★連載〈台湾洋行/台南洋行〉記事一覧

関俊行が、台湾のさまざまな音楽カルチャーを紹介する連載〈台湾洋行〉。コロナ禍における台湾音楽シーンの様相を全3回にわたって解説した前回は、たいへん多くの方に読んでいただきました。今回は通常運航(?)に戻り、台湾の伝統音楽を採り入れながら、ユニークなポピュラー・ミュージックを作り出しているバンド、百合花 (Lilium)を紹介。フロントマンのリン・イーシュオ(林奕碩)へのインタビューで、その先鋭的なサウンドの由来に迫りました。 *Mikiki編集部

 


伝統音楽とロックを融合、百合花の不可思議な魅力

〈今、台湾でオススメのロック・バンドは?〉と訊かれたら真っ先に思い浮かぶのが百合花 (Lilium)だ。どこがいいのかと言えば、〈音楽がかっこいい〉や〈歌声に痺れた〉〈ライブがすごかった〉など、お決まりの形容詞がポンポンと飛び出してくるが、一つ強調したいのは、彼らが〈台湾の伝統音楽を大胆に取り入れている〉点であろう。昨年の〈金音創作獎〉では最優秀新人賞を含む二冠に輝いているし、台湾を代表するR&B歌手である9m88も自身のInstagramのストーリーズで〈My fav Taiwanese band〉(私が大好きな台湾のバンド)と彼らを紹介するなど、台湾での注目度も非常に高い。

※中華民国(台湾)政府文化部影視及流行音樂產業局が主催する音楽賞。Qetic掲載のこちらの記事が詳しい

百合花の2019年作『燒金蕉 Burnana』収録曲“燒金蕉”

伝統音楽とロックを融合させようという試み自体に目新しさはないし、台湾でも彼らが第一人者というわけではない。だとしても、この強烈な存在感は一体どこから来ているのか。殺気迫る歌声からか、ふんだんに使用されている台湾の伝統楽器からか、はたまたヴィジュアルやアートワークからなのか。そこが分かるようで分からない、ファジーな違和感はずっとあったし、その奥行きに魅せられているようにも思う。

そこで今回は百合花で作詞・作曲とヴォーカルを担当するリン・イーシュオ(林奕碩)にインタビュー。その魅力の正体をコンセプチュアルに紐解いていくと共に、バンドの音楽性の要とも言える台湾の伝統音楽についても大いに語ってもらった。

 


リン・イーシュオ

 

台湾の伝統音楽、北菅と南管とは

――百合花の個性は何といっても台湾の伝統音楽とロックをミックスさせているところで、リンさんご自身も実際に台湾の伝統音楽である〈北菅(ベイグァン)〉と〈南管(ナングァン)〉を学んできたと伺いました。まずは、これらの音楽について説明していただけますか?

「北管は中国の漳(ショウ)州、南管は泉(セン)州をそれぞれ起源とする音楽で、歴史的にこれらのエリアから多くの中国人が台湾へと移住してきたことに起因している。北管はどちらかというとやかましく、賑やかで、テンポも早い。台湾の寺院で行われているセレモニーでよく演奏されているのも北管だよ。通常は神様の誕生日や命日を記念して演奏されているんだけど、戦前は一般人の結婚式でも聴けたらしい。日本統治時代から西洋化が進み、一部のそういった習わしは消えてしまったんだ。今となっては寺院絡みのイベントか、葬儀でしか聴くことがないから、一部の現代的で都会派の台湾人は北管に対してあまりいいイメージを持っていないかもね。

北管の演奏風景

南管は琵琶(ピーパー/日本ではビワ)や三弦(サンシェン/日本の三味線に近い)といった楽器が使われている。音楽的な特徴として、とても優しく、悠然としていて、僕としてはとても日本的な雰囲気を感じるんだよね。カッ、カッという音を出す拍板(パイバン)という打楽器もあって、それがアクセントになっている。歌も特徴的で、ピッチが高く、言葉の一つ一つをとても伸びやかに歌うんだ。

南管の演奏風景

今でも泉州に行けば、南管を聴くことができるんだけど、北管は漳州に行ってもあまり聴くことができない。この理由は解明されてないんだけどね。なので、起源を中国としつつも、台湾で発展し、保存されてきたという意味で、北管はより台湾固有の音楽であると言えるのかもしれない」

――となると、百合花の音楽性はどちらかというと北管に近いのかなと思ったのですが。

「そうだね。僕たちが去年出したデビュー・アルバム『燒金蕉 Burnana』(焼きバナナの意)は北管の要素が多い。南管を取り入れているのはごく一部で、例えば、収録曲の“醫生”(医者)という曲は途中から南管とバンドの演奏が重なるような展開がある。伝統的な南管よりかなりやかましくなっているけどね。あとは、“怨妒”(妬み)という曲で使われている打楽器の一部も南管由来だ」

百合花の2019年作『燒金蕉 Burnana』収録曲“醫生”

――これらの音楽を具体的にどう学んだんですか?

「学び始めたのは大学生の頃。学士から修士を取得するまで、専攻はずっとファイン・アーツだったんだけど、伝統音楽の学部の授業も受けることができたから、毎学期、通っていた。そこでまず、ホアン・ヤオフェイ(黃瑤慧)から譜面の読み方やヴォーカリゼーション、琵琶の弾き方だとか、基本を教わった。

その後、ウー・スーシャー(吳素霞)に師事した。彼女はヴェテランで、歌がとても上手だった。彼女からは主に音楽理論とヴォーカリゼーションを学んだ。彼女に師事して、僕は音楽において言葉の発音がいかに重要であるかを理解したよ。

僕は北管も学びたかったから、淡水南北軒という場所に通うようになったんだ。そこにはチョウ・ホウロン(邱火榮)と、彼の妹のリュウ・ユーイン(劉玉鶯)という2人の名人がいたんだ。チョウ・ホウロンは様々な楽器を弾きこなし、伝統音楽における音楽理論にも精通している人で、台湾では人間国宝とみなされている。楽団の先生でもあり、まず彼から歌い方や発音、音楽理論を教わった。

それからリュウ・ユーインのもとで一年間学んだんだけど、そこではとにかく怒鳴られてばかりだった。彼女は女優/歌手なんだけど、憑依型というか、指導中に台本を読むとき、その役になりきってしまう。例えどんなに怒っていたとしても、スイッチが入ると、若くて優しげな女性や力強い男性へと瞬く間に変身する。彼女からも歌い方、そして打楽器も学んだよ。北管の打楽器には〈こういう音が鳴ったらこう返す〉という独自の作法がありとてもレスポンシヴなものなんだ。即興をするときも同じで、まずはルールを知っていないといけない。ジャズでテーマとアドリブが交互に演奏される構造に少し近いかもしれないね。

リュウ・ユーインとの一枚。リン・イーシュオは北管で女形を演じていたようだ

あと、これは余談なんだけど『燒金蕉 Burnana』の制作には淡水南北軒のメンバーであるリン・チュンホン(林宸弘)という人物も参加しているんだ。このアルバムで使用されている伝統楽器は全て彼による演奏だし、アレンジが北管の作法に準ずるものになっているかどうかのチェックをしてくれている。僕たちがやっているのはミクスチャーなので、作法を崩すことも時にはあるけどね。音楽は自由なので、ルールに囚われているわけではなくて、むしろ〈伝統音楽の作法を取り入れたら面白いかもしれない〉という気持ちでやっているんだ」