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ドラマーのラフラエとベーシスト2人を迎え新たな10年へ出発

──そんな大きなハッピーエンディングの物語を完成させるにあたって、最初に頭に浮かんだのがあるドラマーの名前だったとのことでした。そこにはどんな意図があったのでしょう?

「デビューから21年目……去年12月のリリースでしたからね。21年前に澤野工房で録音した『Living Without Friday』(2001年)で私は、多くの方に支えられ順調なスタートを切ることができました。だから新たな20年のディケードの出発も、21年前と同じメンバーと一緒に切ってみたいと。

ラフラエ・オリヴィア・スキ(ドラムス)……彼女はその象徴として相応しく思えたし、彼女とはその後何度も共演していながら録音は以来一度もありません。それで、再びここで手合わせができればなと思ったんです。

ラフラエはレイチェルZやシンディ・ローパーのサポートをしたり、ご自身でもプロジェクトを動かしていて。ちなみに彼女は沖縄生まれで、日本語もちょっとだけ分かるんですよ」

──原点回帰というか、新しいサウンドをまとっていながら、本質的なところにおける初心への帰還/転生なのですね。

「あれから音楽を取り巻く環境もまったく変わってしまい、でもお互い20年間を別々に切磋琢磨し、成長を遂げたそれぞれの語彙で、変わらない友情とミュージシャンシップをして新たな対話をしてみる。実際にラフラエは、ニューヨーカーらしいエネルギッシュなプレイで存在感を示してくれることになります。

新しいディケードの狼煙に、彼女の存在は必須であり、重要な役割を果たしてくれました。運命的なつながりを感じたというか、この大事な時に一緒に集える〈縁〉があった」

──そんな〈縁〉を得たベーシストが、今回はお二人いらっしゃいました。これは何かサウンド面で意識するところがあったのでしょうか?

「ヨシさん(脇義典)って、それこそ私がジャズをはじめたバークリー時代からの友人で、今回も一緒に全編を録音するつもりでした。でも腱鞘炎になってしまい。スタジオは寒いし、私っていつもテイクを重ねてしまうタイプなので、ずっと弾き続けるのは大変だぞと(笑)。

それでラフラエに〈ベースなら誰とやりたい?〉と訊いたところ、ジェニファー(・ヴィンセント)を紹介してくれたんです。じゃあまずセッションしてみようとなって、やってみると私のピアノでやるボケに対し、ジェニファーは上手にベースでツッ込んでくる(笑)」

──今回の作品でも、そのあたりを大いに楽しませてくれています。一方の脇さんは、腱鞘炎のせいでしょうか、タイトル曲では唯一エレキベースを弾かれますね。

「あの曲でエレベでやったショーロのようなパターンって、アコースティックベースでは絶対に弾けないんですよ。少女の眼差しを表わす箇所で、ヨシさんが弾くパターンがとても良い疾走感を醸し出してくれます。

エレキベースが入っているというので、じつは私も少しだけあとでローズピアノを弾いて音を重ねているんです」

 

私が弾きたい曲を弾く

──サウンド的によくマッチしていました。ところで、ある疑問が浮かんできたんです。ここ数年、大きな命題を掲げての作品づくりを続けてこられました。たとえばセロニアス・モンクとジャズの誕生100周年とか、ガーシュイン120年とバーンスタイン100年ブルーノート80周年とペトルチアーニ没後20年。前作はベートーヴェン生誕250年とチャーリー・パーカー100年でした。そういう大命題に対し、独自のサウンドコラージュやリズムコーディネイトを施してこられたわけですが、今回はそのアプローチから一歩抜け出た気がしたのです。

「いつもスタジオに入る時はいろんなチョイスを持って、直前に〈この方向性でいこう〉とか、〈こういうテーマでいこう〉とか決めるんです。今回は車椅子の少女の言葉に背中を押され、〈すべて私が弾きたいものだけを弾く〉となっていた。

キース・ジャレットの“So Tender”は非常にハードルが高い曲。いつか弾けたらいいな、ちゃんと弾けるようになってから弾こう、と思っていた素材です。でも〈今弾かなければ一生弾く機会がないかも〉〈今弾けるものを自分らしく弾けばそれでいい〉と吹っ切れた気持ちになっていて。

『Today Is Another Day』“So Tender”

デニー・ザイトリン、ジョー・ザヴィヌル、シダー・ウォルトンも、愛していながらずっと手を出せずにいた憧れの存在。そんな彼らの曲も、この機会にみんな弾いてしまおうじゃないのって(笑)」

──腑に落ちるお答えです。もしかしたら原曲をご自分が求める音に、リズムも、パターンも、コードも付け変え、望む最良のサウンドに仕立てておられる。どれも欧州ラテン語圏にあるどこかの国の、昔からあったはずの愛すべき民謡に聴こえてきたんです。

「そうかも知れない。これ、たまたまなんですけど……たとえば“Tres Parables”だったらその〈3つの言葉〉って何かというと〈I Love You〉。 〈I Love You〉とか、〈So Tender〉とか、〈A Song For You〉とか、これらはどれもいろんな人に向けて音楽を通してつながりたい思い、自分の気持ちを伝えたいというポジティブな思いなんです。その点でここにある曲たちが繋がっていき、知らず知らず愛情を湛えた曲として連携してくれていたんです。〈Today Is Another Day〉の言葉が持つポジティブなメッセージを手渡せるはずだって。……民謡って、まさにそういう色合いを孕んだ音楽種ですよね」

『Today Is Another Day』“Tres Parables”