『魔法』から、岡田拓郎、神谷洵平が加わり、リリース・ツアーを機に魔法バンドを結成。2022年の3作目『言葉のない夜に』はモダンな音作りとフォーキーな歌を融合させた傑作として高く評価された。本人名義以外では、笹倉慎介率いるOLD DAYS TAYLORに岡田や谷口らと参加。また、ROTH BART BARON、Soggy Cheerios、Ryu Matsuyamaら多くのアーティストの作品に艶やかな歌声を添えている。 *田中亮太
優河の過去作と参加作を一部紹介。
左から、2015年作『Tabiji』(FIS)、2018年作『魔法』(Pヴァイン)、2022年作『言葉のない夜に』(Yuga)、OLD DAYS TAILORの2018年作『OLD DAYS TAILOR』(Pヴァイン)、Ryu Matsuyamaの2022年作『from here to there』(バップ)
現代日本の音楽シーンに岡田拓郎あり! この10年の軌跡をプレイバック
岡田拓郎の名を世に広めた最初のきっかけが、谷口雄らと結成したバンド、森は生きているの活動であることに間違いない。2014年の2作目『グッド・ナイト』のリリース後、バンドは解散。とはいえ同作で岡田(ら)が示したフォークやサイケ、エクスペリメンタルを横断していく音楽的な豊潤さ、流麗かつ鋭利な演奏は、以降の彼のキャリアを見ても、作家性として血肉化されていると言える。
プレイヤー、プロデューサー、エンジニアとしてこの10年間に岡田が貢献したアーティストや作品は多数で、ここで挙げきることはできない。サポート・ギタリストとしてはROTH BART BARON、柴田聡子、never young beachらにパーマネントに参加しつつ、安藤裕子やodolらのステージでも演奏。プロデュース業では、South Penguin、前野健太、Taiko Super Kicksらの作品/楽曲を手掛け、なかでも今年リリースの柴田聡子『Your Favorite Things』は2024年のベスト・アルバムと名高い。一方では現代音楽家/作曲家である坂東祐大の制作に編曲や演奏で関わっており、話題のアニメ「怪獣8号」のサントラにもクレジットされていた。
本人名義の作品も精力的にリリースしていて、最新作は映画「熱のあとに」のサントラ。歌モノから前衛ジャズ、電子音楽まで作品によって音楽性は異なるが、いずれも妥協を許さぬ精緻なサウンドメイクに岡田拓郎の刻印が打たれている。 *田中亮太
岡田拓郎の関連作を一部紹介。
左から、森は生きているの2014年作『グッド・ナイト』(Pヴァイン)、ROTH BART BARONの2019年作『けものたちの名前』(felicity)、岡田拓郎の2022年作『Betsu No Jikan』(NEWHEAR MUSIC)、柴田聡子の2024年作『Your Favorite Things』(AWDR/LR2)、岡田拓郎によるサントラ『熱のあとに(Original Sound Track)』(NEWHERE MUSIC)
