「あえてシンプルなスタンダードを、しかも誰もが知っているポピュラーなナンバーばかりを集めたわけだから、過去の名演と比べられることは避けようがない。それに耐え得るプレイヤーじゃなければ、スタンダード集なんて出しません。平倉初音にはそれだけの力がある。ぼくはそう考えているんです。むろんプレイヤー側にも覚悟が要る。こんなシンプルなスタンダードでアルバムを1枚作るなんて、よっぽど腹を括ってなきゃできません」。

日本ジャズの活力を伝える〈Days of Delight〉のファウンダー/プロデューサーである平野暁臣は、こう力をこめる。設立5年目に入った同レーベルからの新年第1弾は、24歳の気鋭ピアニスト、平倉初音のアルバム『Wheel of Time』。戦前の楽曲を取り上げていることから、タイトルには〈ジャズ100年の歴史が今につながって、これからも続いていく〉という意味がこめられている。80年代から活動する池田篤、井上陽介とのドラムレストリオで、“Days of Wine and Roses(酒とバラの日々)”、“I Got Rhythm”、“Body and Soul”、“Stardust”、“Summertime”といった大有名曲に、新たな息吹を加えている。

ジャズシーンに彗星のごとく現れた平倉初音とは、いったい何者なのだろうか? さっそくインタビューへと進もう。

平倉初音 『Wheel of Time』 Days of Delight(2023)

 

中学生にして審査を通過、大西順子に師事した10代

――最初にバイオグラフィー的なことをうかがいたいと思います。4歳でクラシックピアノを始めて、10歳からジャズも演奏するようになったのでしょうか?

「実は、10歳になって急にジャズを始めたわけではなくて、その前から、ジャズベーシストの父親(平倉博司)と演奏したり、ドラムをやっている同い年の子と父と3人で〈ほぼキッズバンド〉(笑)みたいなことをやったりしていたんです」

――関西の重鎮ジャズピアニスト、元岡衛さん※の指導も受けたそうですね。

※三味線とのユニット〈シャミピア〉や、シンガー・naoの音楽監督としても知られる

「当時、私はまだ小学生だったけれど、とにかく厳しかったんです。子供だからといっていっさい手加減をしてくれなくて(笑)。

でもいま思うと、それが良かったかもしれないですね、根性がつきましたから」

――東京・高田馬場のジャズスポット〈イントロ〉のジャムセッションに初めて足を運んだのは?

「中学2年生の頃だったと思います。その前から大阪周辺のセッションにはよく顔を出していたんですが、母親と一緒に東京観光に来た時に〈イントロ〉を訪ねたんです。店に入ったら、魚返明未さんがピアノを弾いていました。その時から彼のプレイはめっちゃすごかったです。私も何曲か一緒に演奏したんですけど、それがすごく楽しくて。それ以来、東京に行ったら必ず〈イントロ〉に顔を出すようになりました」

――大西順子さんに学んだのは、いつ頃からですか?

「レッスンに行き始めたのは、高校1年生からです。その前、中学3年生の時に、長野県のイベント(〈サイトウ・キネン・フェスティバル松本〉で行なわれた〈サイトウ・キネン ジャズ勉強会〉)で講師を務めるという告知がありました。応募資格は18歳以上。最初はテープ審査だったので、どうせ通らないんだからと、中学生の分際で演奏音源を送ったんです。履歴書には架空の高校を卒業したことにして(笑)。そうしたら予選を通ってしまったんです。

二次審査は東京での対面演奏で、サポートメンバーが石若駿さんと楠井五月さん。いきなりめっちゃ難しい譜面を初見で渡されて、涙目になりながらボロボロで何にも弾けず、〈じゃあ、何か一曲好きな曲も弾いてみて〉と言われたので、その時に弾ける数少ない曲だった“Softly, As In A Morning Sunrise”を演奏しました。

中学生だから、もちろん選考の対象外だったんですけど、そのときの演奏を気に入ってもらえたみたいで、中学を卒業するぐらいのタイミングで順子さんから〈レッスンを受けてみる?〉と連絡をいただいたんです。それで東京に月一で行くようになりました」

 

バークリーで学んだジャズの伝統とグルーヴ

――バークリー音大に留学したのは、同校の卒業生である大西さんの影響ですか?

「順子さんのアドバイスもありましたし、高校3年生の頃にバークリーの5週間のサマープログラム※に参加したことも大きいですね」

※イヤートレーニング、リズムトレーニング、アドリブ理論、アンサンブルレッスンなど、バークリーの授業が実際に学べる講習

――バークリーの日々で得たものは?

「どこの国でも同じだと思いますが、若い人は最近のミュージシャンばかりを追いがちだと思うんです。ロバート・グラスパーとかブラッド・メルドーとか、みんなそういうミュージシャンが好きなんですよね。だけど、ジャズをもっと深く演奏するにはもっと前にさかのぼらないとダメだ、ということを学びました。

トランペッターのダレン・バレットのアンサンブルの授業を受けた時、彼が言っていたのは〈ビバップや、いわゆるスタンダードナンバーをちゃんと弾ける人が少なすぎる。なんでもっと深掘りしないんだ〉と。それはラルフ・ピーターソンも、ビリー・キルソンも言っていました。ピアノはジョアン・ブラッキーンに師事しましたが、彼女にしてもアート・ブレイキーのようなレジェンドたちと共演してきた世代です。

私はもっと若い人にもジャズを聴いてほしいですし、伝統的なジャズの良さを伝えられたらいいなと思って演奏しています」

――ラルフ・ピーターソンやビリー・キルソンはドラマーですが、リズム面でのアドバイスも受けたのですか?

「はい。ビリーからは〈君はスウィング感やタイム感がまだまだだから、ひたすら名ドラマーが叩いているレコードを聴きなさい。フィリー・ジョー・ジョーンズやジミー・コブ等が参加したレコードに合わせて弾くように。ピアニストのコピーはしなくていいから〉と強く言われました。

ラルフからはアンサンブルの指導を受けたのですが、絶対的なグルーヴが存在するんです。〈なんであのタイム感になるんやろ? どうすればあのフィールに追いつけるのかな?〉とすごく悩みましたし、勉強になりましたね」

 

記憶力と体力、瞬発力――かるたの壮絶な世界

――ということは、小中高大とジャズ以外の物事にはわき目もふらず、という感じだったのでしょうか?

「いえ、日本の古い文化も好きなので、中学では茶道部に入っていました。進学した高校には、英語科と日本語や日本の文化について深く学べる国語科もありました。私は英語科だったんですが、お琴や茶道、かるたの部活もあり、その時ちょうどかるたが流行っていたので、私はかるた部に入りました」

――映画「ちはやふる」を観た時に、参加者が猛烈な勢いで、白目をむいたりしながら、ものすごいテンションで札をとっていたので、〈かるたって過激なんだな〉とびっくりした覚えがあります。実際の現場も、パワフルなんですか?

「壮絶ですね。15分で50枚の札を暗記しないといけないですし、めちゃめちゃ体力を使います。

札をとる時に大事なのは、読み手の息の入れ方ですね。これから何を読むかで、発音する前の口の形が変わるんです。1文字目がその1枚しかない札もあります。例えば、〈む〉から始まる札は〈むらさめの〉しかないので、〈む〉の前、〈m〉を聞いた瞬間にその札をとる。本当に0.01秒で差がつく世界なんです。そこも面白いなと思いました」

 

岡本太郎のアトリエにて1924年生まれのピアノで録音

――平倉さんには温故知新の一面があるようですね。このニューアルバム『Wheel of Time』でも、歴史的なスタンダードナンバーを集めて、じっくり聴かせてくれますし。

「父親がポール・チェンバースやレイ・ブラウンの大ファンで、よく一緒に演奏したので、子供の頃からスタンダードには自然に親しんでいました。

シンプルなメロディーで歌詞もあって、その中でいかに自分の色を出すかということがスタンダード演奏の面白さだと感じています」

『Wheel of Time』トレーラー

――レコーディング場所は、いまインタビューを行なっている東京・南青山の岡本太郎記念館のアトリエです。アトリエでのレコーディングというのは、なかなかないシチュエーションではないでしょうか。スタジオでもないし、ジャズクラブでもない。同じメンバーによる2022年1月収録のYouTube動画(〈Days of Delight Atelier Concert〉)を拝見しましたが、やっぱり世界のどこにもないユニークな環境です。

「確かにジャズクラブとは全然違うシチュエーションですね。アトリエの独特の空気感が感じられて、新鮮な気持ちで演奏できました。

クラブで演奏する時は、基本的に夜じゃないですか。でもこのレコーディングは午前に集合だったので、めっちゃ早起きしました(笑)。それも新鮮でしたね」

井上陽介+池田篤+平倉初音の〈Days of Delight Atelier Concert〉でのパフォーマンス動画

――共演は、大御所の池田篤さんと井上陽介さん。

「陽介さんは大西順子さんのトリオでずっと活動されていて、順子さんのライブを観に行っていた時に面識を持ちました。初めて演奏したのは去年の10月だったと思います。

平野さんに、YouTube用の収録のお声がけをいただいて、〈誰か一緒に演奏したい人はいる?〉と訊かれたので、陽介さんのお名前を挙げました。池田篤さんのことは、ずっとお名前は知っていましたし、いろんな音源を聴いて〈素晴らしいなあ〉と思っていたんですが、ライブを聴いたのは上京してからです。ぜひ一緒に演奏したいと思い、ご挨拶しました」

――巨匠達と一緒に一つの空間で、ヘッドホンもブースもない状態で演奏した気分は?

「すごく気持ち良かったです。お2人とも私の意思を尊重してくれましたが、音楽的に〈ここはこうしてみたら〉と提案してもくださいますし、とても快適なレコーディングでした」

――ピアノはアトリエにある、1924年生まれのアップライトピアノです(スタインベルク・ベルリン)。あとちょっとで100歳になる、歴史的な楽器ですね。

「アップライトピアノとグランドピアノのタッチや響きの差はもちろんありますが、このピアノはすごく音色が優しいんです。決してキンキン響かないところが、スタンダードを弾くにあたってすごく良い点だなと思いました。私の好きなウィントン・ケリーやソニー・クラークやレッド・ガーランドの音源に近い音を出せるかなとも思いましたし、気持ち良かったですね」 

 

ジャズの言語に精通した3人の演奏が伝える古き良き時代の魅力

――選曲はどのように決めたのでしょうか?

「普段から演奏している、好きなスタンダードをひたすらピックアップしました。1枚目のアルバム(平倉初音トリオの2022年作『tears』)は大半がオリジナル曲の、コンテンポラリーな感じの内容だったので、今回は180度違った感じで録りたいなと思ったんです。

私はコンテンポラリーなものも伝統的なジャズもどちらも好きですし、どちらも自分の姿だと感じています」

『Wheel of Time』収録曲“Embraceable You”

――先に述べた1月の動画では、池田さんが“I Got Rhythm”のコード進行に沿って書いた“Lester! Where Are You?”を演奏していましたが、このアルバムに入っている“I Got Rhythm”はまた、全然違う展開ですね。一種、フリージャズ的というか。

「ドラムがいないからこそ、もっと自由にできるんじゃないかと思いましたし、池田さんも陽介さんもいろんなジャズの言語に精通していますから、全員で同時にソロをとるところから始まってもいいんじゃないかなと思って、このアレンジになりました。お互い、〈誰が最初にテーマを演奏するんだろう〉みたいなスリルがありましたね」

池田篤+平倉初音+井上陽介の〈Days of Delight Atelier Concert〉でのパフォーマンス動画。演奏しているのは“Lester! Where Are You?”

――平倉さんがちょっとストライド奏法をやると井上さんがすかさずスラップ奏法を始めたりと、あうんの呼吸みたいなものを感じました。ジャズの伝統を知っているからこその遊び心というか。

「私が〈こう行きたいな〉と思ったところで、〈そう行くのか〉みたいな感じでついてきてくれるのはさすがだなと思います」

――“Stardust”のような超特大スタンダードであっても、ビビらずに真正面から取り組んでいく……。

「“Stardust”はバースから始めました。これに関しては、私は最初アドリブをとるつもりだったんですが、ちょっと演奏が長くなるし、テーマだけのほうがサラッとしていていいなと思って、テーマだけの演奏にしました。

“Body and Soul”にしても、テーマがすごく美しいですし、あえて何も加えず、旋律の良さを出したいと思って、このアレンジになりました」

――しめくくりは平倉さんのソロ演奏で“Summertime”です。アルバムのラストはソロで行きたかったという感じでしょうか。

「はい。最後はソロの曲を入れたいなと思った時に、“Summertime”が浮かびました。すごいブルージーな曲調で、歌詞にはその時代の背景が感じられますし」

――『Wheel of Time』を通じてスタンダードナンバーの良さ、普遍的な魅力を感じる新しい音楽ファンも多いのではと思います。個人的には平倉さんと同年代のひとに聴いてほしいとも感じました。

「ジャズの古き良き時代の魅力を、このアルバムで感じ取ってもらえたらいいなと思ってます。3月から発売記念ライブも行ないますので、さらに進化した3人の音が出てくるんじゃないかと、私自身も楽しみにしているんです」

 


RELEASE INFORMATION

平倉初音 『Wheel of Time』 Days of Delight(2023)

リリース日:2023年1月31日(火)
品番:DOD-032
価格:2,750円(税込)

TRACKLIST
1. Embraceable You
2. Days of Wine and Roses
3. Softly as in a Morning Sunrise
4. I Got Rhythm
5. Body and Soul
6. Stardust
7. You Don’t Know What Love Is
8. Invitation
9. Summertime

(2022年5月24日 東京・岡本太郎記念館にて収録)

■演奏者
平倉初音 Hatsune Hirakura piano
池田篤 Atsushi Ikeda alto saxophone
井上陽介 Yosuke Inoue bass