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 4曲目はジェームス・ブラウン“アイ・ガット・ザ・フィーリン”(『アイ・ガット・ザ・フィーリン』1968年)。「普通に聴いているとリズムがズレるんですよ」と切り出した坪口は、「ファンクだとずっと4拍子だと思いがちだけど、実は8分の7拍子が入っている」と指摘。これを受けて冨田は「僕は最初、演奏がヨレて16分音符が1個なくなったのかと思っていた」と明かしつつ、ランディとマイケルのブレッカー兄弟による楽曲(作曲はランディ)“サム・スカンク・ファンク”(1975年)のブレイク部分を引き合いに出して「彼ら(ブレッカー兄弟)は明らかに譜面上で音符を1個足りなくしていますけど、もしかしたらそういう〈ファンクの伝統〉から来ているんじゃないかと、坪口さんの本を読んで思いました」と推察した。

 さらにトークは単行本未収録の楽曲解説へ。5曲目はビョーク“ヒューマン・ビヘイヴィアー”(『デビュー』1993年)。ブルースなどに見られるように通常はメジャーのコードやベースにマイナーのメロディを乗せることが多いが、この楽曲では「下がマイナー、上がメジャーになっていて、その時点で〈おや?〉って思うんです」と坪口。続けて「しかもビョークはここから歌い始めるんですよ」と、エオリアン・スケール(自然短音階)のメロディが登場することを分析し、「北欧のジャズではこうしたエオリアンの音使いがよく聴かれる」と語った。すると冨田は「歌い出しのFの音は尋常じゃないと思いました。音符的には半音のズレなんですが、絶大な効果を引き起こしている」と指摘し、「最初に聴いたとき、全く別のトラックを聴きながら歌を録音して、そこに違うキーのトラックをつけたんじゃないかと思ったんですよ。そのぐらい違和感があるのにカッコいいという衝撃」と明かした。

 6曲目はハービー・ハンコック“サコタッシュ”(『インヴェンションズ&ディメンションズ』1963年)。「ここまでアフロなアンサンブルを行なっているジャズ作品はあまりない」と評した坪口は、3拍子と2拍3連の交差について〈キリマンジャロ〉というワードを例に説明。「語感からは〈キリ・マン・ジャロ〉と3拍子のアクセントが感じられますが、スワヒリ語の〈キリマ=山〉〈ンジャロ=輝く〉という意味を踏まえると、〈キリマ・ンジャロ〉の2拍3連になる」と解説し、来場客も交えて手拍子や足踏みでクロス・リズムを実演した。

 計6曲の楽曲解説を終えると、来場客からの質問や感想を受け付けつつ、話題は坪口と冨田それぞれが歩んできた音楽活動を振り返るエピソード・トークへ。中学・高校時代にバンドを組んだ話や、自宅で多重録音をして遊んでいた話など、同世代でもある2人ならではの思い出話に花が咲いた。

 そうした中、大学時代にジャズ/フュージョンやAORが好きだったという冨田は、卒業後の80年代後半にサポートでギターを弾く仕事を始めたものの、「その頃の日本のポップスはジャズ/フュージョンやAORとは無縁の世界でした。どちらかというとニュー・ウェイヴやブリティッシュ・ポップの音が主流で」と回想。坪口も「それは感じていました」と同意し「87年頃に東京に出てきて、いかにジャズ/フュージョンを拭い去るかという人生が始まった気がする。ニュー・ウェイヴやワールド・ミュージックのブームが来ていたから」と振り返った。

 これに対し「だけどやっぱり90年代以降、ヒップホップで過去の音楽が参照されるようになっていく。そこからジャズ/フュージョンやAORの好みを活かしていけるようになっていきました。ちょうど僕がアレンジやプロデュースを始める頃なんです」と冨田が続けると、坪口は「僕の中でジャズ/フュージョンを解禁していいんだとなったのは、ジャミロクワイの登場とドナルド・フェイゲンの『カマキリアド』(1993年)でした。ナインス・コードが復活してきて、〈好きだったらやりゃいいじゃん〉と思った」と打ち明けた。

 その後、冨田が「坪口さんウェザー・リポートがお好きだと思うんですけど、ファースト・アルバムから好きですか?」と質問を投げかけると、坪口は「実は多重録音作品の『ミスター・ゴーン』(1978年)が一番好きなんです」と告白。冨田は思わず「本当ですか! 僕も『ミスター・ゴーン』は好きです。世間的には失敗作と言われていますが」と共感した。坪口によれば『ミスター・ゴーン』は「なんでこうなっているのか分析するのが難しい」アルバムだそうで、一方で『神曲のツボ!』は「ちょっと変わってる、普通ではないことが起こっている、ということがビビッとアンテナに引っかかる楽曲ばかり取り上げていて、いわば〈珍曲のツボ〉です。つまり〈ここが普通ではない〉というふうに説明しやすい」とのこと。これに冨田も「『普通はこうだ』と提示できる方が違いがわかりやすいじゃないですか。けれど『ミスター・ゴーン』の普通は何かと言われても、わからない(笑)」と付け加えた。

 最後に坪口は「死ぬまでに渾身のフル・カヴァー・アルバムを作るとしたら『ミスター・ゴーン』ですね。ジャケットの雰囲気も含めて。それぐらい大事な作品なんです」と今後の目標も掲げていた。