ジ・オーブとデヴィッド・ギルモアのサイケなコラボがふたたび

 ヒッピーの事なかれ主義が若者文化を骨抜きにした――かつて怒れるパンクはヒッピーを拒絶し、そのスピリットを継承したジ・オーブことアレックス・パターソンは80年代末に持ち前の反骨精神をサンプリングの悪ふざけに変換しながら、アンビエント・ハウスを発明。本人はしっくりこないようであるが、そのサウンドは〈レイヴ世代のピンク・フロイド〉と形容されたりもした。

 しかし、ヒッピーの象徴であるピンク・フロイドを拒絶しつつ、ジ・オーブが彼らからインスピレーションを得ていたことも事実だ。ピンク・フロイドの『Animals』(77年)と同じロンドンのバタシー発電所がアートワークのモチーフとして使用されている初作『The Orb’s Adventures Beyond The Ultraworld』(91年)には、ピンク・フロイドの『The Dark Side Of The Moon』(73年)をもじった“Back Side Of The Moon”が収録されているほか、同アルバムの収録曲“A Huge Ever Growing Pulsating Brain”のジョン・ピール・セッション・ヴァージョンではピンク・フロイドの名曲“Shine On You Crazy Diamond”をサンプリング。また、同作に参加しているパターソンの元同級生にしてベーシスト、ガイ・プラットは、88年以降のピンク・フロイドの作品やライヴに参加するなど、ジ・オーブにとってピンク・フロイドは決して遠い存在ではなく、愛憎半ばの対象だったと言えよう。

 そうしたパターソンの音楽的背景をふまえると、ジ・オーブとピンク・フロイドのギタリスト、デヴィッド・ギルモアが共作した2010年のアルバム『Metallic Spheres』はなんとも奇妙な一枚だ。制作のきっかけは、アメリカへの身柄引き渡しに直面していたイギリス人ハッカー、ゲイリー・マッキノンを支援するために、デヴィッド・ギルモアがクリッシー・ハインドらをフィーチャーしたチャリティー・ソングを制作し、そこにジ・オーブと彼の盟友であるプロデューサー、ユースの参加を依頼したこと。ギルモアが同曲のリミックス制作のためにギターをプレイした3時間の素材を使い、〈映画「ブレードランナー」のサウンドトラック meets ピンク・フロイドの75年作『Wish You Were Here』〉がコンセプトだという作品に発展させたのが、近未来的なサイケデリアが広がる『Metallic Spheres』だ。

 そして、同作に象徴される奇妙さこそが、ジ・オーブをジ・オーブたらしめている大きな特徴だ。かつて、文脈の異なるサンプル・ソースを組み合わせて、リスナーの想像力を解き放ったユニットは、オリジナルの素材と奇想天外なアイデアをコラージュのように組み合わせることで『Metallic Spheres』を生み出すと、それから13年の時を経た2023年、さらなる再構築を実施。このたびニュー・アルバム『Metallic Spheres In Colour』が誕生した。この作品には“Seamless Solar Spheres Of Affection Mix”と“Seamlessly Martian Spheres Of Reflection Mix”という2つの長尺曲を収録。ディープかつダビーなブレイクビーツ・ハウスにギルモアのメロウかつプロギーなギターが溶け合った前半パートから、アコースティック・ギターのオーガニックな響きと極彩色のシンセサイザーが宇宙空間に突き抜けていく後半パートへと、想像を超えたサウンド・トリップが展開されている。

THE ORB, DAVID GILMOUR 『Metallic Spheres In Colour』 Columbia/Legacy/ソニー(2023)

 近年、リヴァイヴァルしているアンビエント、ニューエイジ作品の多くは、シリアスなサウンド・アートとして完成度を高める一方で〈驚き〉を失っている。だが、アンビエント・ハウスのパイオニア、ジ・オーブは一筋縄では行かない関係のデヴィッド・ギルモアとの奇妙なコラボを通じて、〈驚き〉に満ちた創造性を変わらずに発揮し続けているのだ。