矢野誠は、あがた森魚、矢野顕子、吉田美奈子、大貫妙子、友部正人、越美晴、石川セリ、ムーンライダーズ、チャクラ、南佳孝、いしだあゆみ、井上陽水、ユニコーン、サニーデイ・サービスなどの作曲、編曲、プロデュースを手掛け、70年代より常に裏方として日本のポピュラー音楽において画期的かつ重要な役割を担ってきた。特に、矢野顕子、大貫妙子、喜納昌吉へ、最初に示唆を与えたのは矢野誠だ。本来なら細野晴臣や坂本龍一などと並び称されなければならないが、そうならないのは世に知られたリーダー作が少ないからだろう。

その矢野誠がボーカル入りポップスアルバムとしては22年ぶりのソロアルバムを発表した。そこで、その作曲と編曲術に心酔しているミュージシャン佐藤優介が、新作『ミライのキオク』について、矢野誠に話を訊いた。 *Mikiki編集部

矢野誠 『ミライのキオク』 MY BEST!(2022)

 

一緒にやり慣れた周囲のミュージシャンたちと作り上げた『ミライのキオク』

──今回のアルバムで驚いたのは、全体を通して演奏自体はシンプルなバンド編成のはずなのに、何か似ている音楽を思い浮かべようとしてもそれが出来なかったことなんです。まずはこの編成についてお話を訊かせてください。

「ひとつは、身の回りにいた人たちということ。ライブのときも指定のフレーズが多かったりするから、一緒にやり慣れてる人じゃないと駄目なんです」

──資料によると、それぞれの楽器は別日に録音されているんですが、ライブレコーディングのような一体感もありますね。今回バンド編成は、ピアノ、ドラム、ベース、パーカッションのみで、ギターレスになっています。

「昔だったら大村(憲司)君がいたんだけどね。周りにいいギタリストが今いないんです。紹介してくださいよ(笑)。

まあ、ギターがいなくても、必要なフレーズは他の楽器で入れるよっていう」

『ミライのキオク』トレーラー

──そういう意味ではピアノが大きな役割を担っていますね。コードも弾いて、カウンターメロディーも弾いてという。それと同じくらい大きいなと思ったのは、パーカッションの存在なんですが。あくまでドラムの補助的な使い方ではなく、もっと対等かそれ以上のものに位置づけられているような感じがしました。

「それは、非常に音楽的なアレンジの話になるけど......いつもインタビューだとそういう話は嫌がられるんだ(笑)。具体的なことよりも、どういうメッセージが込められてるかとか、抽象的な話を欲しがるんだよね、彼ら(インタビュアー)は」

──でも今は、そういった音楽的な部分により興味があると思いますよ。携帯さえあれば音楽がつくれちゃうような時代ですから。

「そうだと嬉しいね。

フレーズの話だけど、これはやっぱり歌メロが主役なんですよ。だから、メロディーを書いてみたくなったというのが最初で。

そういうふうに思っているところに白神(直子)さんが詞を2つくれたから。それがすごく思い切った内容の詞だったんだよね」

 

踊りの文化アフリカ音楽への傾倒

──歌詞が先にあって、作曲は後からなんですね。

「全部そうだね。白神さんの詞は、皆がぼかして言うようなこともはっきり言っちゃうような、そういう思い切った詞だった。

それにすぐ曲を付けたくなって。そういうのをやってみたかったんですよ。論理的に新しいものとか、もう飽きちゃったから。

生理的に気持ちいいかどうかっていうことを考えたときに、歌のメロディーって、いくら試みがあっても、3回目ぐらいで飽きちゃうようなのは駄目なんだ。自然と出て来ちゃったものとの接点というか、それは遺伝子的につながってなきゃいけないんです。

リズムの話だけど、ここではドラムが一番体重を乗せる大きなフレーズをやっていて、それに対してグルーヴメイクするパーカッションのフレーズがある。その2つでセットなんです」

──3連符のリズムが多用されていますよね。

「もともとアフリカの音楽が大好きなんだよ。アフリカは基本的に3連だからね。16ビートでも、彼らは足踏みで踊らないんだよ。一拍の中にどういうフレーズが組み込めるかとか、そういうところに興味がある。

楽器は何でもいいんですよ。ピアノでやる場合もあるし、だから今回は左手で低音を弾くことをあんまりしてないんです。

ドラムに対してのパーカッションという在り方でいうと、アメリカンな、フュージョン的なつくりとは違うんだよね。装飾的じゃなくて、やっぱり2つでセットっていう考え方なんです」

『ミライのキオク』収録曲“ぼくのふね”

──それはミックスでのバランスにも影響したんでしょうか。

「ミックスはもう何回もやり直して......やってるうちにパーカッションの比重が上がってきた(笑)。

要するに、種も仕掛けもあるんですよ。音楽をつくるってことはね。すべてのフレーズは機能的に歌のメロディーのどこかにはまってるんです。スタンドプレイはない。すべて歌からきている」

──アフリカ音楽への傾倒はいつから?

「70年代から好きだった。ただ当時はどうやったらいいかわからなかったんだよね。わからないけどワクワクするというか、うねりみたいなもの、それも電気的に誇張するんじゃなくて、すごく自然でね。

彼らは1000年も2000年も前から数学遊びをやってたわけでしょう、踊りながらね。下手な人だと大きいビートでしか踊れないのよ。

でも日本も最近やっと変わってきたよ。フレーズを追う聴き方をするようになってきた。韓国のBTSなんかがそれに拍車をかけたような感じがするね。ダンスを突き詰めるというか。あれは踊り子の文化だから、ほとんど民族的なものなんだよね」

 

僕は洋楽しかできない

──ローカルを突き詰めればグローバルに達するということですね。さっきの遺伝子的なものでいうと、矢野さんにとってそれに値するものは何なんでしょうか。

「ひとつは、やっぱり僕は洋楽しかできないのね。子供の頃から好きだったのはクラシックやジャズで、歌謡曲とか演歌とかの素養は元々なかったんです。一生懸命やろうとしたけどね(笑)。

70年代からアレンジャーとして、南沙織とかいしだあゆみとかいろいろやったけど、いしだあゆみの“しあわせ”(72年)なんて今聴くと完全にフレンチポップですよ。全然歌謡曲になってない(笑)」

いしだあゆみの72年作『ファンタジー』収録曲“しあわせ”。編曲は矢野誠

──アレンジはもともと独学だったんでしょうか。

「勉強らしいことはしてないね。耳だけ。何でも聴いてたね。クラシック、ジャズ、次にビートルズ。

クラシックだって耳からしか入れてないから。ラヴェル、ドビュッシー、サティ、あとはフォーレが大好きだった。そこからビル・エヴァンスを通してジャズにもいけるでしょ」

──ジャズとクラシックがお互いに影響を与えていた時代ですね。

「そう。ラヴェルとビル・エヴァンスなんて音使いが全く同じだからね。フォーレからサティへいくのだって、相当ポップだよ。サティの、あの同じコードの繰り返しなんていうのはポップスとしか言いようがない。あと、もっとルーツ的なところでいえば、やっぱりバッハだね」

 

僕のメロディーは出会った人みんなからの贈り物なんだ

──さっきの歌に対して機能的に組み上げるというところでいうと、バッハなんかは徹底してそうですね。右手だけじゃなく、左手のメロディーとの関係性こそ大きいというか。

「そうなの。どこか我慢してるというか、制御してる感じ。あくまでも規格的っていうところを外さない。出て来ちゃったよ、っていうところはひとつもない。だけどすごく自然な、情緒的なものに聞こえるんだよ」

──機能性を徹底していくと、むしろ情緒的なものが見えてくるという。

「建築とも似てるよね。だから、やっぱり遺伝子的につながってるんだよ。僕の書くメロディーっていうのは、出会った人みんなからの贈り物なんだ。

今回、否定的なものはないんです。全部肯定しかない。聴いてくれる人に寄り添おうと思った」

──それは作曲の段階から考えていたことなんですか。

「今回はね、人に好かれたいと思った。今まであんまりなかったんだけどね(笑)。人に聴いてもらうっていうことをより意識した」

──なるほど。さっき伝統のことをお訊きしたのは、僕はこの音楽を聴いて、国籍がよくわからないと思ったからなんです。

「それはパーカッションの音色による部分が大きいんじゃないかな。役割としてはどんな楽器でも成り立つものなんだよ。ギターでもよかったんだ」

──でも、ギタリストには恵まれなかった(笑)。

「もしギターだったら1小節のパターンでも、16分(音符)の裏を強調的にやってもらう。飽きないようなワンフレーズを指定してね。ただ、パーカッションって軽く動けるんだよ。ピアノだとハンマーだからちょっと重いんだけど。

それから、もうひとつあるのは、僕のアレンジャーとしての明日へのテーゼ。アイデアの贈り物、こういうものもあるよっていう。それはさっきのBTSとか、ジャニーズでもいいんだけど(笑)、16分のビートは最近よく聴くようになったけど、3連ものはまだあんまりないから。もっとやったらいいのになと思う」

 

〈遠くへ行きたい〉が自分のテーマかもしれない

──もうひとつこのアルバムの特徴として、演劇的な部分がありますよね。作詞家も歌手も複数いて、代わる代わるに歌い継いでいく。谷川俊太郎さんの詩による“ひとりひとり”で、ついにボーカリストが3人揃うところが感動的なんですが、そういった構想は最初からあったんでしょうか。

「最初に(ひらた)よーこさんとリハーサルをしていたときに、みんなが最後に出てきて大団円みたいになったら面白いかなっていう、思いつきだよね。

そういう演劇的な部分と関係しているかはわからないけど、今回の原点はやはりメロディーと、それに詞がちゃんと届いているかということなんです。

メロディーを書いているときに思うのは、僕はどこまで遠くへ行けるかなということをずっと考えてきた気がする。70年代に松本隆やあがた森魚と一緒にやってた頃なんて、気の向くままやっていただけで。それから歌謡界からアレンジの仕事が舞い込むようになってくると、〈俺ってアレンジャーなのか〉と思い悩んで(笑)、ふっとイギリスに逃げ込んだりしてね。

遠くへ行きたいという気持ちが、自分にとってずっと続いているテーマなのかもしれない」

 

作品は自分のためにあるものじゃない

──テーマで思い出したんですが、今回アルバムの半数の曲の中で同じコード進行を使われてますよね。

「おお、それを言われたのは初めてだよ。実はそうなんだ」

──Cメジャーのキーでいう、〈Am-C-G-F〉っていうのが何度も出てきますよね。これが今回ある種のモチーフというかテーマを担っているのかなと思ったんですが。

「当時気に入ってた進行だったんだけど、そればっかりになっちゃったんだ。まずいよね(笑)」

──テーマ的に反復されることで、それが演劇的な部分にも影響しているような感じがして、すごく面白かったんです。

「捨て身なんだよね(笑)。でも、そういうところもお客さんが面白がってくれれば嬉しいなと思うんだ」

──その捨て身になれちゃうっていうのは、今すごく大事なことだと思います。

「作品っていうのはやっぱり自分のためにあるものじゃないから。僕らの音楽教育ってそういうふうには教えられてこなかったでしょ。なんでも個性を大事にというけど、協調性をなくすとこまでいっちゃうと危険なんです。深いところで普遍的な部分がないといけないんだよね。

遠くへ行きたいっていうのは、実はそういう意味でもあるんだよ」

『ミライのキオク』LPトレーラー

 


RELEASE INFORMATION

矢野誠 『ミライのキオク』 MY BEST!(2022)

■CD/配信
リリース日:2022年11月23日
品番:MYRD150
価格:3,080円(税込)

TRACKLIST
1. SUNSUN太陽だけ
2. 海
3. ミライのキオク
4. ぼくのふね
5. 今ここにいる
6. そろそろ日が暮れる
7. 影野原
8. 辻風
9. ひとりひとり
10. ねむり海の子守唄

■LP
リリース日:2023年3月22日(水)
品番:TBV-0045
価格:4,180円(税込)

TRACKLIST
Side A
1. SUNSUN太陽だけ
2. 海 
3. ミライのキオク
4. ぼくのふね
5. 今ここにいる

Side B
1. そろそろ日が暮れる 
2. 影野原
3. 辻風
4. ひとりひとり
5. ねむり海の子守唄

プロデュース/アレンジメント:矢野誠

矢野誠:ピアノ/キーボード
ひらたよーこ:ボーカル(1, 4, 7, 8, 9)/コーラス
狩野和世:ボーカル(2, 5, 9)
白神直子:ボーカル(3, 6, 9, 10)/コーラス
関根真理:パーカッション
大光亘:ドラム
近藤零:ベース
録音/ミックス/マスタリング:水谷勇紀

 


PROFILE: 矢野 誠
作曲家、編曲家、プロデューサー、ピアニスト。70年代初めより、鈴木慶一、細野晴臣、松本隆、筒美京平らと活動。72年、いしだあゆみ、南沙織、ブレッド&バターなどの作・編曲者としてデビュー。以降、喜納昌吉、吉田美奈子、矢野顕子、南佳孝、石川セリ、あがた森魚らを手がけ、新たな音楽シーンを開拓。井上陽水、ムーンライダーズ、ユニコーン、サニーデイ・サービスなど、多くのアーティストのアレンジ・プロデュースを手がける。90年よりソロ活動を開始。