関俊行が、台湾のさまざまな音楽カルチャーを紹介する連載〈台湾洋行〉。今回は、TREKKIE TRAXからのリリースでも話題を呼んだトラックメイカーのソニア・キャリコのインタビューを掲載します。彼女が語る、台湾エレクトロニック・ミュージック・シーンの現在の様相と課題、さらに可能性とは? *Mikiki編集部

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中心が無いなかで活況を示す台湾の電子音楽シーン

台湾のエレクトロニック・ミュージック・シーンは、いまひとつ輪郭が捉えにくい。本連載の第7、8回で取り上げた台南のアンビエント・ユニット、融化橋やMeuko! Meuko!といったエクスペリメンタルなサウンドを追求しているアーティストたちがいる一方で、昨年の金曲奨で3部門の受賞を果たした阿爆 ABAOの楽曲制作に携わるDizparityや、メンバーにプログラマーを擁するバンド孔雀眼 Jade Eyesのようにポピュラー・ミュージックの形式に則り、よりマスアピールを目指した活動を展開するアーティストたちもいる。

その他にも、アンダーグラウンドなパーティーを数多くホスティングし、先鋭的なエレクトロニック・ミュージックの発信地になっている台北のクラブ〈FINAL〉があったり、僕の知り合いにはDIYで小規模なレイヴを主催している人たちも何人かいたりする。それこそ台南のような地方都市でも若者たちが集うようなクラブに行けば、EDMがひっきりなしにかかっている。エレクトロニック・ミュージック自体は台湾でも馴染みのあるジャンルであり、リスナーも一定数いるのだろうが、〈シーン〉があるのかというと、全体的にちぐはぐな印象も受ける。

それらをひっくるめて〈シーン〉と呼ぼうと思えば呼べるのかもしれないし、融化橋のジョン・タッカーの言葉を借りれば、むしろその中央集権的な構造の無さが故に〈自分独自の音にフォーカスして、発展させることができる〉のが魅力なのだと捉えることもできるだろう。

そんななか、台湾のエレクトロニック・ミュージックのコミュニティー活性化に取り組み、社会課題の解決にまで乗り出しているアーティストがいる。ソニア・キャリコ(Sonia Calico)は台北を拠点に活動しているプロデューサーで、昨年のGIMA(Golden Indie Music Awards)ではベスト・エレクトロニック・ソング賞を受賞、DJ MagやFact Magazine、The FADERといったインターナショナルな媒体にもフィーチャーされている注目の存在だ。

昨年10月、ロンドンのレーベル、モア・タイムからデビュー・アルバム『Simulation Of An Overloaded World』、今年3月に東京のレーベルTREKKIE TRAXからシングル“Change, Reset”をリリースし、パンデミックを物ともしないアクティヴな創作活動を続けている。今回はそんな彼女にオンラインでインタビューを行った。

 


東京のTREKKIE TRAX、メルボルンのPRINCI――アジアに繋がるネットワーク

ソニア・キャリコ

――TREKKIE TRAXからのリリースはどのような経緯で実現したんですか?

「数年前、彼らが台湾で公演を行った時に会い、レーベルを主宰しているCarpainter、Seimeiと親しくなりました。それ以降、彼らが台湾を訪れる度に、会うようになりました。TREKKIE TRAXからリリースされている音楽は私も大好きでしたし、一緒に曲をリリースすることについてよく話していたので、とても自然な流れでした。“Change, Reset”のデモを彼らに送ったところ、即座に気に入ってくれて、リリースが決まったんです」

――シングル“Change, Reset”は前作の『Simulation Of An Overloaded World』に比べると作風にも変化が感じられます。歌がフィーチャーされていて、メロディアスで。何がこの変化をもたらしたのでしょうか?

「私は常にさまざまな音楽要素を取り入れようと模索しています。音楽を作ることはそれ自体が実験的なことです。実はこの曲はアルバムの収録曲と同時期に制作していたんです。少し悲しげでロマンチックだし、他の曲と雰囲気が違うからこそアルバムのラストを飾る曲にするつもりでした。

アルバムのデモが全て完成して、モア・タイムに聴いてもらったところ〈いくつかの曲は別の形でリリースしてもいいのではないか〉という意見をもらったんです。私は相当数の曲を作っていたので、その方が各楽曲のストーリーを伝える機会がより多く得られると思い、そうしました」

――フィーチャーされているPRINCIについて教えてください

「オーストラリアのメルボルンを拠点に活動しているエレクトロ・ポップ/フューチャーR&B系のアーティストで、彼女が台湾に来た時に知り合ったんです。彼女の音楽はその前から知っていました。私たちアジアのアーティストは国を跨いだネットワークがあるし、交流も盛んだと思います」

PRINCI

――それぞれの作品のタイトルに込められた意味を教えてもらえますか?

「『Simulation Of An Overloaded World』について言うと、私は一度に多くの情報を得ることに辟易してしまうことがあるんです。新しいことを知るのは好きですが、情報って玉石混交ですよね。それはSNSについても同様で、overloaded(容量オーヴァー)な気分になってしまうんです。その中には時折、虚偽の情報もありますし、オンラインの交流はヴァーチャルなものです。そして私はそこから〈リアルな不安〉を感じることがある。アルバムの収録曲全てがこのコンセプトに基づいて制作されており、simulation(模擬実験)なんです。とはいえ、私はこのコンセプトを未だ的確に言語化できていないように感じます……」

――ある種のひらめきというか、直観的な部分もあるのかもしれませんね。“Change, Reset”はどうですか?

「PRINCIに曲のデモを送った時、歌詞について〈未来に起こるであろう、悲しいロマンスのストーリーを描いて欲しい〉と伝えました。それに対してPRINCIが思い付いたのは、とある関係がうまくいっていないカップルのストーリーです。片方は状況を変えたいと思っているのだけど、もう片方はそのままでいたい。当初のタイトルは彼女がつけた〈Change〉だったのですが、後で私が〈Reset〉を付け足しました。というのも、もしこの関係性がサイバー空間で起こったらどうなるのだろう?と思ったからです。例えば、相手がAIアルゴリズムだとしたらどうなるのか。

MV制作ではヴィジュアル・アーティストのVeeekyと一緒にプロットを発展させていきました。Veeekyは〈Replika〉というアプリからインスピレーションを得ています。これはAIによって、まるで自分自身のレプリカと話をしているかのような気分にさせるチャット・ボットです。

このアプリについてさまざまな記事を読んでいたところ、とある女性ユーザーが〈以前はTinderを使っていたが、現実の男性に幻滅させられていた。そこでReplikaを使ったところ、AIの方が自分のことを理解し、信頼できるパートナーであることに気づいた〉と話していました。そこでVeeekyとMVのコンセプトを〈AIのロマンス〉にしたんです。〈Reset〉を付け足したのは、その関係が上手くいかない時は全てをリセットしてしまえるのではないかと思ったから。テクノロジーにまつわるファンタジーですね」

2021年のシングル“Change, Reset (Feat. Princi)”

――なるほど。テクノロジーのネガティヴな側面について警鐘を鳴らしているわけではないんですか?

「いや、最後にこれらのテクノロジーを使うのは人間ですよね? 人間がテクノロジーによって満足を得たい、と思った結果なわけですから。その欲望の変遷や、それらがいかにして満たされてきたのか、非常に興味深いです。そして、これらのテクノロジーは本当に人の孤独感を和らげているのでしょうか? あるいは更なる孤独感を生み出しているのか。

私自身、SNSを使いはじめた頃は対処しきれていなかったんです。方々から連絡が来るし、自分からも際限なく連絡を取ることができる。最近になってようやく、その距離のバランスが掴めてきたところです。全ての人に返信したり、常に何かを発信したりする必要もない。だけど、もっと若い世代にとっては感覚が違うのかもしれないですよね。彼らはSNSが当たり前に存在する環境で育っているので」

――そうですね、インターネット上で何か調べ物をすると際限なく情報が出てきますし、繋がろうと思えば誰とでも繋がれる。その広大な可能性に圧倒されることはあります。昨年のGIMAで『Simulation Of An Overloaded World』の収録曲“Iridescent Vision (Feat. Taj Raiden)”がベスト・エレクトロニック・ソング賞を受賞しましたが、音楽活動における変化はありましたか?

「自分が作っている音楽は台湾ではまだあまり知られていないジャンルなので、受賞には驚きましたし、感謝しています。実は以前、ゴー・シック(Go Chic)というバンドのメンバーとして活動をしていて、アルバム『We Ain’t Home』(2013年、ピーチズがプロデュース)はGIMAでベスト・アルバム賞を受賞しているんです。なので、ソロのアーティストとして再び認めてもらえたのはとても光栄なことですし、今後も自分らしい音楽を追求していくためのエレルギーをもらった気分です」

2020年のアルバム『Simulation Of An Overloaded World』収録曲“Iridescent Vision (Feat. Taj Raiden)”

 

台湾電子音楽の歴史はまだ浅い

――ソニアさんの最近のインタビューなどを読むと、以前に組んでいたバンド、ゴー・シックについてはあまり触れていない気がします。そこには意図があるんですか?

「特にはないですね。喜んで話したいとも思います。ただ、私の今の音楽を聴いている人たちのほとんどがゴー・シックについて知りません。〈ゴー・シックのソニア〉として認識されなくなったことに、ソロのプロデューサーとしての達成感は感じます。けど、バンドを恋しく思いますし、今でも自分の一部です」

ゴー・シックの2013年作『We Ain’t Home』ティーザー

――僕はこれまで多くの台湾人アーティストに会いましたが、エレクトロニック・ミュージックを作っている人たちは少なく、シーンとしても小さいのではないかと感じています。そんな中、ソニアさんはどのようなきっかけでエレクトロニック・ミュージックに出会い、台湾でキャリアを築き上げてきたんですか?

「まず、アーティストの少なさについて思うのは、例えば日本はテクノの歴史も長いですよね。台湾でも90年代は大きなレイヴやパーティーが開催されていましたが、出演していたのは全てDJであり、プロデューサーではなかった。私の世代になってようやく本格的なダンス・ミュージックを作る人たちが出てきたのだと思います。

エレクトロニック・ミュージックを作るようになったきっかけは高校生の頃。ニュー・オーダーやストーン・ローゼズ、プライマル・スクリームといったUKのバンドが好きで、彼らの音楽にはシンセやサンプラーといった電子楽器も使用されていたので自然な流れだったと思います。その後、私が大学生だった2007~2008年頃にニューレイヴが大きな潮流となり、ジャスティスやフランスのレーベル、エド・バンガーが話題を呼んでいました。同時期にバンドを組んでいた私は、そういったアーティストたちの音楽をたくさん聴いていたので、自分でも創作を試みるようになりました。

ゴー・シックを始めた頃はギターを弾いていましたが、electribeというKORGのシーケンサー・ドラム・マシーンも使っていました。それから同社のR3シンセサイザーも入手し、私たちのバンド・サウンドのなかで電子楽器の存在感が高まっていきました。並行して、ニューレイヴのパーティーにも出入りするようになり、DJも始めたんです。私とVeeekyはこの頃からの盟友で、周りから〈そんなにパーティーが好きなら自分たちで主催したらいいんじゃないか〉と言われ、〈よし、やってみよう〉とパーティーをホストするようにもなりました。これらをバンドと並行してやっていたので、バンドのライブ後のアフター・パーティーではよくDJもしていました。バンドが活動停止し、今度は音楽を自分で全て作れるようになりたいと思いはじめたんです」

Sonia(右)とVeeeky(左)
提供: CJ Lee

――昨年のGIMAの授賞式でソニアさんは「台北でエレクトロニック・ダンス・ミュージックを作るのは本当に大変」と発言されてます。受賞後、現在も変わらずそう感じてますか?

「作ること自体は大変なことではありません。一般のリスナーたちに注意を向けてもらうことが大変なんです。このジャンルの音楽はファンベースも小さいですし、みんなが熱心に聴いているもののほとんどが西洋のアーティストです。なので、知り合いの多くがエレクトロニック・ミュージックのプロデューサーとしてのキャリアを追求するためにベルリンや上海といった海外の都市に移り住みました。

台北はそれらの都市に比べると小さいですし、クラブ・カルチャーも根付いていません。先程、日本のテクノの歴史について触れたのもそこなんです。東京にはEDMだけを流す商業的なクラブのみならず、アンダーグラウンドな音楽の発信地になっているようなクラブもたくさんありますよね。とはいえ、今はオンラインの時代なので、自国のフォロワーにそれほどこだわる必要も無くなってくるかもしれませんけどね」

――コロナ禍によって海外アーティストたちの公演が困難となり、台湾のアーティストたちが取って代わる好機と捉えることはできますか?

「台湾での感染が拡大する前、クラブは通常営業していました。しかしどこも苦戦していましたね。ラインナップはいつも地元のDJなので、魅力に欠けるのでしょう。実際、私はこれを台湾のアーティストたちをショーケースする絶好のタイミングと捉え、6か月以上も費やし、エレクトロニック・ミュージックとニュー・メディア・アートのフェスを企画していました。小さなイベントは注目度が低いですが、規模を大きくし、アートまで組み込めば受け止められ方も違ってくるのではないかと考えたんです。しかしコロナの状況が悪化してしまった今、実現するかどうかわかりません※」

※台湾におけるコロナの状況が改善しているため、2021年8月18日時点ではフェスを開催予定とのこと

 

若い世代のトラックメイカーのためのコミュニティー〈Beatmakers Taipei〉

――ソニアさんが主宰しているレーベル、UnderUについても気になっています。

「UnderUは私のレーベルです。それ以外に、私が4、5年運営を続けている〈Beatmakers Taipei〉というプロジェクトがあります。〈Beatmakers Taipei〉は月1の集まりで、まず、楽曲制作のためのサンプル音源が参加メンバーに提供されます。コミュニティーの成員たちは、そのサンプルを元に音楽を作るんです。

例えば、先月(5月)は衛生福利部疾病管制署(台湾CDC)のプロモーション・ビデオのテーマ・ソングをサンプルとして使用しました。他にはバンドやシンガーたちから音源を提供してもらうこともあります。メンバーが作成した音源は商用利用されることはなく、このプロジェクトで共有されるのみです。コミュニティーの成員たちに毎月、ちょっとした宿題を課すようなものですね。すごく楽しいです」

〈Beatmakers Taipei〉が2016年に開催した〈Make Beats Vol. 1〉の映像

――このイベントは公開されているんですか?

「はい、〈StreetVoice〉(台湾の音楽プラットフォーム)で配信されています。UnderUはもともとイベントの主催に特化したレーベルでした。 〈Beatmakers Taipei〉で多くの優れたプロデューサーたちに出会い、彼らの音楽をUnderUからリリースしはじめたんです。いつも新しい人に知り合えるので刺激があります」

――〈Beatmakers Taipei〉のようなコミュニティーを維持するのはとても大変なことだと思うのですが、規模としては今後大きくなっていきそうですか?

「そこまで規模にはこだわっていません。大切なのはコミュニティーであることなので、あるがままでいいと思ってます。エレクトロニック・ミュージックを作りたくても、その方法を知らなかったり、音楽や知識をシェアする仲間がいない人たちって多いんです。そして結果的に諦めてしまう。だけどこの〈Beatmakers Taipei〉に参加すれば、自分の作品を発表し、反応を得ることもできる。意見が欲しければ、言ってくれる人もいます。とても安全でオープンなスペースなんです。

逆に言うと、〈有名になりたい〉と思って来ても、期待には応えられません。一番の価値は同じ街で同じジャンルの音楽を作っている人たちと繋がれる、ということなんです。毎日一人でパソコンに向き合って、鬱屈としながら音楽を作っている若い子たちが結構多いようなのですが、彼らもこのコミュニティーに来れば、多くの人と関わり、反応を得ることができます。

そして多様性とインクルージョンにも意識的です。〈Beatmakers Taipei〉に来れば、普段自分が聴かないような音楽にも触れることができ、発見もある。なので、ビジネスにしようなどとは考えておらず、あくまでオーガニック(有機的)であるべきだと考えています。そしてこのコミュニティーで勇気づけられた人たちが、今度はコミュニティーのために何かしたいと考えるようになる。とても健康的なシステムが構築されていると思います」

〈Beatmakers Taipei〉の様子

 

モチヴェーションが下がっても、他の何かに情熱を燃やせばいい

――台北にもFINALのようなエッジの立った音楽を発信しているヴェニューがあります。ソニアさんがよくプレイしている場所があれば教えてください

「今は閉店してしまったけど、以前Kornerというヴェニューがありました。Kornerは当時の台北で唯一のアンダーグラウンドなクラブで、多くの人が通っていたんです。今あるFINALやB1といったいくつかのヴェニューのオーナーやプロモーターのほとんどがKorner出身です。私もKornerでプロモーターをやっていたので、多くの知り合いがいます。しかし、今最も近しいヴェニューがどこかいえば、FINALでしょう。彼らがフォーカスしている音楽や、美意識も私のスタイルと近いですし。

私はFINALで何度かイベントを主催しましたが、2019年以降、止めてしまいました。これには複雑な理由があります。台北でイベントを主催するには、プロモーターは多くの労力を費やす必要があります。若くて、多くの友人たちを呼べる人でないと務まりません。若い頃の私にはそれができたのですが、今は友人たちも歳をとり、パーティーに乗り気でありません。私も正直きついと思っています。

私は今でもダンス・ミュージック、クラブ・ミュージック、そしてそのカルチャーも好きですし、社会と人類に必要なものだと思っています。ただ、パーティーを主催するモチヴェーションはもうないと言っていい。そして、若い子たちの方が私よりいい仕事をしています。だから先程話したフェスのアイディアを思いついたんです。私はもっと何か大きなことをやるべき時が来たと」

――上海のプロデューサーTzusingと一緒に、台北郊外の寺院で2018年に主催したパーティーについて教えてもらえますか?

「とても多くの注目を集めるイベントになりました。使った寺院はヴェニューにもなっていて、レンタル可能なんです。Kornerが閉店し、代わりとなる新ヴェニューも現れていなかったタイミングだったと記憶しています。どこに行けばいいのかわからない人たちが流れてきたんでしょう。確かにクールなイベントでした。だけど、その寺院は幽霊が出ると噂されている場所でもあったんです。去年の大晦日、同じ寺院で開催された別のイベントでDJをしたのですが、幽霊に取り憑かれ、気分が悪くなってしまった友人がいたんです(笑)。それを他の人たちにも話したところ、〈あそこはいわくつきだからやりたくない〉という人も出てきてしまって……。霊感があるかどうかにもよるのかもしれませんね。

それでも、Tzusingとのイベントは楽しかったです。M.E.S.H.(ベルリン)をヘッドライナーに据え、Meuko! Meuko!や、日本からはMars89も出演していて、ラインナップもよかったです。そこで運営に携わった人の多くが現在はFINALにいます」

寺院でのイベントの様子
提供:yokoching

――アーティストとしての活動のみならず、コミュニティーの運営、イベントの主催まで全てをこなすには根気と体力も必要かと思います。その原動力は一体何だと思いますか?

「間違いなくお金ではないですよね(笑)。お金を稼ぐことが目的なら、他のことをします。何かに対してモチヴェーションが下がったとしても、他にすべきことを見つけられるんです。コロナ禍も、〈それなら家に籠って曲を作ろう〉と意識を変えた。それまでは常に色んなプランがあり、時間が足りなかったのですが、逆に自身の創作に集中できました。

原動力も、時間と共に変わっていくものです。バンド活動をやめてソロになった時は、プロデューサーとして一人でやっていけることを証明したかった。そして今度は、自分の音楽を届けるにはコミュニティーが必要なことに気付き、〈Beatmakers Taipei〉の設立に繋がりました。

だけど今は何かを証明したい、という気持ちはありません。自分に満足しているという意味ではないんです。自分が〈これには意味がある〉と思えることがしたい。なので、これはよく言っていることなのですが、〈私の願望は何かに情熱を燃やすこと〉なんです。以前は何かに対してモチヴェーションが下がってしまうのを恐れていましたが、今はそれでいいと思っています。その代わり、きっと他のことに情熱を見出すことができるはずです」

――当初はパーソナルだったはずの原動力が、結果的に多くの人を巻き込んだコミュニティー形成にまで発展していく様がとても面白いです。

「そうですね。けど、それも自分の為でもあるんですよね。自分の音楽が十分に理解されていないのであれば、オーディエンスから作っていくしかない」

――中国出身のプロデューサー、Howie Leeとの関係についても聞かせてください。彼のレーベルDo Hitsのコンピレーション『Do Hits Presents: Year Of The Monkey (Chinese New Year Compilation)』(2016年)にソニアさんも参加されていますよね。

2016年のコンピレーション・アルバム『Do Hits Presents: Year Of The Monkey (Chinese New Year Compilation)』トレイラー

「先程話した親友のVeeekyがロンドンに留学していた時に、Howieと知り合ったんです。そして、私がVeeekyに会いにロンドンを訪れた時、Howieにも会い、みんなで一緒に時間を過ごしました。Howieは一時期、台北にも住んでいました。彼と親交を深めたのはゴー・シックの活動を終え、ソロになってからです。

Howieはソロのプロデューサーとして先輩でしたし、彼も以前はパンク・バンドを組んでおり、経歴も似ていたので波長が合いました。彼との会話を通じて、音楽的に多くのインスピレーションを受けました。彼はとても賢いし、自分のやっていることに自信を持っている。最も大きなインスピレーションはそこかもしれません。台湾人、特にアーティストは自信を持てない人が多いんです。日本など他の国のことは分かりませんが、台湾は自己流で音楽を学んだ人が多いので、自分の才能・技術に確信が持てない。そして、いつも他のアーティストの音楽をたくさん聴き、自分より何百倍もかっこよく思えてしまう。けど、人とそこまで比べる必要なんてないんですよね。〈自分だって結構いい〉――そう思えるようになったんです。そこから自分を信じられるようになりました。自分が自分のことをいいと思えなければ、誰も説得できません」

Howie Lee(右)とのイベントの様子
提供:Ao Wu Chang

 

異なる文化からインスパイアされることを恐れてはいけない

――Howie Leeは以前FNMNLでのインタビューで〈伝統的なものがクールではないと思うのは、本当にクールなものを実際に見たことがないからという理由だけで、それは常に表面上にあるわけではないからね。精神性から感じることが必要だね〉と語っていたのが印象的でした。台湾文化の伝統的側面についてはどう思いますか?

「ライトアップされた寺院やその色合い 、神々の神話といった台湾の伝統文化をモティーフにしたものは、今や〈流行りのスタイル〉と言っていいくらい至る所で見かけます。しかし、それらはHowieが言うように表面の話です。伝統文化において最もクールなのは、長い年月をかけて人々に影響を与えてきたその深遠な歴史なんです。そのルーツを掘り下げ、理解し、伝統の力を理解するそのプロセスこそが〈クール〉なのだと私は思います」

――アルバム『Simulation Of An Overloaded World』で使用されている一部の打楽器や古箏のような音色からは、台湾ひいてはアジアン・カルチャーへのオマージュも感じられます。サウンドメイクにおいてアジアン・アイデンティティーを意識されてますか?

「自身のアイデンティティーを表明するために、意図的に使ったものではありません。なぜなら、それらのアジアの楽器について、私は正しい演奏法も知りませんし、それを熟知した専門家にこそアイデンティティーとして語る資格があると言えるでしょう。それに私たちは伝統音楽よりも洋楽や日本の音楽、マンド・ポップにさらされて育ってきた。なので、故意にそれらの音色を採用したわけではない。むしろ、それはシンプルに感情として表出するものなんです。

私もこのことについて深く考えていました。というのもこのアルバムで私はアンゴラ由来のクドゥーロ、南アフリカ由来のゴム(Gqom)などのアフリカ音楽、あるいはブラジルのバイレ・ファンキの音楽スタイルなどを取り入れています。“Neo Tokyo Folk”という曲では日本の祭囃子の要素さえ取り入れてます。しかし、文化の盗用(cultural appropriation)には多くの人が敏感ですよね。例えば、白人のプロデューサーがアジア音楽の要素を使ったとして、〈それは文化の盗用である〉と批判される可能性もある。

2020年作『Simulation Of An Overloaded World』収録曲“Neo Tokyo Folk (Feat. Dustin Ngo)”

だけど、私のようなアジア人がアジアの文化を盗用することも起こりうるんです。例えば伝統音楽の〈北管〉を好む台湾のアーティストがいますが、北管には作法があり、スケールを間違えると多くの反感を買います。なので、アジア人だからアジアの音楽を自由に使っていいとはならない。

異なる文化を扱う際は常に慎重さが問われますし、その歴史と知恵について謙虚に学び続けなければいけません。そして、それらの文化的要素について間違った使い方をしていることを指摘された場合は、それを受け入れ、謝罪し、自分にインスピレーションを与えてくれた文化についてより多く学べる機会が得られたとポジティヴに捉え、精進し続けることです。それしか解決方法はないと思います。

だからといって、異なる文化からインスパイアされることを恐れてはいけません。むしろ、音楽・アートを通じて異文化について学び、〈正しいアティテュード〉でその違いを楽しみ、リスペクトすべきです。人々が自分たちの文化以外、何にも関心を示さないような世界には住みたくありません」

 

DJによる社会課題の解決にも乗り出す

――最後に、苦境に陥っている飲食店をサポートすべく始めた新たなプロジェクト〈Spin Your Plate〉について教えてください。

「コロナ禍において、多くの飲食店がデリバリーを始めたものの、注文・配達プラットフォームの手数料の高さゆえに収益化が困難なんです。そこで、DJで飲食店をサポートするアイディアを思いつきました。まず、仲間のDJたちと飲食店でDJを行い、その様子をストリーミングします。視聴者はスクリーンに表示されたコードを控え、オーダーする時にお店に伝えると、ディスカウントが得られるというものです。〈私たちDJは音盤(プレート)を回すから、飲食店は皿(plate)を回していこう〉という二重の意味が込められています」

〈Spin Your Plate〉

 


ソニアの受け答えは非常に明快で、ミュージシャンとしてのみならず、人として感銘を受けるポイントがいくつもあった。即座に自分の考えを言語化できるのは、音楽について(あるいはそれを取り巻く環境についてまで)普段から考え抜いているからだろう。

インタビューでも語っていたように、ソニアは元々プロモーターとしてパーティーのホストも数多くこなしてきており、人を巻き込み、動かす力に長けている。〈私の願望は何かに情熱を燃やすこと〉と語り、フェスの開催まで考えているという彼女が今後、どのようにアーティストの枠を飛び越えた活動を展開していくのか非常に楽しみだ。

 


PROFILE: 関 俊行
ミュージシャン/プロデューサー/ライター。MIDI Creativeにて自身のアルバムをこれまでに2枚リリースする。近年は、「ミュージック・マガジン」2020年4月号の特集〈台湾音楽の30年〉への寄稿や、Taiwan Beatsへの参画など台湾の音楽を積極的に発信している。