新世代のアート・ロック表現者として異形の美とハイブリッドな熱を解放するイヴ・トゥモア。過剰な煌めきとグラマラスな眩しさの奥にあるものとは?
この『Praise A Lord Who Chews But Which Does Not Consume; (Or Simply, Hot Between Worlds)』という長くて意味ありげなタイトルをどう訳すべきなのか、新世代のアート・ロックをグラマラスに表現するイヴ・トゥモアことショーン・ボウイのニュー・アルバムが登場した。日本でもその存在が知られるようになったパン発の『Serpent Music』(2016年)の頃はサウンドそのもののミステリアスな不穏さがアーティストのキャラクターにもなっていたが、そのエクスペリメンタルなエレクトロニック~ベース・ミュージックというイメージから転じたワープ契約後の初作『Safe In The Hands Of Love』(2018年)以降は往年のグラム・アイコンやカルトなポップスターを演じるような姿勢がヴィジュアル表現ともリンクして独自のロック・サウンドを追求するに至っている。
YVES TUMOR 『Praise A Lord Who Chews But Which Does Not Consume (Or Simply, Hot Between Worlds)』 Warp/BEAT(2023)
前作にあたる2020年の『Heaven To A Tortured Mind』以降もジョージの“Reanimator”(2020年)やウィローの“Perfectly Not Close To Me”(2022年)といった客演を経験して世界を広げてきたが、今回のニュー・アルバムでも独自の美意識に彩られた持ち前のサウンドを着実にスケールアップさせている。メインのプロデュースはヒップホップ畑を中心に活躍するノア・ゴールドスタインとイヴ・トウモア自身が共同で担当し、曲ごとにサイモンらさまざまな顔ぶれがプロダクションに関与。演奏面では、プロデューサーとしても活躍するギタリストのクリス・グレアッティ(先述のウィロー作品も彼のプロデュース作)、リース・ヘイスティングス(ドラムス)、イヴ・ロスマン(エレクトロニクス)といったバック・バンド経験者たちが参加したほか(ベースのジーナ・ラミレスは不在)、鍵盤にはジョン・キャロル・カービー、ベースにはディラン・ウィギンス(ドウェイン・ウィギンスの息子)、ドラムスにはレマー・カーターといったプレイヤーたちも名を連ねている。
そんなわけで全体的にはさらに楽曲がソング・オリエンテッドな形にオーガナイズされてきた印象もあり、引き合いに出されてきたデヴィッド・ボウイやプリンスはもちろん、イギー・ポップやレディ・ガガ、ロック期のキッド・カディなんかを想起させるような局面もあって、誤解を恐れずに言うならポップで聴きやすい内容なのではないか。奇怪な吐息がループするオープニングの“God Is A Circle”からノイジーなギター装飾の仰々しさに反して、ダークな昂揚感で満たされた楽曲の輪郭はくっきりしている。続く“Lovely Sewer”では気鋭のシンガーであるキダが担うキャッチーなフックもあってそのポップネスはさらに明快に浮かんでくるだろう。
その印象の基盤になっているのは、ニューウェイヴィーな意匠やドライヴ感を備えたシンプルで太いバッキングと激情に傾きすぎないショーン自身のヴォーカルの不敵なカッコ良さだ。アルバムの前半はブルージーなロックの“Meteora Blues”や、ファルセット歌唱とアーシーな情緒が絡まった“Parody”など、フックで轟音を解放する往年のオルタナ・ロック風の展開が際立って魅力的に鳴り響く。エモーショナルなファルセットはその後の“Heaven Surrounds Us Like A Hood”でも効果的。さらにニューウェイヴ調の疾走感と直線的な勢いが楽しい“Operator”も大きな聴きどころに違いない。
往年のパンク・バンド風の“In Spite Of War”とリズミックな先行カットの“Echolalia”が連なる後半では、アグレッシヴな轟音の鎧を脱ぎ捨てて煌びやかなセンスがよりメロディアスな形でしなやかに解放されていく。うねるビートに絡まった繊細なヴォーカル・コントロールが魅力的な“Fear Evil Like Fire”から、ハドソン・モホークを連想させるヘヴィーなブレイクスがダイナミックに連なるインストの“Purified By The Fire”、そしてキャッチーなループと眩しいコーラスを備えた絢爛なラスト・ナンバー“Ebony Eye”へ至る流れは最高だ。
切実なエモーションを衒いなく注入しながらも一歩引いて自身の奇抜な世界観をより親しみやすいフォルムで形にしているのが現在のイヴ・トウモアの魅力に違いない。ただ、冒頭に触れた長い表題を直訳すれば、〈噛むが食わない神を讃えよ〉となる……。
左から、イヴ・トゥモアの2016年作『Serpent Music』(Pan)、2018年作『Safe In The Hands Of Love』、2020年作『Heaven To A Tortured Mind』(共にWarp)、坂本龍一の2017年作『ASYNC - REMODELS』(commmons)、ジョージの2020年作『Nectar』(88rising)、ウィローの2022年作『<COPINGMECHANISM>』(Roc Nation)、ジョン・キャロル・カービーの2022年作『Dance Ancestral』(Stone's Throw)