予想を裏切られる快感! クラシックの名曲に異なるストーリーを
自身の音楽表現を通して、その背後に広がる世界への扉をも開いてくれるアーティスト。筆者にとって山中千尋は、そういった存在である。誰もが知るクラシックの名曲をアレンジし、レギュラー・トリオで演奏した新作『ユートピア』は、あらゆるアートに精通する彼女のセンスが光る1枚。あのメロディがこんなことに!と次々予想を裏切られるのは快感ですらある。
「ジャズでいうところの“スタンダード”と同じようにクラシックの曲を取り上げて、アレンジしてみました。どれだけ違う面白さを引き出せるかというチャレンジですね。《乙女の祈り》(ボンダジェフスカ=バラノフスカ)は現代的でパッションのあるコード進行をつけて、今どきの元気な女の子の感じに。アグレッシヴな《白鳥》(サン=サーンス)は子どもの頃に阿武隈川で見た白鳥のイメージ。白鳥って遠くから見ると優雅ですが、実際はガツガツしていて、餌を持っているとすごい勢いで襲ってくるんですよ(笑)。《管弦楽組曲第2番》(バッハ)では古典和声で枠組みを作って、その縛りの中でどうやって自由にやれるかというゲームのように、遊び心のある実験をしています」
おなじみのメロディだけでなく、スクリャービンのピアノ・ソナタ第4番が入っているのも彼女らしい。
「スクリャービンは、かつて住んでいた家を訪ねたぐらい好きな作曲家。この第1楽章は、気だるく、酩酊しているような感じが印象的だったので、空の色が夕暮れから夜に変わっていく瞬間をイメージしながら、ブラジリアンのフィーリングを乗せて演奏しました。やはりクラシックをただ綺麗にジャズ・アレンジするのではなく、自分が見ている風景や心象を表現したいなと思うんです。違うストーリーを語りたいというか」
今年生誕120年を迎えるガーシュウィンと、生誕100年を迎えるバーンスタインの作品も収録。
「ふたりともジャズと非常に関係の深い作曲家。ポピュラーの分野でも活躍しましたし、そういう意味では武満徹さんも同じですね。20世紀はアーティスト同士がジャンルを越えて交流したりと、本当の豊かさがあった時代。それに比べて現在は、あらゆる嗜好が細分化されているぶん、横のつながりがなくなっているように感じます。私はレコード店やカフェ、ギャラリーなどに出かけるのが大好きなのですが、そういったジャンルを越えた出会いは、実際に自分の足で歩いてみないと得られないですよね」
タイトル曲の《ユートピア》は、グルダとカバレフスキーへのオマージュ。こうして彼女は、自分の愛する音楽で満ちた理想郷の扉を、私たちに開いて見せてくれるのである。
LIVE INFORMATION
山中千尋ニューヨーク・トリオ 全国ホールツアー2018
○11/4(日)滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール 中ホール
○11/6(火)富山・新川文化ホール 小ホール
○11/7(水)ハーモニーホールふくい 小ホール
○11/9(金)群馬・太田市民会館
○11/10(土)すみだトリフォニーホール 大ホール
○11/12(月)山口市民会館 大ホール
○11/13(火)宝山ホール(鹿児島県文化センター)