
難病と闘う少女が語った〈Today Is Another Day〉
──話題を変えますが、以前ミラノで大洪水に遭ったという話をされていました。山中さんという人は災害に直面してもそれをパワーに変え、次の表現手段へ変換してこられた。
「今回はずっとニューヨークに帰りたいと思いながらそれが叶えられず、2年5か月が経ってやっと戻ってきたんです。永住権を持ったグリーンカードホルダーだし、その間もちゃんと税金を払っているし、普通に入国できるはずでした。
だけどその間しばらく帰っていないという理由で別室に連れていかれ……。証明書も揃えていたのに、そのことを弁護士に話したら、それはUSCIS(アメリカ移民局)に報告したほうがいいということになって」
──それは、昨年8月のことですよね?
「そう。レコーディングのための帰国だったのに、弁護士や交渉通訳者とのやりとり、書類を埋めていくための資料集めに時間をとられて。それがものすごいエネルギーを吸い取られる作業で、これはとてもレコーディングどころじゃないと。その時はレコーディングにまでは至らず、8月半ばの予定が結局延期。
それを終わらせて、ほとほと疲れ果てた体でセントラルパークに気晴らししに行ったんですね。そこにはコロナ前にあったいつもどおりのアメリカの姿があって、歩いていたらかわいい犬が飛び回っていて……」
──山中さんもトイプードルを飼われているんですよね。
「そうそう(笑)。
お母さんと一緒に来ていた車椅子の女の子も、その犬を見て〈かわいい〉とか言ったりして。その少女が話しかけてきて、〈どこの国から来たの?〉って。話しているうち〈私は病院にいるの〉と……。彼女はすごい難病にかかっていて、病気と闘っていることを教えてくれました。〈だけど、私にとってToday Is Another Day〉……今日はこれまでで最良の1日だって言うんです。普通はそこで〈Today〉は用いない。〈Tomorrow〉が普通なのに、彼女は〈Today Is Another Day〉だと。〈起きあがれる時は鳥の声を聞きにここへ来るし、もし起き上がれなくてもママやドクターや看護師にスマイルを向ける。すると自分までハッピーになれるの〉と言うんですね。
ゴタゴタに押し潰されそうになり、この先どうなるんだろうと思っていた矢先だったし、その言葉が心に響いて、ハっと我に返っていた」
少女の眼差しと生への強い意思を表現した“Today Is Another Day”
──それはすばらしい出会いをされましたね。そして良い言葉とも出会えた。
「レコーディングの時はよく言葉が降ってきますが、今回も〈この言葉!〉〈私が今取り組まなければいけないのは音楽を奏でること!〉だと理解し、情熱というかエネルギーが一気に漲ってきました。あの時の彼女の言葉のお陰だなと、今なら言い切れます。
タイトル曲の“Today Is Another Day”は、その後ですぐに作った曲ですが、彼女の私を見る真っ直ぐな瞳……最初のメロディーは、まさにそんな眼差しを表わしたパートです」
──たしかに美しく、何者にも侵されない純粋なパートでした。
「そこから激しいパートへ移行して主メロディーを現わしますが、これは直面するざわざわとした環境や思わぬ困難との闘いであり、迷わず真っ直ぐに進むという決意です。ブリッジで様々な迷いや疑いへの問いかけがなされ、再び彼女の眼差しを浮上させる。そこには今日という生へ向けての強い意思があり、私はそんな彼女に勇気をもらいアドリブして、最後のコーダで未来へ向けて開けていく感覚を表現しました」
──すべてを昇華させるごとく、何者か目に見えない存在に吸い上げられる絶頂感に包まれます。正確には『Ballads』(2021年)が最近作になるのでしょうけど、全編新録音という意味では『ローザ』がそれに相当します。そこに収録した最終曲が“サムデイ・サムウェア”でした。いつかどこかで、また新しい日がやってくるという、未来への期待を込めて作られた曲。新作の冒頭に“Today Is Another Day”を持ってこられたことは、つまり〈今日がその新しい日だ〉と前作最後の問いかけへの回答にもなっている。すごく大きな物語を、ここで回収されたのだなと。
「そんなことにまで気づいていただけて、光栄です。前作ではいつ音楽を再開させられるか分からないという、嫌な予感の中での録音でした。ただ、いつかは戻ってこられるという希望もどこかにあって……。2年半かかりましたが、結局は帰ってこられて、新しい今日がこうしてやってきた」