ダーティー・プロジェクターズとビョーク、時代を超えるコラボ作が新装リリース!
アメリカのブルックリンを拠点とするダーティー・プロジェクターズと、衰え知らずの創作意欲や先鋭性で私たちを驚かせてきたビョークのコラボレーション・アルバム。それが『Mount Wittenberg Orca』だ。もともと本作は7曲入りのEPとして2010年に配信されたもの。両者が2009年に行ったチャリティー・コンサート用に書き下ろした曲群のスタジオ・ヴァージョンが収められた内容で、オーヴァーダブを施したのはリード・ヴォーカルのみという制作手法など、多くの面で大きな注目を集めた。
両者が初めて交わるきっかけが生まれたのは、2008年のこと。音楽メディアのStereogumが企画したオムニバス『Enjoyed: A Tribute To Björk’s Post』にダーティー・プロジェクターズが参加したのだ。この企画作品は、ビョークのセカンド・ソロ・アルバム『Post』をさまざまなアーティストがカヴァーするというもの。オーウェン・パレットやアトラス・サウンドといった手練れがいるなか、ダーティー・プロジェクターズは『Post』のハイライト曲“Hyperballad”をカヴァーした。こうして着実に知名度を高めていたダーティー・プロジェクターズをビョークが気に入り、本作を一緒に作り上げるという出来事に繋がる。
そんな本作がこのたび〈Expanded Edition〉としてリイシューされる。リイシュー盤は既存の7曲に加え、両者がライヴで共演した際の音源やデモなど計20曲のレア・トラックを追加収録。そのレア・トラックは、曲の構成がある程度固まっているものから、一筆書きで録られたような1分以下の小品まであり、本作の裏側を覗ける内容だ。
DIRTY PROJECTORS, BJÖRK 『Mount Wittenberg Orca (Expanded Edition)』 Domino/BEAT(2023)
レア・トラックも含めて本作を聴き返すと、風通しの良い創造性がスパークした作品だと改めて感じた。ほぼ声だけで作られた曲は、同じく声が中心の音楽を作り、ハウリング・ヴォイスという歌唱法が国内外の即興音楽シーンから評価されている吉田アミ的な感性も見い出せる。和声、言葉の音節、呼気といったあらゆる角度から声の可能性を突き詰め、曲として成立させるセンスは文字どおり驚異的だ。
〈声〉の可能性を追求する姿勢は双方のファンにとって馴染み深いものだろう。ダーティー・プロジェクターズの中心人物であるデイヴ・ロングストレスは、イェール大学で音楽を学ぶなかで、西アフリカなどさまざまな国の音楽におけるハーモニーを研究していた男だ。一方のビョークは、2004年のアルバム『Medúlla』で〈声〉をテーマに掲げた。ヒューマン・ビートボクサーのDOKAKA、ロバート・ワイアット、マイク・パットンらと共に、人間の肉声が軸の音楽を構築している。そのような両者が惹かれ合い、〈声のアルバム〉を共作したのは半ば必然だったのかもしれない。
多くの試みに挑みながら、ポップソングとしての親しみやすさを忘れていないのも本作のおもしろさだ。編成やレコーディングは既存の型にハマらないものでありながら、随所でキャッチーなメロディーが聴こえてくる。一度聴けば耳から離れなくなり、つい鼻歌を歌ってしまいそうになる。さすが両者共に高いソングライティング力を備えていると言うべきか。ミニマルな音像ゆえにわかりづらいかもしれないが、本作の曲群は歌ものとしてもよく出来ている。そのメロディーはどこか童謡的な朴訥さを醸し、聴き手に郷愁を抱かせる。しかし、そこに懐古的情動は存在しない。いまの音楽シーンを代表する才能が交雑し、最先端のサウンドを鳴らす。こうした創造の興奮が本作には記録されている。〈声〉というある意味では原始的な楽器を使って、ダーティー・プロジェクターズとビョークはモダンで先進的なポップソング集を作り上げたのだ。
本作のリリースから14年近く経った。この短くない時間の間に数多くの音楽が生まれ、消費されてきた。その流れを浴びながらも、本作は輝きをまったく失っていない。挑戦的なレコーディング手法やプロセス、過度なプロダクションに頼らない潔さ、そして惹かれ合ったから一緒にやるという純度100%の創造性と好奇心。これらの魅力は色褪せることを知らず、いまもあなたが耳を傾けるときを待っている。時代にとらわれないタイムレスな音楽は、確実に存在するのだ。このことを雄弁に証明してくれるのが『Mount Wittenberg Orca』というアルバムである。
『Mount Wittenberg Orca』以降のダーティー・プロジェクターズの作品を紹介。
左から、2012年作『Swing Lo Magellan』、2017年作『Dirty Projectors』、2018年作『Lamp Lit Prose』、2020年作『5EPs』(すべてDomino)
『Mount Wittenberg Orca』以降のビョークのアルバムを紹介。
左から、2011年作『Biophilia』、2015年作『Vulnicura』、2017年作『Utopia』、2022年作『Fossora』(すべてOne Little Independent)