関俊行が、台湾のさまざまな音楽カルチャーを紹介する連載〈台湾洋行〉。今回は、TREKKIE TRAXからのリリースでも話題を呼んだトラックメイカーのソニア・キャリコのインタビューを掲載します。彼女が語る、台湾エレクトロニック・ミュージック・シーンの現在の様相と課題、さらに可能性とは? *Mikiki編集部
中心が無いなかで活況を示す台湾の電子音楽シーン
台湾のエレクトロニック・ミュージック・シーンは、いまひとつ輪郭が捉えにくい。本連載の第7、8回で取り上げた台南のアンビエント・ユニット、融化橋やMeuko! Meuko!といったエクスペリメンタルなサウンドを追求しているアーティストたちがいる一方で、昨年の金曲奨で3部門の受賞を果たした阿爆 ABAOの楽曲制作に携わるDizparityや、メンバーにプログラマーを擁するバンド孔雀眼 Jade Eyesのようにポピュラー・ミュージックの形式に則り、よりマスアピールを目指した活動を展開するアーティストたちもいる。
その他にも、アンダーグラウンドなパーティーを数多くホスティングし、先鋭的なエレクトロニック・ミュージックの発信地になっている台北のクラブ〈FINAL〉があったり、僕の知り合いにはDIYで小規模なレイヴを主催している人たちも何人かいたりする。それこそ台南のような地方都市でも若者たちが集うようなクラブに行けば、EDMがひっきりなしにかかっている。エレクトロニック・ミュージック自体は台湾でも馴染みのあるジャンルであり、リスナーも一定数いるのだろうが、〈シーン〉があるのかというと、全体的にちぐはぐな印象も受ける。
それらをひっくるめて〈シーン〉と呼ぼうと思えば呼べるのかもしれないし、融化橋のジョン・タッカーの言葉を借りれば、むしろその中央集権的な構造の無さが故に〈自分独自の音にフォーカスして、発展させることができる〉のが魅力なのだと捉えることもできるだろう。
そんななか、台湾のエレクトロニック・ミュージックのコミュニティー活性化に取り組み、社会課題の解決にまで乗り出しているアーティストがいる。ソニア・キャリコ(Sonia Calico)は台北を拠点に活動しているプロデューサーで、昨年のGIMA(Golden Indie Music Awards)ではベスト・エレクトロニック・ソング賞を受賞、DJ MagやFact Magazine、The FADERといったインターナショナルな媒体にもフィーチャーされている注目の存在だ。
昨年10月、ロンドンのレーベル、モア・タイムからデビュー・アルバム『Simulation Of An Overloaded World』、今年3月に東京のレーベルTREKKIE TRAXからシングル“Change, Reset”をリリースし、パンデミックを物ともしないアクティヴな創作活動を続けている。今回はそんな彼女にオンラインでインタビューを行った。
東京のTREKKIE TRAX、メルボルンのPRINCI――アジアに繋がるネットワーク
――TREKKIE TRAXからのリリースはどのような経緯で実現したんですか?
「数年前、彼らが台湾で公演を行った時に会い、レーベルを主宰しているCarpainter、Seimeiと親しくなりました。それ以降、彼らが台湾を訪れる度に、会うようになりました。TREKKIE TRAXからリリースされている音楽は私も大好きでしたし、一緒に曲をリリースすることについてよく話していたので、とても自然な流れでした。“Change, Reset”のデモを彼らに送ったところ、即座に気に入ってくれて、リリースが決まったんです」
SONIA CALICO 『Change, Reset』 TREKKIE TRAX(2021)
――シングル“Change, Reset”は前作の『Simulation Of An Overloaded World』に比べると作風にも変化が感じられます。歌がフィーチャーされていて、メロディアスで。何がこの変化をもたらしたのでしょうか?
「私は常にさまざまな音楽要素を取り入れようと模索しています。音楽を作ることはそれ自体が実験的なことです。実はこの曲はアルバムの収録曲と同時期に制作していたんです。少し悲しげでロマンチックだし、他の曲と雰囲気が違うからこそアルバムのラストを飾る曲にするつもりでした。
アルバムのデモが全て完成して、モア・タイムに聴いてもらったところ〈いくつかの曲は別の形でリリースしてもいいのではないか〉という意見をもらったんです。私は相当数の曲を作っていたので、その方が各楽曲のストーリーを伝える機会がより多く得られると思い、そうしました」
――フィーチャーされているPRINCIについて教えてください
「オーストラリアのメルボルンを拠点に活動しているエレクトロ・ポップ/フューチャーR&B系のアーティストで、彼女が台湾に来た時に知り合ったんです。彼女の音楽はその前から知っていました。私たちアジアのアーティストは国を跨いだネットワークがあるし、交流も盛んだと思います」
――それぞれの作品のタイトルに込められた意味を教えてもらえますか?
「『Simulation Of An Overloaded World』について言うと、私は一度に多くの情報を得ることに辟易してしまうことがあるんです。新しいことを知るのは好きですが、情報って玉石混交ですよね。それはSNSについても同様で、overloaded(容量オーヴァー)な気分になってしまうんです。その中には時折、虚偽の情報もありますし、オンラインの交流はヴァーチャルなものです。そして私はそこから〈リアルな不安〉を感じることがある。アルバムの収録曲全てがこのコンセプトに基づいて制作されており、simulation(模擬実験)なんです。とはいえ、私はこのコンセプトを未だ的確に言語化できていないように感じます……」
――ある種のひらめきというか、直観的な部分もあるのかもしれませんね。“Change, Reset”はどうですか?
「PRINCIに曲のデモを送った時、歌詞について〈未来に起こるであろう、悲しいロマンスのストーリーを描いて欲しい〉と伝えました。それに対してPRINCIが思い付いたのは、とある関係がうまくいっていないカップルのストーリーです。片方は状況を変えたいと思っているのだけど、もう片方はそのままでいたい。当初のタイトルは彼女がつけた〈Change〉だったのですが、後で私が〈Reset〉を付け足しました。というのも、もしこの関係性がサイバー空間で起こったらどうなるのだろう?と思ったからです。例えば、相手がAIアルゴリズムだとしたらどうなるのか。
MV制作ではヴィジュアル・アーティストのVeeekyと一緒にプロットを発展させていきました。Veeekyは〈Replika〉というアプリからインスピレーションを得ています。これはAIによって、まるで自分自身のレプリカと話をしているかのような気分にさせるチャット・ボットです。
このアプリについてさまざまな記事を読んでいたところ、とある女性ユーザーが〈以前はTinderを使っていたが、現実の男性に幻滅させられていた。そこでReplikaを使ったところ、AIの方が自分のことを理解し、信頼できるパートナーであることに気づいた〉と話していました。そこでVeeekyとMVのコンセプトを〈AIのロマンス〉にしたんです。〈Reset〉を付け足したのは、その関係が上手くいかない時は全てをリセットしてしまえるのではないかと思ったから。テクノロジーにまつわるファンタジーですね」
――なるほど。テクノロジーのネガティヴな側面について警鐘を鳴らしているわけではないんですか?
「いや、最後にこれらのテクノロジーを使うのは人間ですよね? 人間がテクノロジーによって満足を得たい、と思った結果なわけですから。その欲望の変遷や、それらがいかにして満たされてきたのか、非常に興味深いです。そして、これらのテクノロジーは本当に人の孤独感を和らげているのでしょうか? あるいは更なる孤独感を生み出しているのか。
私自身、SNSを使いはじめた頃は対処しきれていなかったんです。方々から連絡が来るし、自分からも際限なく連絡を取ることができる。最近になってようやく、その距離のバランスが掴めてきたところです。全ての人に返信したり、常に何かを発信したりする必要もない。だけど、もっと若い世代にとっては感覚が違うのかもしれないですよね。彼らはSNSが当たり前に存在する環境で育っているので」
――そうですね、インターネット上で何か調べ物をすると際限なく情報が出てきますし、繋がろうと思えば誰とでも繋がれる。その広大な可能性に圧倒されることはあります。昨年のGIMAで『Simulation Of An Overloaded World』の収録曲“Iridescent Vision (Feat. Taj Raiden)”がベスト・エレクトロニック・ソング賞を受賞しましたが、音楽活動における変化はありましたか?
「自分が作っている音楽は台湾ではまだあまり知られていないジャンルなので、受賞には驚きましたし、感謝しています。実は以前、ゴー・シック(Go Chic)というバンドのメンバーとして活動をしていて、アルバム『We Ain’t Home』(2013年、ピーチズがプロデュース)はGIMAでベスト・アルバム賞を受賞しているんです。なので、ソロのアーティストとして再び認めてもらえたのはとても光栄なことですし、今後も自分らしい音楽を追求していくためのエレルギーをもらった気分です」