13人で改めて振り返ってみる、膨大な名曲を積み重ねてきたグループのヒストリー

 結成から数えて足掛け8年もの歳月を通じ、膨大な楽曲を世に出してきたGANG PARADE。創設時のプラニメ~POPから分裂時のGO TO THE BEDS/PARADISESにまで及ぶそのレパートリーを現体制で網羅すべく、5月には25曲入りの『WELCOME TO GANG PARADE』、7月には66曲入りの『WELCOME TO GANG PARADE (DELUXE EDITION)』として配信限定アルバムがリリースされ、過去曲の13人ヴァージョンが続々と披露されてきました。それと並行して6月には〈ギャンパレ楽曲総選挙〉が開催され、ファン投票で上位を記録した楽曲のみを披露するファンクラブ会員限定ツアー〈津々浦々愚連隊大行進〉が開催されたのも記憶に新しいところです……が、名曲はまだまだある!ということで、ついに全137曲を収録した『WELCOME TO GANG PARADE (COMPLETE EDITION)』がこのたび配信スタート。プラニメ名義のデビュー曲から最新シングル“Priority”までがコンプリートされ、これにて既存の全曲が13人ヴァージョンに生まれ変わったことになります。さらには各グループのライヴ入場曲“GANG PARADE SE”“GO TO THE BEDS SE”“PARADISES SE”も初音源化。今回はそのリリースを記念して、グループの歴史も絡めつつメンバーそれぞれの楽曲への思いを時系列で深堀りしてみました!(取材は9月末に行いました)

GANG PARADE 『WELCOME TO GANG PARADE (COMPLETE EDITION)』 ワーナー(2022)

 

イントロだけで記憶が甦る

――先日の〈楽曲総選挙〉をきっかけに、新旧の遊び人(GANG PARADEファンの総称)だけでなく、メンバーの皆さんも過去曲に改めて触れる機会になったと思います。まずプラニメ時代の曲ではデビュー・シングル“Plastic 2 Mercy”(14年9月)が3位、そのカップリングの“too misery”が2位に入りました。

ヤママチミキ「“too misery”がやれたのは嬉しかったですね。自分がファンの立場で聴いていた曲をこの13人で披露できて、お客さんがそれを楽しんでくれているっていうのが、ホント奇跡みたいでありがたかったです。いや~、マジで良い曲なので」

月ノウサギ「ちょっとオタクを感じる(笑)。“too misery”は私もやったことがなくて、〈伝説のポケモン〉みたいな曲だったので、FCツアーでやっとできて嬉しかったです」

――もともと2人時代の曲なのに、大人数でも映える雰囲気ですよね

ミキ「そうなんです。明るい感じがより伝わりやすくなったし、振付けも13人に合うなって思いました。お客さんが一緒にピースしているのも凄く可愛くて(笑)」

――プラニメ曲だと“UNIT” (15年1月)のカップリングだった“盗られそう”も久しくやられていない印象です。

キャン・GP・マイカ「私の加入当時はスタメンだった記憶があるんですけどね。最近のギャンパレはハッピー要素が多めだけど、こういう入り込める憑依系の曲も13人でやったら凄い迫力なんじゃないかなって思います」

ユメノユア「体制が変わるごとに見せ方が変わってきた曲だから、13人だとどうなるかワクワク感はあるよね。43位に入って、意外と上のほうだし」

ミキ「プラニメは2人なのに凄く迫力があったので、それを超えられるものにしたいですね」

――で、プラニメからPOPに変わってのアルバム『P.O.P』(15年8月)からは、7位の“NEON”を筆頭に、10位の“who am I?”、11位の“pretty pretty good”と上位の曲も多かったですね。

チャンベイビー「“pretty pretty good”はオーディション合宿の候補生としてキャ・ノンと一緒にやったんですよ。その時は2グループに分裂していた期間だったし、まさかノンと同じグループになるとは思っていなかったので。そういう意味でも思い入れはあるし、ライヴでも全力でやれるので好きです」

――加入前の曲でも思い出があるのはいいですね。

月ノ「私が加入前の曲だと“fly away”と“Lonely lonely lonely”だけはまだライヴでやったことがなくて」

ココ・パーティン・ココ「“Daydream”もやってなくない?」

月ノ「お客さんの前では披露してないけど、FCの企画でナルハとやったことがある」

ナルハワールド「そう、私もやりました」

――その後POPではシングル“Happy Lucky Kirakira Lucky”(15年12月)が出て、“Alarm”がカップリングでした。

ユイ・ガ・ドクソン「“Alarm”はがんばらなきゃって思った時に聴いたりしますね」

カ能セイ「聴いていると楽しくなるし、私も元気を出したい時にけっこう聴いています」

月ノ「“Alarm”は私がライヴで1回やったことあるぐらいですね。学祭で」

テラシマユウカ(ユユ)「覚えてる、ちょうど4年前の11月」

ユア「神奈川工科大の学祭イベントじゃない?」

――みんなよく覚えてるものなんですね! POP名義の最後が“QUEEN OF POP”(16年3月)とカップリングの“走る!!”です。

ユユ「“走る!!”はホントにヤバい……(笑)」

ミキ「みんながちょっとしたトラウマを抱えてる曲です(笑)」

ドク「練習中に(カミヤ)サキちゃんの〈ワン・ツー・スリー〉っていうカウントがこだまして……」

ココ「カウントずれのところがなかなかうまくできなかったんですよ。難しかった」

ユア「凄いよね、6年ぐらい前なのに、いまでもサキちゃんの声が頭から離れない(笑)」

月ノ「私は〈REBUILD TOUR〉でパンストを被る前の曲が“走る!!”で、ずっと震えてたのをすっごい覚えてる(笑)」

ユユ「“走る!!”の後にコントやったからな」

月ノ「そう、私もトラウマ曲なんだよ、ある意味(笑)」

ココ「でも“走る!!”には凄いところがあって。白いサイリウムを自分たちで振りながらやっていた唯一の曲なんですけど」

ミキ「最初の頃は自分たちだけが振っていて、お客さん全然振ってくれてなかった(笑)」

ココ「そう、そこから白い初代のバンドライトが生まれたので、進化の始まりの曲なんですよ」

ユア「お客さんにも付けてもらうにはどうしたらいいか試行錯誤して、メンバーカラーのバンドライトが出来たんだよね」

マイカ「“走る!!”がなかったら、もしかしたらメンバーカラーもなかったかも」

ユア「けっこうターニングポイントな曲だった(笑)」

ココ「やっぱりカラフルなほうが、遊び場感あるからね」

――その後の“WE ARE the IDOL”(16年7月)から再改名してGANG PARADEになります。

セイ「“WE ARE the IDOL”はもともと好きだったけど、最近の秋ツアーでも披露していて、ライヴ中にちょっと泣きそうになります。自分がアイドルをめざしたきっかけとか、いろいろ思い出して」

ミキ「良い歌詞だからね。ライヴ中は誰かがパンスト被っているけど(笑)」

ドク「パンスト曲として帰ってきたの、凄いよな」

――カップリングはミキさん作詞の“これはきっとaventure”でした。

ミキ「私が初めて作詞した曲です。楽しい曲なので、楽しくできたらいいなと思って」

ユア「“LOVE COMMUNICATION”が出来てから、タオル曲がそっちになって、寂しいよね(笑)」

マイカ「夏に海の家とかでサウナ状態でやっていた記憶が強い」

ココ「私が加入してからお披露目までの1か月、当時の4人のライヴ映像を観て練習してたんですけど、その練習漬けの日々を一瞬で思い出すのがこの曲なんです。イントロでめっちゃ記憶が甦る(笑)。またやりたいな」

ミキ「9人時代に城島高原でやった時のがホントに楽しくて」

ユユ「それな、わかる」

月ノ「一周回ってグッとくる。映像観てホント泣いたもん、この前」

ココ「泣いたよね」

ドク「あの全力な感じね」

ミキ「いまならあの時の楽しさを超えるものができそうな気がするので、またいつかやりたいです」

――そしてマイカさんが加入した4人体制でのアルバム『Barely Last』(16年11月)が出て。同作からは“ISSIN ITTAI”をFCツアーでやられていましたね。

ココ「はい、FCツアーでは下位の曲を順番にアンコールで披露したので、121位だったこの曲も13人でやることができて」

ユア「改めて13人でやってみて、“ISSIN ITTAI”の魅力をより引き出せた気がします。当時よりも曲が輝いている気がした(笑)」

キラ・メイ「FCツアーで1回しかできなかったのが悔やまれる。もっとやりたかった」

アイナスター「けど、その1回でもう全員が手応えを感じたよね(笑)」

月ノ「逆に当時からやっていた6人の、〈こんなに良い曲だったっけ?〉みたいな反応がおもしろかった(笑)。私は昔から好きで、ずっとやりたいって言っていたのに」

マイカ「曲がキラキラしすぎていて、うちらが追いついてなかったのかもしんない(笑)」

ユア「そんな発見もあるFCツアーでしたね」

――同作からだと、6位に入った“don’t forget me not”もFCツアーで披露されました。

ココ「そのまま秋ツアーのセトリにも入ったのやばいですよね」

ベビ「これもライヴで好きな曲の1つです。あの振付けが楽しい」

マイカ「私が初めて振りを作った曲」

ドク「そう、でっかい紙にフォーメーションを描いてきてくれたやんな」

マイカ「ホント? 覚えてない」

ユユ「紙が大きいわりにスカスカやった(笑)」

ミキ「マイカ、めっちゃ小さく描くから」

マイカ「でも振付け作った時のことはめっちゃ覚えています。サキちゃんが〈やってみる?〉って言ってくれて、遠征先のホテルの部屋で悩み尽くしました。サキちゃんに助けてもらって完成したんですけど」

ココ「いまライヴしていても、〈ドンフォゲで泣いちゃった〉みたいな感想を言われることがけっこう多くて」

月ノ「分裂中に知ってくれた人や最近ギャンパレ知ったっていう人でも、この曲が好きっていう声が多いし、ずっと愛される名曲だなって思います」

マイカ「歌詞がいいから」

ユア「ありがとう(笑)」

――14位に入った次のシングル“WINTER SONG”(16年12月)も含めてですけど、この時期の曲は寒い季節を思い出す感じがします。

ココ「めっちゃあるかも。確かに秋冬のイメージが強いですね。あと、『Barely Last』の曲だと、“Barely Last”には凄く思い入れがあります。アルバムが出たのと私たち3人が加入して7人になるタイミングがほぼ同時期だったんですけど。その年末に大阪で〈MAWA LOOP2016〉に出た時に、BiSHの出演もあったから渡辺(淳之介:WACK代表)さんもいたんですよ。それで私たちのステージも袖から観てくださっていて」

ユユ「心斎橋SUNHALLやったかな」

ココ「で、“Barely Last”をやった時に渡辺さんが何かウルウルしているように見えて。この曲が好きってずっと渡辺さん言っていたし、ワンマンのセトリを考えてくださった時はほぼ“Barely Last”が入っていたんですよ。だから、また13人でもできたらいいなっていうぐらい、けっこう思い入れが強い曲というか、思い出深い時期の曲です」

ドク「そやな。あの日の光景を思い出すとがんばろうって思える」